七話 オークションが始まり誰かの手のひらの上で物事は収束していく

『宝を守護する欲深き竜』とは大国エアリスの東部ではいくつかの御伽話に登場する幻想種の竜とされている。

 白銀の鱗と蒼い瞳を持つ悪竜。

 悪竜と呼ばれるのには理由があった。この竜は自分の巣の眠ってある黄金の財宝を守護している。この財宝の大半は、様々な国から奪っている物だ。

 現在、大国エアリスと呼ばれている国は300年前までは18の国に分かれていた。これらの国が人魔対戦と呼ばれる戦争後それらの国が統合され現在の形に至っている。

 内、東部にあったいくつかの小国が『宝を守護する欲深き竜』に黄金の財宝を奪われる被害にあっていた。

 この竜が生まれたとされるのがおおよそ400年ほど昔と推測されており、うち100年は国を襲い黄金を東部の国から奪っている。その後は満足したのかその財宝を守護を主にしており目立った活動はしてない。

 しかし、その財宝を手に入れようとする名のある英雄や盗賊、国の軍隊を返り討ちにしている御伽話は東部で育ったものなら誰しも知っている。

 そして、ここ数年は姿を確認できていなかった。幻想入りしたのではないかと魔導管理局は結論付けていた。黄金の財宝と共に異界へ向かった。

 皆はそう思ってる。

 真実を知ったものを除いて。


 夜遅く、魔導管理局の宿舎。

 その中でも特に小さな一室に一人と一匹が泊まっている。

 魔法使い黒猫とその使い魔であるノワールは小さな一室で話し合っている最中だ。


「あの女の正体が『宝を守護する欲深き竜』であるとは恐れ入るわ。幻想入りしたのではなく女の姿になり各地を転々としていた可能性があるとはな」

 漆黒の狼。魔法使い黒猫の使い魔ファミリアであるノワールは珍しく驚いている。

「ああ、驚きの結論だな。」

 姉弟子であり上司でもある、サクラ・オリヴィエが導き出した結論には戸惑うことした許されない。そんな内容である。

 そもそも、この情報をこれからどう役に立てることが出来るのか。


 見つかるのは幻想種『宝を守護する欲深き竜』の大雑把な活動記録のみだ。

 今更、黄金を財宝で交渉が出来る竜ではないだろう。

 何を元に交渉をすべきだろうか。

 もっともな疑問が浮かぶ。


 主殿、この情報からどう対策をするのだ?」

 意外な答えを黒猫は口にした。

「もしかすると対処など考えなくてもいいかもしれん」

「ほう?」

「下手に深く考えすぎている。単純シンプルに考えるべきだ。まずはあの悪竜をオークションで競売で競り落とせばいいだけに思えてきている」

 それは自棄になったような答え。


「競り落とした後に、無理難題を突き付けられる可能性はあるぞ?どう対処するつもりか」

「そんなの出たとこ勝負だノワール。どんな難題でも解決するしかないだろ」

 思わずため息がでた。

 使い魔のノワールは呆れてしまう。しかし、いつものことと諦めた。情報を集めて合理的に物事を解決するなど、だいたい己の主の柄ではない。


 これまでもいくつかの事件を直感的に、そして藪蛇に問題に手を突っ込んで解決してきたのだから。今更なんだというのだ。

 世界の危機だろうがやることは変わらない筈だ。

「それもそうよな。対策なぞ無用か。主殿に腹芸は似合わぬし丁度よかろう」

「ああ、ただ明日はあの幻想種に会いに行く」

「また情報収集か?」

「いや、退屈しているのではと思ってな。そんなことで暴れられても困る。何が原因でそっぽを向かれるかわからんからな」

「それは口説きに行く理由作りか」

 まるで使い魔が悪戯を思いついた子供ようだ。

「黙秘する」

 照れ隠しだとノワールはすぐに察した。


 これはからかってやろうとノワールは話を続ける。

「主殿はああいう見た目の女が好みか。なるほど、確かに滅多に見かける女ではないな。余もあのような美しい女を見るのは久方ぶりよ。下手な妖精やエルフより美しいのはな。どおりでなかなか主殿が伴侶を作らぬわけよ。あそこまでの器量持ちはそうそうおらぬ」

