1-5 そして日常へ帰れると思っていた

 ――数日後。俺は、旦那様の元を訪れた。


「失礼いたします」

「あぁ、ご苦労だったね」


 ソファヘ座るよう示されたが、首を横へ振り、そのまま立っている。旦那様は苦笑いを浮かべ、自分だけソファヘ座った。


「さて、では話をしよう。どこまで分かったんだい?」

「ナイトクロウはダライア家を狙っており、丁度良い囮が見つかったので、情報を流して利用した。後、旦那様は親バカで、お嬢様を守らせていた、ということは分かっています」

「ふむ。なら大体分かっているじゃないか」


 感心したように頷く旦那様へ、額に手を当てながら聞く。


「たぶん最初の情報からして利用する気でしたよね? 正面玄関へ向かわせたのは、そちらで騒ぎを起こすためですか? で、その間にナイトクロウ一号は自分の目的を達成し、外の見張りを昏倒させ、お嬢様の脱出ルートを確保。俺はナイトクロウ二号の相手をして時間稼ぎを行い、その後に合流した二人がイングを拿捕。……ここですよ。なんであのバカは、俺だと分かっていながら突っかかってきたんですか? 頭おかしいですよね?」


 唯一分からなかったことに対し、旦那様はザックリ答えた。


「そりゃ、バカだからだよ。無駄だが注意はしておくことを約束しよう」

「無駄って言いきっちゃうんですね……」


 あのバカのせいで、と釈然としない気持ちになる。だが任務は無事遂行され、イング=ダライアは逮捕された。一味たちも、誰一人逃がさなかった。ならば、あの戦いにも意味はあったと思いたい。


 しかし、もっと良い方法が……いや、忘れよう。すでに義賊ごっこは無事終わり、元の日常を取り戻した。忘れるのが一番だ。

 一人頷いていると、旦那様にお嬢様のことを聞かれた。


「それで、レイシルは懲りていたかい?」

「どうやら効果はあったようです。脱出の最中になにがあったのか分かりませんが、深窓の令嬢さながらに大人しくなっております」


 聞いても教えてくれず、なにがあったかは想像がつかない。あの身体能力に追いつけるやつも少なさそうだし、戦って勝てる相手も少ないだろう。怖い思いをしたとは思えない。

 なのに、お嬢様は大人しくなっている。さっぱり理解できない。ちょっと怖い。


 ……だがまぁ、これで終わったのだから良いだろう。一礼して下がろうとしたのだが、旦那様に声を掛けられた。


「そういえば、娘の護衛を任せている三号・・くんは、今後どうするつもりなのかな?」


 足を止め、静かに答える。


「ナイトクロウたちがどうするかは、あなたが決めることですよ。違いますか? 初代・・ナイトクロウ」


 数百年の時を生きている初代ナイトクロウ、ブルード=シュティーアが穏やかな笑みを浮かべる。

 今や個人ではなく、組織となったナイトクロウ。その末端の一人である俺がどうするのかは、自分で決められることではない。ナイトクロウの頭である初代の決めることだ。


 前と同じように暗躍しろ、と言われれば暗躍をする。

 今と同じように護衛を続けろ、と言われれば護衛を続ける。それだけだ。


 ギシリ、とソファが音を立てた。


「そうだね。とりあえずは現状維持でいくとしよう」

「仰せのままに」

 今度こそ、部屋を後にする。永劫の時を生きている旦那様に、結論を焦る必要は無いのだろうと思える答えだった。



 ――仕事を終え、とある宿へ向かう。安宿ではなく、要人の宿泊する高いところだ。

 調べのついている一室には鍵がかかっておらず、どこぞの迂闊な豚貴族を思い出しながら中へと入る。とてつもなく酒臭い。

 眉をひそめながら室内を進むと、ベッドではなくソファに、とても迂闊そうな大男が寝ていた。


「……」


 無言のまま近づき、ソファから蹴り落とす。男は無様に床へと転げ落ち、声を上げた。


「ふごっ!? 誰だおらぁ! 殺すぞ!」

「俺だ」

「あぁ!? ……おぉ! 飲むか?」

「いきなり酒を勧めるなバカ」


 俺は呆れていたのだが、ガストバカは気にせず笑い、瓶に口をつけ、酒を飲みだす。細かいことは気にしないガストらしい。

 どうせすぐに帰るつもりだったので、その様子を見ながら話を始める。


「昨日の一件は片付いたのか?」

「おうよ。イングと一味は鉱山へ送られ、毎日退屈な穴掘り生活だ。前線送りじゃないとか可哀想だよな?」

「いや、どう考えても前線のほうが嫌だろ」

「そうかぁ?」


 戦闘狂バカの考えに頭を抱えていると、窓から残る一人が音も無く入って来る。

 金色の髪を翻し、が口を開いた。


「あら、グラス。わたくしに会いに来ましたの? それなら屋敷のほうへ来てくださればいいのに」

「事の顛末を聞きに来ただけだ、すぐに帰る。後、屋敷には行かない。前、睡眠薬を盛ろうとしたこと、忘れてないからな」


 あのときは気付いて良かった。そのまま飲み干していたら、一体どうなっていたことか……。いや、本当にどうなっていたんだろう。いまだに狙いも分からず、とても怖い。

 しかし、彼はまるで気にした様子を見せず、ガストへ言った


「ちょっとガスト。あなたが喧嘩を売ったせいで、グラスの機嫌が悪くなっていますわよ」

「いやいや、オレは軽い運動をしただけだろ? 薬を盛ろうとしたやべぇやつと一緒にすんなよ。……まぁ、グラスが本気になりそうだったときは、ちょっと楽しくなったけどな!」

