魔法使い黒猫とドラゴン娘翡翠さん

ふみなし

竜の花嫁編

一話 墓地での出来事

 薄気味悪い風が吹く真夜中。

 港町の外れにある墓地は瘴気漂い、亡霊が闊歩している。

 これはただ事ではない、異常事態だ。


 そんな墓地の中心で一人の少年が不機嫌そうな仏頂面で胡坐あぐらをかいている。

 少年は黒のローブを纏い、背中には四角いトランクを背負っている。頭には猫の耳が生え、褐色の肌であることが月の光でわずかに見える。


 大人ですら不気味な光景を見かけたら逃げ出すような場所だ。そんな場所に子供一人がぽつんと存在している。それは、とても不思議な光景だというのに少年がいることに大した違和感はない。

 少年は墓地や亡霊を観察している風にも見える。


 亡霊が数多くいるが少年には目もくれず墓地を徘徊している。亡霊は何もしてはこない。ただ、存在しているだけだ。こちらから何か仕掛けでもしたら襲ってくる可能性は非常に高い。

 放っておくのはあまりに危険だ。

 そして、亡霊と瘴気は祓う必要がある。祓うことを怠れば亡霊と瘴気は増え続け、災害に繋がる。いずれは、病が流行り土地が蝕まれヒトの住めない場所になってしまうのだから。


「そろそろ仕事に取りかかれよ。主殿あるじどの

 虚空から荒げた声が聞こえる。

 それは少年に向けての文句だった。


 この少年はこの墓地にかなりの時間、留まっている。

 声の主はいい加減この場所に留まることに飽きていた。


「わかってる。仕事の準備をしているだけだ」

「ほう?ならそろそろ仕事よな?余はさっさとこんな陰気臭い場所を離れたいわ」

 小さなため息が聞こえた。


 少年は立ち上がり、ローブに付いた土を払う。

「ノワール、そろそろ出てこい」

「よかろう」

 少年の陰から黒い狼がどこからともなく現れる。


 すべてを焼き尽くさんとする炎を連想される瞳がギラりと輝いている黒き狼は少年の隣に寄り添った。少年の手がノワールと呼ばれる狼の艶やかな毛並みをかすかに撫でる。

「なぁ、仕事前に一服いいか?」

「度し難しわ。阿呆あほう

 舌打ちがかすかに聞こえた。


 ノワールは呆れてしまう。

 この期に及んで煙管を吸おうとするか。

 主である少年とノワールは長年連れ添っている。

 運命共同体と言ってもいい。

 だから、気持ちはわからなくはない。

 主の仕事は金銭は貰うが奉仕的な仕事だ。


 本人もある程度望んで今の仕事をしている。

 ただ、どんな仕事であっても不満は出てくるものだ。


 ノワールの主は、新人であるためか厄介ごとと雑務を多く押し付けられていた。

 世の為、ヒトの為といえど、こう雑務と面倒ごとを押し付けられていればどんな者でもやる気は落ちていく。

 ノワールとて少々は嫌気がさしている。

 ただ、自分の主が自分よりやる気がないのはどういうことだと憤慨もしよう。

 サボろうとしないだけマシだろうか。

 ノワールとしては悩みどころではあった。


 この仕事は主以外でも出来はするし、他の者に投げてもよかった。

 しかし、主はこの仕事の専門家である。


 ノワールの主、『退魔の魔法使い』または黒い猫の耳と褐色の肌から黒猫くろねこと呼ばれている魔法使いだ。

 そして、魔導管理局という行政機関に所属している魔法使いの一人。


 魔法という名の奇跡。超常の力を扱う者を魔法使いと世間一般では呼んでいる。

 黒猫と呼ばれる少年の魔法使いは、亡霊、亡者、不死者と呼ばれるや瘴気を祓うことを得意とする専門家の魔法使いだ。それらが関わる事件であれば真っ先に声がかけら派遣されることになる。


 専門家として信頼されているからこそ増える仕事。

 少々難儀で怠惰な性格ではある黒猫では、苦労はとても多く道は険しい。

 ヒトを助けていくことをやると決めたのは黒猫自身だ。

 頬を叩く音が闇夜に響いた。

 その音は、黒猫と呼ばれる魔法使いが自分で自分の頬を叩く音。

 どうやら、ようやくやる気を出したらしい。


 何もない虚空から銀の杖が現れる。黒猫はその杖を掴んだ。

 銀の杖は黒猫の右手によってくるりくるりと廻り始めた。


 「廻れや廻れ銀の杖、灯せや灯せ、清浄なる火種」

 それは魔法の詠唱。

 亡者と瘴気を祓う、鎮魂火を熾すためのものだ。

「熾せや熾せ宵の焔よ、放てや放て燐火りんかをもちて、悪しきものを祓えや祓え」

 

