五話 この国の一大事は密かに起こる

 王都中央区には、エアリスを統治する女王陛下の邸宅となっている城や議会本部、11の管理局本部が置かれており、当然魔導管理局本部もそこに拠点を構えている。

 正直な話、黒猫は王都が苦手だ。

 全体的に煌びやかなこ都市の雰囲気がどうにも肌に合わないのだ。

 大国エアリスと呼ばれるようになって300年余り、この国はどんどん発展を遂げている。近年では王都内にレールが敷かれ小型の魔導機関車が走行しだした。これにより王都内の交通の便が非常に良くなり王都を訪れる観光客も増加した。王都内の交通網を含む技術の発展は目覚ましい。それに伴い比例するように人口も増えていった。今では大陸一の都市と評判だ。


 魔導管理局本部に向かうため、王都に到着した黒猫は路面機関車に乗り込んだ。

 車掌に金を渡し、なんとか席に座った。

 路面機関車は大抵いつも混雑している。

 席に座れたのは幸運だろうか。

 本部近くの停留所で機関車を降り、本部に向かう。


「相も変わらず仰々しい建物よなぁ」

「そうだな。小国だった頃は王族の住居だったらしい。それを改築したと聞いた」

 中央区は歴史ある建造物が多く、そのほとんどが何かしらの管理局本部として使用されている。

「さっさと向かうか」


 黒猫は上司がいる部屋に向かった。

 部長に報告し次の仕事を概要を聞くべきだろうと判断。

 魔導管理局本部神秘部部長サクラ・オリヴィエ、魔法使いであり黒猫の姉弟子にあたる人物である。


「黒猫、おかえりなさい。早速で悪いけど局長のところに連れて行っていいかしら?」

「サクラ、アンタの口で説明してくれ。師匠は話が脱線しがちで好かんのだ」

 二人の師匠に当たる魔法使いアレイスターは魔導管理局本部局長という地位にいる。異端中の異端の魔法使い。生きる伝説と呼ばれている。この国でもっとも偉大な魔法使い。ただし性格はお世辞にも良いとは言えなかった。悪戯好きで二人はよく被害にあっていた。


「こっちも知らないのよ。局長から国が滅ぶかもしれない緊急用件だから黒猫が戻ってきたら直接話すって言われたのよ」

「帰っていいか?以前に同じようなことで呼び出されたことがある。あれは娘のサプライズパーティーの準備をしてくれと頼まれただけった。今回も同じだったりしないだろうな?」

「だ、大丈夫よ。今回は真面目な話のはずよ。きっと、多分」

 中間管理職に当たり弟子であるサクラは毎日、局長であり師匠絶対に逆らえない腹が立つ上司のアレイスターに奔放されてばかりの苦労人だ。

 20代の見た目、栗毛色の髪と鳶色の瞳を持つ線の細い美人。しかし、神秘部部長の役職に就任してから少しやつれているし、目には薄いが隈が出来ている。それが黒猫としては心配になってくる。


 どうしたものだろうか。

 冗談なら良いのだが、流石に任務途中で呼び出しをかけるほどだ。本当に国が滅ぶかもしれない案件である可能性もある。

 だがそんな予兆は感じない。

 本当に国の危機なら本部自体が慌ただしいはずだ。


「師匠に合えば分かる。局長室にいくぞ」

「そうね」

 局長室の扉を開けると、一人の男が待ち構えていた。


 魔導管理局局長アレイスター。黒い艶やかな長い髪、獣を思わせる金色の瞳、中性的な美貌を持つ魔法使い。その魔法使いはやたら恰好をつけている。

「やぁ、私の愛しの弟子達。待っていたよ」


「師匠、一体何の用件だ。くだらないことなら帰るぞ」

「黒猫、キミはいつも辛辣だね。だが、待ってほしい。今回は緊急の案件だ。今、現在このことを知っているのはごく一部の者たちに限られる」

「局長、それはどのような案件なのですか?」

「魔導管理局内部では私しかこのことを知らない。そして、サクラ、黒猫。キミたち二人にこのことを話そう。内密に頼むよ」

 アレイスターは人差し指を唇にあてる。

 まるでそれは子供に内緒話をするような。


「二人は、裏オークションを知ってるかい?」

 黒猫は首をかしげる。

 聞いたことはあった。違法すれすれのオークション。

 美術品だけではなく。魔術師が欲しがるような魔術の触媒や魔物、果ては人間すら商品とされているオークションだと。

 アレイスターは説明を続ける。


「裏オークション。かつては違法だった。しかし、今は会員制のオークションの一つとして運営されている。購入できるものは様々だ。その一つに人間がある」

「それは違法じゃないのか?」

「奴隷なら違法だ。しかし、ここでは自らを販売にかけるヒトがいるのだよ。器量良しの女が金持ちの愛人や妻になるために自らを売る。処女を売る女もいるかな。男なら大抵は労働力だろう。まぁ男娼希望ということもあるか。しかし、これならば、違法になることはない」