「こいつ、本当にダメですわね……」


 全く持ってその通りだと同意しかけたが、どちらもダメだなと思い直し、双方へ何度も頷いておいた。

 結局のところ、ガストは演技をしたわけではなく、ただ時間を稼ぐのは暇だから、俺と遊ぼうと考えたらしい。本当にいい迷惑だ。


 そしてもう一人はこちらの手伝いを行った後、俺たちが戦っている間に、必要なブツを入手したり、お嬢様の脱出を援護したとのこと。イングは別に迂闊じゃなかった。もう会うことは無いがすまんな。


 こういった感じにあらましを聞き終えたので、別れの挨拶を告げた。


「次は、ガストのいる任務にだけは当てないでもらうように頼んでおく。こちとら執事と護衛だけで手いっぱいだからな。じゃあ、そういうことで帰らせてもらう。元気でな、一号と二号」

「お前、酒も飲まずに帰るのか? なにをしに来たんだよ」

「蹴りを入れに来たに決まってるだろ」


 すでに俺は満足したので帰るつもりだったのだが、持参したタマゴサンドを食べている彼が言った。


「どうせ、またすぐ会うことになりますわ。執事さんもそう思いません?」

「……」


 何も答えず、そのまま部屋を出る。

 予感はともかくとし、厄介ごとは護衛に支障を来すためお断りだよ、というのが本心だった。



 ――夜。屋敷へ戻ると、すぐにお嬢様へ呼び出された。執事に休みは無いらしい。辛い。


「お呼びでしょうか、お嬢様。こんな時間に呼び出すとかやめてください。もう眠いです。なんてことはおくびにも出さず、笑顔で訪れた自分を褒めていいですよ?」

「それも仕事の内でしょ」

「確かに」


 人とは事実を言われれば弱いものだ。言い返せなくなったので、さっさと用事を済ませて帰ります、というスタンスを見せていると、お嬢様は足を組み替え、薄い笑みを浮かべた。

 嫌な予感がする。


「わたし――」

「お待ちください。これ、ダメな流れですよね? 明日やり直しませんか?」

「……わたし」

「お肌の手入れをして寝たほうが良いです。まだ顔に疲れが残っていますよ? 今度、友人から良い化粧水を――」

「知り合いって、あの女のことでしょ」

「えぇ、そうです、あの女です。あの女?」


 誰だよ、と思っていたのだが、不機嫌そうな顔で、お嬢様が言った。


「ナイトクロウの仲間よ」

「ナイトクロウの仲間?」

「あの夜、廊下で会ったでしょ。脱出中にも助けられたわ」


 声でも聞かせてしまったのだろう。

 珍しく迂闊だなと思いつつも首を傾げる。


「あの夜? なぜそのナイトクロウが、自分に関係あるのですか? 友人というのは貴族ですよ。貴族と義賊は一文字しか違いませんが、相容れないと思われます」

「なら、その女の正体はナイトクロウの仲間ね。隠したって無駄よ。全部分かっているんだから」


 どうやら、お嬢様の中では結論が出ているらしい。こうなってしまえば、俺がなにを言っても無駄。お嬢様の頑固さは鉄より固いのだ。

 お嬢様はムスッとした顔のまま、続きを口にする。


「わたし、本物のナイトクロウに助けられたことがあるって言ったわよね。あの細身の女は本物じゃないわ。ううん、本物だとしても、わたしの知っているナイトクロウじゃない」

「はぁ」


 知らぬ存ぜぬを通すつもりでいたのだが、お嬢様はこちらへ近づき、右手へ触れた。


「中肉中背。性別は男。そして、わたしを庇った際に、右の手の平を剣で貫かれていたわ」

「そうですか」

「そうですか、じゃないわよ! 手袋を外して、手の平を見せろと言ってるの!」

「え、言っていませんよね? それといきなり脱げとかセクハラですか?」

「手袋を外せと言っただけでしょ!?」


 鼻息荒く言われ、ついからかいたくなってしまうが、手袋を外すだけで納得してくれるのなら、それでいいだろう。


 俺は言われた通りに右手の手袋を外し、手の平をお嬢様に翳した。

 顔を近づけたお嬢様が目を見開く。


「……えっ? 傷が無い?」

「どうして自分がナイトクロウだと思ったんですか? さすがに短絡的すぎますよ」

「いや、だって、その……あれぇ?」


 首を傾げているうちに、手袋を元に戻す。……やれやれ。こういったときのために備えておいて良かった。パッと見では分からない薄手の手袋さまさまだ。

 しかし、これでもう疑われることはないだろう。残念ながら、俺のほうが一枚上手でしたね、お嬢様! 二枚重ねの手袋と同じく!


 と、心の中で笑っていたのだが、下唇を噛んでいるお嬢様を見て、やり過ぎたかもしれないと気付いた。マズい傾向だ。


「あ、あの」

「――る」

「少し、言い過ぎたといいますか」

「――わたし、義賊を続けるわ! それで助けてくれたナイトクロウの正体を突き止める! ついでに、あの女ナイトクロウも捕まえて話を聞き出してやるんだから!」


 完全に失策だった。後、女ナイトクロウにこだわっている理由が気になって仕方ない。あいつ、なにをしたんだよ。


 しかし、とりあえずそのことは置いておこう。

 今は考え直してもらえるよう、お願いするのが最優先……いや、違うな。そういえば、旦那様に許されたあれ・・をまだ行使していなかった。


 「どんなにお願いしても絶対に続けるんだから!」と、ふんぞり返っているお嬢様の後ろへ静かに回り込む。

 そして、握った拳へ息を吐きかけ、高く振り上げるのだった。

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