「そうじゃないんだ。ただ見惚れてしまった」

「見惚れたのなら心奪われたのだろう。なら同じよ」


 諭すような一言。

 どこか心配するような声色。

「しかし、あれはヒトではない。主殿もわかっておるだろう。あれは幻想種よ。大抵は悲恋で終わる。ならば心奪われても一過性の病と割り切るのも道理であろう」

 黒猫は就寝するためにベッドにベッドに入り横になる。

 ノワールの位置からは黒猫の表情はわからない。

「わかっているつもりだ。ただざわついてしまう。むず痒いような、そわそわするような」

「阿呆よな主殿。あれは可哀そうなお姫様ではないのだ。ただ、結論を急ぐこともあるまい。まずは目の前の問題を片づけるに励むことよ」

「ノワール、いつも苦労をかける」

 それだけ言うと黒猫は深い眠りについた。


 次の日、黒猫はもう一度『宝を守護する欲深き竜』に会うためにオークションハウスガーネットに向かった。

 いともたやすく、二人きりで会うことが出来る。

 幻想種の女は前回同様、檻に囚われており、白く花嫁を連想させるドレス姿だ。


「あら、お久しぶりです。黒猫さま。もうオークションまで来ないものと思っておりました。どうされました?」

 透き通った声が聞こえる。声はどこか弾んでいるが女の表情は硬い。

 人形のような表情は変わらない。


「退屈していると思ってな。ヒトのふりをするのも疲れるだろう」

 その言葉を聞いた女の目が少し丸くなった。

「そうですね。黒猫さま以外にもいろいろな方が訪れてきましたがヒトはどなたも業腹な方が多いので困ってしまいます」

 黒猫は眉をひそめた。


「業腹だと?」

「ええ、その通りです。このオークションで私が何を売っているのかご存知でしょうか?-それは私の全てです。ご購入された方は私を自由にできる権利を得れます。ここでは女が自分を売り殿方が愛人や妻する、一夜を共にする権利を買われることが出来る場所です。そして、私を買われた方は私を自由に扱っても構わないのです」

 さらに黒猫は顔をしかめた。

「だが自由に扱われる気はないのだろう?」


 一瞬、心臓を貫くような視線が黒猫を捉えた。

「ええ、その通りです。せめて、私が課した試練を乗り越えていただかないと。今は第一の試練と言ったところでしょうか。試練の内容は私の正体を知るというものです。黒猫さまは私が幻想種であることはご存知のようですが正体もご存知なのでしょうか?」