「悪趣味だな」

「悪趣味と言える。ただ違法ではないので公に取り潰しも出来ないのも確かだとも。そして、数ある裏オークションの一つで問題が密かに起こった」

「その闇オークションが何か問題を起こしたのか?」

「それは違う。不幸な事故だと言える。まずはこれを見て欲しい」


 アレイスターは、黒猫とサクラにモノクロの写真を渡した。

 サクラは写真を見てアレイスターを冷めた目で見つめる。

「局長、写真をお間違えでは?」

 その写真は檻に囚われている美女が映っている。

 その写真の雰囲気はどこか淫靡だ

「間違えていないとも。今回の緊急の任務とは、彼女を無事に購入し魔導局本部に連れてくることだ」

「「は」」

 黒猫とサクラは呆れた声を出した。


「二人とも。そんな蔑んだ目で見ないでほしい。これには理由があるとも」

「どんな理由だ。まさか、師匠の愛人探しとか言わないだろうな」

「ははっ、それならまだ良かったとも。しかし、事態は深刻だ」

 アレスターから笑みが消えた。

 その表情はかつてなく真剣な眼差しをしている。


「偶然知ってしまったのだ。こういう裏オークションは時折、魔法使いにとっても貴重なものを販売することもあるのだ。そういうものを買い取りたくプライベートで訪れていた。そこで彼女を見つけたのだよ」

「この女は何だというのだ。どこかの国の王女だったり貴族だったりするのか?」

「それなら我々の出る幕ではないとも」

「じゃあなんだ?」

「第一種特級幻想種だよ」

「「はぁー?」」

 黒猫とサクラの驚いた声が室内に響いた。


 幻想種。それは神々の子ら、あるいはその子孫を指す言葉。

 この世界、『アズ・エーギグ・エーレ・ファ』は魔法使いの間で此岸と彼岸と呼ばれる世界の二つの世界が隣り合わせにある世界だ。

 人類が暮らす世界を此岸または物質世界と言い、妖精や精霊の住みかとさせる世界を彼岸または異界と言う。本来は決まった時でしか行き来することができない二つの世界。

 しかし、幻想種はこの二つの世界を行き来きが自由に可能だ。

 異界の奥深くや物質世界の人類不可侵領域と呼ばれる人類が開発を諦めた地域で過ごす者や神霊地と呼ばれるパワースポットでヌシとなる者などがいる。

 時折、ヒトを愛し婚姻を結ぶこともあるそうだが大抵は悲恋で終わっている。

 そして第一種特級幻想種とは数ある幻想種の中で人類が太刀打ちできない危険度が非常に高い幻想種とされている。


 サクラは狼狽した。

「冗談よね?局長。裏オークションには魔術の触媒なども売られているわ。それなら主催者側の魔術師もその場にいるはず。ならあれが幻想種であることに気づくはずでしょ?」

 アレイスターは子供をあやすような声で語りだす。

「サクラ、冗談ではない。この娘は魔術師ですら人間と信じ込むような。上位存在の存在変換だ。魂は変質していないが肉体は完全にヒトそのものに変換している。恐るべき能力だよ。私の魔眼がなければ気づくことは出来ないだろうね」

 魔法使いアレイスターの魔眼は生物の魂と本質を見抜く目と言われている。


「さて、ここからが本題だ。魔法使いは人類と神秘の橋渡しが役割だとも。それならば、これは無視できる案件ではない。このことを知っているのは私と女王陛下、そしてキミたち二人。陛下からこの案件を私に一任させてもらっている。そこで黒猫、キミに矢を立てることにした。キミはあの幻想種をオークション会場から買い取り何とか良い感じになんとか収めてくれ。手段は問わない」

 その任務はいまだかつてないほどに抽象的な任務。

「ふわふわした命令をしないでほしい」

「サクラには黒猫の手伝いをして貰う。反論は無しだとも。オークションは五日後だ。検討を祈る。この国の命運はキミ達の手にかかっているのだから」

「師匠、もう少し詳しい概要を話してくれ」

「わかっているとも。まずは何を聞きたいのかな?」


 時間はあっという間に過ぎていく。

 日が暮れ月が出ている。

 詳しい概要を聞いた二人は局長室を後にする。

 さめざめとした顔の二人はふらふらと歩きながらこの後のことを考える。

「黒猫、このまま飲みに行きましょ。いつもの場所で作戦会議よ」

「わかった」

 二人は魔導管理局を出て行った。








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