第11話 真実を追う男

 「最初からそう言う人だって私は思ってましたよ。」

 凪子は厳しい口調でそう言った。

 「と、言いますと?」

 直樹は優しく次を促すようにそう聞いた。神経を逆なでしないように、優しい声を出すことを心がけながら、内心いらいらとする気持ちを落ち着ける。

 フリーのライターとしてこの中原凪子に取材を申し込んだのは、二日前だった。 

 ネイリストとして個人の店を持っている凪子にダメもとでホームページのメールアドレスにメールを送ったところ、私の知っている範囲でならお答えします、という返事が返ってきたのだった。

 ネイルサロンの施術用の机に向かい合って座る凪子は、いかにも噂好きのおばちゃん、といった印象を与える風貌だ。

 「美月とは小学生のころから一緒で。まさかこんなことになるなんて…。」

 悲しげに話すわりに饒舌な凪子を、直樹は冷めた目で見つめた。

 臣吾が逮捕された、というニュースを、直樹は朝刊で知った。妻が不倫をしているらしいという相談を受けてからしばらく連絡を取り合っていた臣吾からぱたりと連絡が途絶えてから約一年が経過していた。

 何度か連絡はしたが、臣吾からの返事はなく、心配していた矢先の出来事だった。

 不倫した妻に対する制裁だけなのか?

 あるいは、隠された真実があるのではないか?直樹はそう考えていた。美月サイドの話や、臣吾サイドの話、全てを総合しなければそれは見えてこない気がした直樹は、こうして何人かにアポイントメントを取っていた。その中で唯一すぐに返事をしたのがこの凪子だった。

 目の前の凪子をもう一度見つめる。

 凪子が指定したのは、彼女の店であるネイルサロンだった。見慣れないマニキュアややすり、きらきらとしたストーンがガラスの棚に綺麗に並べられており、白を基調にされた室内は清潔な印象を受けた。

 「美月さんの不倫相手に心当たりはありますか?」

 直樹が凪子に問うたのは、結局明らかにされていない部分であった。

 週刊誌やゴシップでもその部分は憶測でしか語られておらず、ある記事では同じ小学校の同僚、ある記事では上司、中学校の同級生、はたまた家族なのではといった下世話な記事もあった。

 しかしそのどれもが根拠に欠ける記事だった。

 凪子は一間置いてから、

 「…私ね、それも臣吾さんの狂言だと思うのよ。だって美月は女子高出身だし、臣吾さんが初めて付き合った男の人なのよ。不倫なんて、ありえないわ。」

 直樹は叫び声をあげたくなる気持ちを抑えながら、何も言わず凪子の目を見つめる。凪子の目はまっすぐで、とても嘘をついているようには見えない。おそらくこの女は何も知らないのだ。

 「なるほど。」

 直樹が言うと、まくしたてるように凪子は言った。

 「だいたいね、最初からそう言う人だって私は思ってましたよ。」

 「と、言いますと?」

 「臣吾さんって、大学でも結構ちゃらついてたんでしょ?何なら自分が浮気してたんじゃないの。それがばれて逆切れ、とか。」

 からかうように言う凪子の言葉を直樹はこれ以上聞いておくことはできなかった。

 「貴重なお時間ありがとうございました。」

 置いておいたボイスレコーダーの電源を切り、直樹は立ち上がった。この女にもう聞くことはないだろう。

 「記者さん、きっと美月の無念を晴らしてくださいね。」

 立ち上がった直樹に語り掛ける凪子を、直樹は哀れな目で見つめた。

 結婚式に俺が出席していたことも覚えていないのか、このトリ頭は。

 「あ、あとこれ、良かったら奥様にでも宣伝してくださいね。」

 ネイルサロンのチケットを半ば強引に押し付けられる。

 わずか十分にも満たない時間にどっと疲れながら直樹は店を後にした。

 スマホがメールの受信音を鳴らした。

 その差出人を確認して直樹は驚く。

 浜野純、美月の弟からアポイントメントの返事が来ているようだった。実のところ断られるだろうと期待せずに送信したそのメールには、

 『来週土曜日の午前中であれば時間が割けると思います。』

 と書かれていた。

 直樹は跳ねる心臓を落ち着けながら、すぐさま返事を書いた。

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