「ああ、知っている。貴女は『宝を守護する欲深き竜』とヒト達が呼んでいる者だ」

 女は人形のような表情のままだ。

 それでもどこか嬉しそうに早口で話す。


「ご名答です、大したものですね。特にヒントをお与えしていないはずなのですが。大変驚きました」

 黒猫は頭をかいた。

「俺1人の力ではないよ」

「それでも、黒猫さまが分析をされたのでしょう?」

「どうだろうな。優秀な先輩がいるからな。あの人はとても優秀だ」

「謙遜されるのですね。ところで黒猫さまは私をオークションで競り落とすことが出来たらどうなさいますか?」


『宝を守護する欲深き竜』と呼ばれる幻想種の女は、魔法使い黒猫に興味を強く興味を持ち始めている。

 最初は単にちょっとした興味があっただけだ。

 幻想種であることを知っている魔法使い。

 退屈と憂いから救うと言ってくれた。

 今は期待してしまっている。

 自分が密かに課した一つ目の試練も突破している。


 幻想種の女は黒猫を値踏みする。

 獣人との混血だろう。黒い猫の耳、褐色の肌。

 子供のような姿、なのに聡明で老成した印象を与える。

 使い魔の妖精は格が高い妖精だ。それなりの実力者であることがわかる。

 この魔法使いは自身を競り落としたらどうするつもりか。

 不思議と興味が湧いた。


 目の前の魔法使いは困った顔をしている。

「わからない。ただ、貴女の望みを叶えたい。貴女は何か誰かに叶えて欲しい望みがある。その誰かを見つける為にここにいるのではないのか?」

 それは悪くない答えだ。

 嘘偽りないように思えた。

 妖精も幻想種も噓を嫌悪する。

 下手な見栄を張るよりはいい。


「その通りです。私を競り落とすことが出来たら何もかもお話しようと思います」

 しばらくして、黒猫は部屋から立ち去った。


 それから数日後、オークションハウスガーネットで裏オークションが開催される。

 当然、参加者の中に魔法使い黒猫もいる。

 しかし、普段のローブを纏った姿ではない。

 燕尾服を着ている。

 普段なら決して着ることが無い服装。

 それでも、このような場ではそういった服を着ていないとマナー違反としてつまみ出されかねない。

 男は燕尾服か最近流行りのタキシード、女はイブニングドレスを着こなし、全員が顔がわからないようにマスクを付けている。

 身分を隠して参加するのが裏オークションのルールだ。

 

 司会進行役の男が壇上に現れ、挨拶を始めた。

 いよいよオークションが開幕する。

 入場前に貰ったプログラムにはヒトの競売は一番最後のだと記載されている。

 絵画から始まり、次々と競売にかけられていく。

 そしていよいよ、ヒトが競売にかけられ始めた。

 誰かの愛人になることを希望したの女、紳士の妻になりたいと夢見る少女、労働力として働くことを意欲的に語る男と次々と競り落されていく。


「次ではないか?」

 ノワールは黒猫の影に潜んだままだ。

「わかっている」

 司会者の男が白銀の髪、蒼い瞳を持つ妙齢の女を連れてくる。

 会場が騒々しくざわついた。

 息を飲むほどの美しさ。

 ヒトが生きているうちに見ることが出来るかすら怪しいものだ。

 司会者は妙齢の女の紹介を始め、そして競売が始まった。

 値はどんどん吊り上がる。

 10万からスタートしたがあっという間に100万を超えた。

「150万!!」

「200万!!!」

 さらに価格が上がっていく。


 黒猫も購入額を掲示する。

「500万」

「600万!!」

「750万!!」

 女の購入金額は上がっていく。まるで際限が無いようだ。

 遂には1000万を超えた。

 それでも止まることは無い。

 会場は異様な熱気に包まれている。

 これは半端な金額では止まらない。

 すでに予想された平均レートの倍以上の価格があの女についている。


 黒猫はさっさと落とすことに決めた。

「5000万」

 会場が騒めき、価格を提示する声が止まった。

「………5500万」

 小さな声で金額が提示された。

 ここらが限界だろうと黒猫は判断した。

「7000万」

 訪れた沈黙が全てを物語っている。


 黒猫は白銀の髪、蒼い瞳を持つ妙齢の女を無事に競り落とすことに成功した。

 購入後の手続きをするために黒猫は一つの部屋で待たされている。

 ふっと、一人の男が部屋に入る。

 その男は、従業員ではない。


 魔導管理局局長アレイスター、その人だ。

 艶やかな長い黒髪、獣を思わせる金色の瞳が特徴の中性的な美貌を持つ魔法使い。

「おめでとう、黒猫。まずは一段落だろう」

 やたら恰好を付けたがる魔法使いを黒猫は冷ややかな目で見た。


「会場にいるなら師匠がオークションに出ればよかっただろ。どうして俺がこんなことをしているのか」

 局長アレイスターは満足げな微笑で返した。

「黒猫でないとこの任務は達成できないと判断したからだよ。私はキミを高く買っている。オークションで競り落とすことは他の誰でも出来るだろう。だが本当の任務はこれからだろう?ここから彼女の願いを叶える。これが出来る魔法使いがいるかどうか。私はキミに賭けた」


