ボクは生きたい。

津蔵坂あけび

Report.00 地球外生命体ホモ・サルパ

 二〇XX年、無精子症が世界的に流行し、子孫を残すことが出来る人間は、希少種となった。人口減少と高齢化が急速に進行し、人類は衰退の一途を辿っていた。

 特に文明を保つ上で重要視される労働人口の減少に歯止めをかけるため、着目されたのがクローン技術。しかし、相次ぐ奇形児を産み出した挙句、生命倫理上の観点からヒトの生殖細胞を人工的に作り出す研究そのものが禁止になり、ヒトの細胞でできたクローン人間を産み出すことは未だに叶っていない。

 代わりに人類の希望となったのは、宇宙より飛来した隕石にこびりついていた生命体・・・だった。


「すべての電極をホモ・サルパに接続し終えたな」

 

 ホモ・サルパとは、その奇妙な生命体に付けられた名前だ。隕石から取り出した固体を培養し、研究を重ねた結果、増殖した個体は、コロニーを形成し、あたかもそれが個であるかのように振舞うこと。数キログラムに達したコロニーは、電気信号を与えることでヒューマノイド型等の特定の形態に変化させることが出来ることが明らかになった。

 さらに、ヒューマノイド型に変化したコロニーは、研究員の身振り手振りを真似し始め、知性を持ち得ると判断された。

 ゆえに、ホモ・サルパを利用したクローン技術の研究は、政府からの指示で急速に進められた。そして、ついに――


「コロニーの重量は十三・四キログラム。初めての二桁のスケールでの実験であり、ホモ・サルパがノアの方舟となり得るのかを見極める重大な一歩だ!」


 十キログラムを超える重量のコロニーをヒューマノイド型に形態変化させ、さらに教育を通して知能を育て、人間の代替たる存在に成り得るのかを研究する一大プロジェクトが立ち上がった。

 興奮気味に指令を下すのは、この生命体の研究チームリーダーであるアレックス。色白の肌と、立派な顎髭が特徴的な壮年の男性だ。白髪の混じった金髪をかき上げ、深呼吸をしてから、手を叩く。


 それが世紀の大実験が始まる合図。

 モニターに映る“Complete”の表示に、アレックスはにやり、とほくそ笑んだ。程なくして、培養液に満たされた巨大水槽の中で、肉塊コロニーが、びくびくと痙攣けいれんし始める。

 ピンク色の粘土を押し固めた塊がうごめいているだけだったところから、突起物が形成されて、その先が五つに枝分かれする。やがて、人間の手のような形になり、同時にもう片方の手、そして足も生える。頭部、胴体が形成され――とみるみるは、人間の姿かたちに近づいていく。その様を凝視していたアレックスを含む研究員の誰もが、驚嘆と歓喜の声を上げた。

 コロニーは、一糸纏わぬ少年の姿に変貌を遂げた。

 アレックス曰く、自身の五歳くらいの頃の姿を模したものとのこと。正真正銘のクローンというわけだ。


「我々は、今ここに、アダムの誕生を見たと言っても過言ではないだろう」


 ゆっくりとした足取りで、巨大水槽のもとへと歩み寄り、パネルを操作して培養液を排水する。水槽の側面が開いて、蹲るヒューマノイド型のコロニーとついに接触する。


「実に美しい」


 恍惚とした表情を浮かべながら、もはや色味まで人間のそれと同じになってしまった肌に触れる。質感までそっくりであることに、アレックスは目を見開いた。


「もはや彼は完全に人間であると言っていいだろう」


 そのは、アダムと名付けられ、“人間”として、いや正しくは、“人間の道具”としての教育を受けることになった。

  

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