第4話 あいたかった あのひと

ゆうひが うみの むこうにおちるのが まどから みえた。でも まだ オーガストは きてくれない。


ぼくは がまん できなくて ベッドから ごそごそ はいでた。


あいにいこう。オーガストに あいにいこう。

だって そのために にんげんに なったんだもの。

ぼくに こんな ゆうきがあるなんて しらなかった。


せんしつを でて ゆっくり あるく。あしを うごかすのは むずかしいけど おもしろい。


いち に いち に みぎ ひだり みぎ ひだり。2ほんの あしを じゅんばんに まえにだす。


オーガストの いるへやは いちばん おくだって ジュンが いってた。ぼくは てすりに つかまりながら ゆっくり ゆっくり すすんでいった。




おくの とびらには おおきな どくろのマークが ついてた。

たぶん ここが ジュンのいってた せんちょうしつ。たぶん ここが オーガストの いる へや。


ノックをしようとして にぎりこぶしを あげた そのとき とびらの むこうから よく とおる こえが きこえてきた。


オーガストの こえだ! 

ぼく このこえ だいすきだ。


「ジュンの話だと、どうもアイツ、名前すら無いらしいんだよな」


あっ ぼくの ぼくの はなしだ。

ぼくは どきどき しながら とびらのまえで みみを すました。


つづいて おんなのこの こえがする。あのひ ぼくを つかまえた あのこだ。


「アイツ……って、昨日のあの子? ユーリはどう思う?」

「そうですね、難破した船の残骸があるわけでもないし、いったい彼がどうしてあんな海の真ん中に浮いていたのか見当がつかないんです」


「全く、変なの拾っちまったなぁ」

くっくっ と オーガストの わらうこえ。


「しかもアイツ、素っ裸だったんだよな」

あ。そうか にんげんは ふくを きるんだ。


ぼくは じぶんの すがたを あらためて みてみた。しろくて すこし おおきい シャツと やっぱり すこし ながい ズボン。


「仕方ないからとりあえず俺の服着せたけどさ」


えっ。

えっ これ オーガストの ふくなの? オーガストが きせてくれたの?


そおっと うでを あげて シャツの ながい すそを にぎりしめてみた。


オーガスト。どうしよう。すごく どきどきして オーガストのかお みられないよ。オーガストに あいに きたのに ぼく どうしちゃったんだろう。


「そろそろ夕飯ですよ。お頭、オーガスト、行きましょう」


3にんが いすを たった おとがしたから ぼくは あわてて そこから にげだした。あしで あるくのも ちょっと うまく なったみたい。


シャツの そでで あつくなった ほっぺたを こすったら ふんわり いいにおいが した。きっと これが オーガストの におい。そうおもったら ほっぺたが もっと もっと あつくなった。




へやに もどる とちゅう ろうかで しろい エプロンを つけた おとこのこと ばったり であった。おとこのこは ぼくを みつけると くるくるした かみのけを ゆらして あわてて かけよってきた。


「いた! もー、どこに行ったかと心配したじゃんか!」


とつぜんの おおきなこえに ぼくは めを ぱちぱちさせて たちつくした。


「ハッサンが部屋に行ったらもう君が居なくなっててさぁ。ほら、早く行こう? 夕飯の準備ができたんだ!」


おとこのこに てを ひかれて ぼくは すこし こばしりに なった。


「あ、えっと……」

「俺はミスト。今日の料理は君に元気つけてもらおうと思って張り切ったんだから。ね、何が好き?」


すき? すきなもの?


「オーガスト」


そう こたえたら ミストは ちょっと たちどまって それから おおきく ふきだした。


「あははははは、違うよ、好きな食べ物聞いたんだよ! あはは、でも、そっかー。オーグに助けてもらったんだもんね」


ミストが わらいながら まるい まどのついた ドアをあけた。とたんに いいにおいが ふわあっと ぼくたちを つつみこんだ。


「遅いぞ、ミスト! おっ、例の『漂泊者』見つかったのか。さ、早く座って」


ながい テーブルに たくさんの りょうり。おおぜいの ふなのりと おさけの におい。


いちばん おくに あの おんなのこが すわってて おおきなジョッキで ラムしゅを こくこく いきおいよく のんでた。


ミストは ぼくを ちかくの いすに すわらせてから いそがしそうに トレイをひっつかんで おくへと はしって いって しまった。のこされた ぼくは どうしたらいいのか わからないで ただ まわりを きょろきょろ みているしか できなかった。


と ぽんっと だれかに かたを たたかれた。びくっとして ふりかえると……。


「よ。もう具合はいいのか?」


オーガスト!


「あ あの」

「遠慮しないでどんどん食えよ。ほら、」


いいながら オーガストが おおざらから こざらへ りょうりを とりわけて くれた。のりだした からだが ぼくの かたに あたって ぼくは どっきりして ちょっとだけ はねあがって しまった。

また むねが どきどき いってる。


「ほら」


こざらを さしだして オーガストが ニッと わらった。ながい まえがみが さらりと ゆれる。ぼくは あわてて おさらを うけとると ぱくっと ひとくち りょうりを たべた。


あ イカだ。イカ だいすきだ。あったかい りょうりを たべるのは はじめてだけど あったかいのも おいしいみたい。


ちらりと オーガストを みると オーガストは ワインを ボトルごと のんでいた。


「あの オーガスト」


オーガストは とがった あごに こぼれた しずくを てのこうで ぬぐいながら 「ん?」と ぼくを みた。


「あの あの ぼくを たすけてくれて ありがとう」


うまく いえたかな。したが もつれて あんまり うまく いえなかったかも しれない。


けれど オーガストは わらいも しないし あきれた かおも しないで ひとつ うなずいて くれた。


「お前の運が良かったんだよ。俺はたまたま見つけただけだからな」


オーガストの ほそくて つりあがった めが まゆが すこしだけ さがった。

さらさらした ちゃいろい かみを かきあげる そのしぐさにも ぼくの むねは どきどき いいっぱなし。


これから もっと オーガストの いろんな しぐさを みることが できるんだ。

そうおもうと うれしくて うれしくて ぼくは フォークをもった てのひらを ぎゅうって にぎりしめた。


「安心しな、七日後には港につく。そしたら船から降ろしてやるからな」


え。


オーガスト いま なんて いったの?


ぼく このふね おろされちゃうの!?

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