第44話 コヂカの決断

 マリの家から帰ってきたコヂカは、すぐにヲネを探した。カンナもマリもシオンのことを思い出すことはできなかったが、どこかで3人だけの学校生活に違和感を覚えていたようだった。なにかが足りない、彼女たちもずっとそう思っていたのだ。




「あ、姉ちゃんおかえり」




 急いで帰ってきたコヂカに、リビングにいるカナタが声をかけた。日曜日の午後にやっている再放送のバラエティー番組を流し見しながら、ソファーでスマホゲームに興じている。コヂカはカナタをちらっと見て、何も言わずに自分の部屋がある二階へとあがった。シオンを取り戻したら、カナタも消えるのだろうか?




「姉ちゃん?」




 振り向かずに階段を登るコヂカに、カナタの声が小さく響く。コヂカはシオンが戻ってきてもカナタが消えることはない。そう自分に言い聞かせて部屋に入った。2日ぶりのコヂカの部屋は独特の匂いがした。




「クリヲネちゃん、どこ?」




 コヂカは机の上のシーグラスをつかんでヲネを探した。次の瞬間、ヲネは音もなくベッドに座っていた。




「どうしたの、こんなに慌てて?」


「突然ごめんね、『トレード』の魔法をキャンセルしてほしいの」




 コヂカからその言葉を聞くと、ヲネはいかにも不機嫌そうな顔をした。




「どうしてかしら?」


「自分が間違っていたことに気づいたの。シオンだって私たちの大切な仲間だった」


「以前の記憶を思い出したのね。彼女を消したことへの罪悪感についてなら心配しないで。その感情もヲネが『デリート』の魔法で消してあげるから」


「ううん、違うの。そうじゃない」


「じゃあ自分の都合の悪い人間を、自分のエゴで消したという道徳的な問題かしら。確かにそれについては悩んでしまう人間たちもいるけれど、人間たちの世界にも、ヲネたちエコウの世界にも、そういった淘汰や選択はある。いつの間にか仲良グループが形成されていくようにね。だから自然なことなの、心配しないで。どのみち、彼女の記憶ごと消してしまえば、コヂカちゃんはまた幸せに暮らせるよ」




 見当違いの御託を並べているヲネにコヂカははっきりと言った。




「ううん、それも違う」


「じゃあ何なの?」


「シオンだって私の人生に必要な存在なんだって気づいたの。あの子を消したところで、私は幸せにはなれない。変えなきゃいけなかったのは、周りの人間関係じゃなくて、私自身だった」


「どうしちゃったのよ、コヂカちゃん。シオンはあなたのことを疎ましく思っていたのよ。一人だけノリが悪くて、流行にも遅れてるあなたのことを、露骨に遠ざけようとしてた。4人の関係がギクシャクしだしたのもシオンが原因じゃない」


「そうかもしれない。でも私にも悪い部分はあった。シオンのことをすべて否定して、受け入れようとしなかった。心の底から仲良くしようとしなかった。カンナとマリの3人だけでいられたら、どれだけいいだろうなんて思った。シオンじゃなくて、カナタが生きてくれていたら、どれだけ良かっただろうなんて思った。でも自分に優しくしてくれる人たちだけの中で生きていたら、自分の悪い部分がどんどん見えなくなっていく。弱い部分がどんどん弱くなっていく。だから私にとって、シオンや、須坂さんや、カヅキくんの恋敵であるユリカ先輩は、すべて必要な存在だったの」




 ヲネは頬を膨らませて眉を歪めながら、コヂカの話を聞いていた。コヂカはそんなヲネの態度に臆することなく続けた。




「私はもう嫌われたっていい。嫌われるということは、すべてをさらけ出した証だから。自分の悪い部分と向き合うチャンスなのだから。だからお願い。シオンを返して。気まずくなってもいいから、嫌われたっていいから、また4人でお弁当を食べたい」




 コヂカの熱弁をヲネは冷めた目で見ていた。そして面倒くさそうにため息を吐いてから言った。




「別にいいけど、コヂカちゃんの大好きな弟のカナタくんは消滅しちゃうよ。いいの?」




 コヂカは俯いて少し考えたあとで、答えた。




「いい。だってカナタの命ははじめから……」




……はじめから消えてたんだ。コヂカがそう言いかけた時、




「姉ちゃん、いるの?」




 何も知らない小さな弟が、コヂカとヲネのいる部屋に入ってきた。それは最悪な瞬間の訪問だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る