 銀の杖の回転が止まり、杖の先端が地面を叩く。

 その瞬間とき、漆黒なる狼の遠吠えが墓地を駆け巡る。

 そして、鎮魂の燐火が墓地中に放たれた。


 瞬く間に亡霊と瘴気だけを焼き尽くしていく。

 あとには夜の闇と静寂しか残ってはいない。

 黒猫は速足で亡者と瘴気が残っていないかを辺りを探索し、いくつかの護符を辺りに貼っていく。

 亡者と瘴気がすべて浄化出来ていることが確認できた黒猫は足を止め煙管を懐から取り出した。


「とりあえず一件落着か」

 そう呟き、煙管を吹かす。


 これでひとまずこの墓地は安全といえる。また墓地にそのうち亡霊や瘴気が湧きはするだろうが町の神父が祓える範囲になるだろうと判断する。

 この亡霊と瘴気が大量に渦巻く原因がわかっていない。

 ただし、墓地といった死の概念を連想させる場所に亡者や瘴気が漂うのこの世界の理の一つであるため発生自体は問題視されることは無い。問題はその頻度だ。

 このような場所は普段であれば、その町の神父などが定期的に亡霊や瘴気を浄化している。本来なら、魔法使いである黒猫の出番は無いはずだった。

 前回、浄化が行われたのがひと月ほと前だというのに半年以上放置したような数の亡者と瘴気が湧いて出ていた。

 この現象がエアリスという国の東部地方で頻発している。


 黒猫の仕事はただ、墓地を浄化するだけではない。この異常事態の原因を突き止め解決を命じられ、現場を浄化しつつ探索している。

 すでにこの港町を含めて17件。同じように浄化し原因を探るための探索をしているのだが、一向に原因がわからない。

 これが悪意ある人為的なものか。何かよくないことが起こる前触れか。

 その両面で調べている。黒猫は専門家である。いくら難しい仕事でも大抵は解決できるはずだった。


 東部に派遣されて早2週間。

 浄化をして短期間に亡者や瘴気が湧かないよう、現場に数種類の護符を貼って対応している。だがこれだけでは解決とはいえない。根本的な原因がわからないままなのだから。

 人為的か自然的か。人為的なら犯人がいるだろうし、自然的なものでも何かしらの原因があるはずだった。今回の減少は、その目星すらついていなかった。


 藁をもつかむ気持ちで手掛かりを探したが何も見つからないのだ。

 おかげで東部中を調べ回る羽目になっていた。

 ここ2週間、ほとんどろくに休みをとっていない。


 魔法使いが他のヒトと比べても頑丈ではあるがそれでも2週間ろくすっぽ休まずというのはかなりの消耗を有する。そろそろ限界だ。

 睡魔が黒猫を襲う。


「ひとまず、休むぞ」

「そうよなぁ。それで主殿や。次の仕事までここに滞在するのか?いくつか気になることもあるのだろう?」

「ああ、これから宿を探す。調べ物は明日以降」

 あくびをしての生返事。


 またやらなければならないことは多い。

 黒猫はろくに寝ていなかった。

 宿が取れず野宿の日もあった。

 今日ぐらいは、宿を取りたい。

 熱いシャワーに、温かな食事。

 ふかふかのベッド。可能であれば酒も欲しい。

「なぁ主殿?この時間から宿が取れるのか?」

 ノワールの疑問も最もだ。真夜中から取れるところは少ないだろう。

 あったとして今、この港町は数日間開催される祭りの最中で観光客も多い時期だ。宿が埋まってる可能性は高かった。


「取れる宿もある……はずだ」

「そうやって、何度も野宿になっておるのに懲りぬやつよ」

 そうぼやくとノワールは黒猫の影と同化し姿が消える。

 煙管を懐にしまい。黒猫は宿を探すために墓地をあとにした。


 黒猫の宿が見つかるという見通しは甘いものだと思い知る。

 何件か回ったがもう今夜はもう閉まっている宿。開いてはいたものの、食事をすることは出来るが部屋は満室と断われていた。

 こうなると選択肢は限られてくる。

 食事だけを取って野宿をするか。まだ回っていない場所をまわり宿を探すか。

 疲労と空腹で黒猫の限界だった。

 とりあえず食事をとろう。

 そう思い、黒猫はとりあえず怪しげな宿屋兼酒場として営んでいる店に入っていった。


 





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