 小さな舌打ちが聞こえた。

「師匠アンタ、最初からおおよそのことがわかってたな。それでいて役に立つ情報を何も情報を流さなかった」

「当然だろう?愛弟子を信じているからね」

 アレイスターはウインクをする。

 大きなため息がでた。黒猫は学んでいる。

 この魔法使いに何を言っても無駄なのだと。


 局長アレイスターは小切手を黒猫に渡す。

「では立ち去るとも。競売用の経費だ。これで支払ってくれたまえ。そして、後で局長室に彼女と共に来るように。任せたよ」

 数千の白い花弁舞い空間を埋め尽くす。

 魔法使いアレスターが得意とする詠唱無しでの魔法。

 白い花弁に包まれ魔導管理局局長アレイスターの姿が見えなくなった。そして、いつの間にか白い花弁は虚空へ消える。


 その後、従業員が現れ、金を払いいくつかの手続きを済ませた。

 幻想種『宝を守護する欲深き竜』と黒猫が出会えたのは手続きを済ませてから一時間以上の時が経ってからだろうか。

 オークション会場を後にし、二人は夜の王都を歩いている。


 黒猫は女を眺めた。

 ヒトの姿をしている幻想種の女は初めて出会ったときを思い出す。

 透き通るような白銀の長い髪もどこまでも蒼く大きな瞳、陶器のような白い肌。人形のような表情なのにどこか儚く氷細工のような繊細さはあの時と変わらない。おまけにオークションハウスのサービスらしく白いドレスもそのままだ。


 幾分か歩いた後、女は立ち止まる。

 「ご購入して頂きとても嬉しく思います」

 女は両手の人差し指で自身の両頬に触れ口角を上げ笑みを作った。

 黒猫はその行動の意味が分からず首を傾げた。

「申し訳ありません。この姿に慣れておらず表情を作るのが苦手でして。笑みを作ってみたのですがお気に召さなかったご様子でしょうか。お恥ずかしいばかりです」

「いや、こちらこそ済まない。気が回らなかった」


 小さなせせらぎのようなかすかな笑い声が聞こえる。

「お気になさらないでください。それより一つ、願いを聞いてくださらないでしょうか?我儘のようなものなのですが。黒猫さまが私を競り落とした時、是非にと思ったのです」

「それな貴女の叶えたいこととは別にということか?」

「はい。それほど難しいことではありません。私に名前を付けて頂きたいのです」

 それがどういう意味なのか魔法使い黒猫は理解している。

 そしてすでに答えを出していた。


「わかった。少し考える時間をくれないか」

「はい」

 焦った声で黒猫は使い魔を呼ぶ。

「ノワール、ちょっと相談がある」

 漆黒の狼は黒猫の陰から出現する。

「その幻想種の名づけなぞを気軽に引き受け追って。阿呆である上に愚か者が」

 ノワールは大きな尻尾で黒猫を何度も打った。


「痛い。かなり痛いからな?相談も無しに悪いとは思っている。だがこうなると思ってたんじゃないか?」

「当然よ。わかってはおった。主殿が自分で決めた道よ、反対はせぬ。それでも納得がいかないこともあるわ阿呆」

「ノワール、頼むから尻尾で叩くのをやめてくれ」

「止めぬわ。それにな、その幻想種の名前なぞ主殿が一人で決めるべきよ。余に相談を持ち掛けるなぞ肩透かしにもほどがあるわ。第一印象とかなにかあるだろう」

 律儀な使い魔ファミリアは不機嫌そうにさらに何度か尻尾で黒猫を打った後、満足したのか陰に戻っていく。


「大丈夫ですか?黒猫さま」

 ノワールの尻尾で何度も打たれて倒れてしまっている黒猫に女は手を伸ばす。

 女の手を取った黒猫はふいに女の瞳を見つめた。

 どこまでも深く蒼い瞳を。


「翡翠。それがあなたの名前に相応しいと思う。いかがだろうか?」

 女はきょとんとした。

「不思議な響きの名前だと思います。どういった意味の言葉でしょうか」

「宝石の名だ。貴女の瞳と同じ色の」

「そういうことでしたか。それでは黒猫さま。改めてですが、よろしくお願いいたします」

 気に入ったかどうか。表情からはわからない。

 翡翠と名付けされた幻想種の女は黒猫の手を掴み引っ張り起こす。

 『宝を守護する欲深き竜』と人類から呼ばれる幻想種は魔法使い黒猫によって翡翠と名付けられた。

 名前とは妖精や精霊、幻想種にとって大切な意味がある。

 「ああ、よろしく頼む。翡翠さん」

 王都が物珍しいのか。

 気になるものを見つけては翡翠は黒猫の腕をつかみ引っ張り歩く。

 夜の王都はいまだ明るい。

 二人は、寄り道をしつつ、魔導管理局本部に向かうために歩き始めた。






























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