柊の苦悩
時刻は17時50分。柊との約束の時間まであと10分となった。
待ち合わせのファミレスへ入店すると、すでにそこにはコーヒーを片手に俺を待つ柊の姿があった。
あちらも俺の入店に気がついたのか、やや遠慮がちに手を挙げている。
恥ずかしいならやらなければいいのに…。そんな風に思ってしまう。
こちらの様子を伺ってくる柊を横目に、俺は目の前に来た店員の対応に追われた。
「いらっしゃいま…せって、学じゃん。何しに来たの?」
そう言って近づいて来た店員は南だった。どうやらこのファミレスでアルバイトをしているらしい。
「南か。別に、少し待ち合わせがあるだけだ」
「待ち合わせって、柊さんと?」
チラッと柊の方を見つつ俺に質問をしてくる。素っ気なく訊いているように見えるが、多少なりとも不機嫌そうに感じるのは何故だろうか。
なんであれ、それが事実であるため否定するわけにはいかない。
「まぁそうだな」
「ふーん…。そうなんだ。なんか2人でこそこそ話してたもんね。仲良いんだ?」
仲が良いか?と聞かれると正直微妙であるし、俺としてはこそこそ話をしていたつもりはない。
それに、柊との話はそれなりに大切な話になるはずなので、そこら辺も勘違いをして欲しくないのである。
「勘違いをして欲しくないんだが、これからする話は試験についてのことだ。柊と2人きりで話すのは個人的な話が多くなるからで、別に仲が良いわけじゃないぞ」
「あっそ……。あんたがそう言うんなら信じてあげるけど…。とりあえず水持ってってあげるから、柊さんのところ行ってな」
「ああ。ありがとう。助かる」
「べ、別に…仕事だからお礼なんていらないし…」
俺が感謝を述べると、南は何かボソボソと言いながら厨房に引っ込んでしまった。ま、気にすることでもないか。
とりあえず南に言われた通り柊の待つ席へ向かう。
その机の上を見ると、柊の目の前にある水の入ったコップに、かなりの汗が付いていた。
机とコップの底が触れている部分に、かなりの水が溜まっている。どうやら結構待たせてしまったらしい。
「こんにちは。随分と時間のかかる用事だったみたいね」
「ああ、悪いな。俺から誘ったのに、かなり待たせたみたいで…」
「気にしていないわ。第一あなたは遅れていないもの」
こういう場合、女子は「男は女子を待たせちゃダメ!」って言うのかと思っていた。完全な偏見だけどね。
まぁ柊にそういう部分を求めてはいけないとは思うけれど。
さて、どうしたものか。一応話さなければならない内容は決まっているが、会っていきなり話すのは少し気が滅入るものだ。
いきなり本題に入るのか、それとも別の話題から本題に入るのか迷っていると、柊自身が俺に話題を振ってきた。
「彼女…えーっと、桐崎南さんってここで働いているのね」
…なるほどな。そのことについてか。
「そうみたいだな。ちなみに、お前は疑っているのかもしれないが、この場所を指定したのはたまたまだからな?俺は南がここで働いていることなんて知らなかった。それは、あいつと俺の反応を見ていたんだからわかるだろ?」
柊は俺の言葉を聞いて驚きを隠せないのか、やや目を大きく見開いている。
大体、あれで気がつかれないと思っていたのだろうか。
「驚いたわ。完全に気がついていたみたいね。色々と感づかれないように動いたつもりだったのだけれど」
「まぁ、お前がこちらをちょくちょく観てるのは分かってたしな。それに、お前が俺に手を振ってきた時点でおかしいだろ?お前絶対そんなことする人間じゃないし。あれって、マジシャンとかも使うミスディレクションとかいうのじゃないか?」
ミスディレクションとは、注意を意図していない別の所に向かせる現象やテクニックのことである。
今回の場合、柊は俺に手を振ることで、俺の思考を別の所に向けたかったのだろう。
女子に手を振られた場合、普通の男なら「あれ?柊さんって俺に気があんじゃね?」や「柊さんって結構可愛い所あんじゃん」と思うのではないだろうか。
さらに、恥ずかしそうに手を振っていたことで、柊がこちらをチラチラ見ていても、「恥ずかしかったのかな」くらいにしか思わない。
柊がわざわざこんなことをした理由はなんとなく想像がつく。が、今はそれほど重要ではない。
「…ええ、まぁそんなところね。やっぱり、付け焼き刃の力はあまり使いこなせないみたいだわ。…ところで、理由は訊かないのかしら?」
「それくらいなんとなくだが想像がつく。そんなことより、もう本題に入っても大丈夫か?」
「…ええ、問題ないわ。話して頂戴」
そう言って、柊は姿勢を正す。元からいつでも話を聞けるように正されていた姿勢は、さらに美しく、凛とした姿になる。
そんな彼女に見惚れつつ、俺も自分の姿勢を整えた。
柊がこんなことをした理由。それは俺がしたかった話に関係のあることだ。
今、柊は自信を失っている。
自分がリーダーとしてやっていけるのか、そこが心配になっているようだ。
きっと、その原因は俺にある。彼女は、村田と打ち合わせをした時に実感してしまったのだろう。自分の無力さ、愚かさ、それら全てを…だ。
だが、俺はあえて手加減をしない。こいつ前で力を隠さない。それは、それが柊のためになるとは思えなかったからだ。
こいつはそんなやわな女じゃない。俺みたいな強大な壁にも、果敢に向かってくる強さを持っている。それが、俺が柊に見出した彼女の武器である。
もし柊峰がその武器を認識できたとき、それがEクラス最大の成長につながることは疑いようもないはずだ。
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1話でまとめる予定が少し長くなっちゃいました。
試験開始まで少しだけ長くなっていますが、あと本当にもう少しなので楽しみにしていてください。
かさた
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