第三章 旅の親子 1

 ガラガラガラ……

 車輪の音を響かせながら、荷車が、土の上に二筋のみぞをうがって行く。だが、その後(あと)は、無数の人馬によって踏みならされ、直ぐに痕跡こんせきをかき消された。


 低い所では、踏み固められた地面と擦れる砂が、騒音を立てている。

 高い所では、共通語を中心に、いくつかの言語が飛び交い、それに人外の鳴き声も加わって、喧騒けんそうを生み出していた。


「父さま、みて、みて!大きな船があんなにたくさん!」


 父親が手綱を引くロバの上で、幼い少女がはしゃいでいた。

 額から背まで垂らされた、大きめの頭巾。白地に赤とピンクの刺繍ししゅうが施されたその下から、少女の大きな瞳がのぞいている。その目を宝石に例えるなら、右の瞳はルビー、左の瞳はサファイアだろう。

 左右で輝きが異なる瞳を好奇心に見開く少女の衣装は、ワンピースや着流しに似ていた。頭巾と同じ白地で、襟元には簡単な花柄が入り、袖口と裾の辺りにはピンクのラインが走っている。


 首元には、紫を基調にした柄物のスカーフが巻かれ、それと同じ柄のものが、ずっと下の方、少女の腰の辺りに巻かれていた。


 視野を広げれば、辺りで良く目にする衣装だが、その上から羽織るベストの種類と、小さな足を包む靴のくたびれ具合から見て、少女は長旅の途中である事がうかがえた。

 少女の愛らしい衣装とは対照的に、ロバを引く父親の方は、灰色の無地の衣装に同色の頭巾。少し不似合ふにあいな青い柄物の帯を襟元えりもとから垂らしている。


「ここまで変わるものなのか……」


 少女とは異なる茶色い瞳。その眼光鋭い両眼を、今ばかりは唖然あぜんと見開いていた。


「信じられん……本当に、ここがダギアの港なのか……」


 久方ひさかたぶりに訪れた港は、七年前とは比べものにならぬ程の繁栄を謳歌おうかしていた。

 かつては、数隻の中型船が停泊する程度だった港には、数十隻の大型船が場所を占め、かつての面影はなかった。

 数棟の塔と、二つしか無かった宿屋。そして、天幕で作られた家屋が密集する程度だった港町は、南北のても分からぬ程の家屋が続き、その中を人の波が流れている。

 

 

「すみません。似顔絵はいかがですか!?」


 喧騒けんそうの中、画材を片手にした青年が、道行く人たちに声を掛けていた。


「ちょっと、そちらの子連れの方!似顔絵はいかがですか!?」


 親子の姿を認めると、青年は駆け寄ってきた。


「似顔絵はいかがですか?一枚2シルクですが、親子で二枚3シルクでいいですよ!」


 父親は「結構だ」と手を振り、相変わらず唖然とした面持ちで通り過ぎて行ったが、なおも青年はその背に声を掛けた。


「じゃあ、親子二人の画を2シルクと50エンプで!」


 父親は青年には構わず、辺りの情景に気を取られているようだった。


「ちょっと、待ってください。娘さんの為でもあるんです!娘の安全の為に!」


 その言葉に、ようやく父親は立ち止まった。


「娘の為に?」


 反応があった事に喜んだ青年は、駆け寄ると説明した。


「これだけ人が多いと、よく迷子になる子がでるんです。でも、似顔絵があれば「この絵の子を知らないか」って、すごく役に立つんです。ほら、見てください僕の絵を、そこらの手配書よりも上手に描けてるでしょ」


 だが、父親はかぶりを振った。


「目立つ子だから、心配はない」


 そして、娘の頭巾を少したくし上げて、その瞳を見せる。

 頭巾の内から、キラリと、二石の宝石が光った。


「オッドアイ……!」


 左右で瞳の色が異なるオッドアイ。この特徴があれば、確かに似顔絵無しでも容易に探しだせるだろう。

 その美しさに、青年は一瞬見入ったが、


「すごい……そんな綺麗きれいなオッドアイは初めて見ました……」


 彼は諦めなかった。


「む、無料で結構です。ぜひ描かせて下さい!」


 商売よりも、画人としての心を揺さぶられたらしい。

 迷惑そうな顔の父親を他所に、少女は興味を示した。青年が手にする似顔絵を覗き込む。


「父様、この人すっごく絵が上手」


 少女は、ロバの上から数枚の似顔絵を受け取ると、感心したように、しげしげと眺めた。


「見て父様、これなんか色が入ってる」

「色付きは5シルクになりますが、もちろん無料で結構です」


 娘の期待の眼差しに、父親はため息をついた。懐から財布を取り出す。


「よほど客が無くて困ってたんだろう。色付きを一枚3シルク……それでいいかね?」

「いえ、お代は……」

「娘へのプレゼントに一銭も使わん訳にはいかんだろ」

「あ、ありがとうごさいます!」

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