1-3 快適義賊体験

 数日後。決行日の深夜。

 部屋へ来た俺は、染まり切らずダークブルーになった衣装と、同色の犬の仮面を身に着けていた。

 お嬢様が両腕を上げながら言う。


「ついにこの日が来たわね!」

「来てしまいましたね……」


 当たり前のことだが、お嬢様と反比例するように、俺のテンションは低い。できれば今すぐやめて、部屋に帰って寝たい。睡眠時間を削るのに、明日も朝から仕事があるなんて、想像するだけで憂鬱だった。後、お肌の調子も気になる。


 しかし、明日は学校が休みで、お肌の心配も無いお嬢様には関係が無いのだろう。鼻息荒く、俺の背中を叩いた。


「もう、しっかりしてよ、ポチ! リーダーであるワイルドキャットに任せておけば、作戦は絶対成功するわ! それでも部下なの!?」


 あれ? 相棒じゃなかった?

 でも、お嬢様キャットがリーダーならば、ポチは部下が相応? ……納得いかないが、面倒だから良いことにした。

 染まり切らずダークレッドとなった衣装を摘まみながら、お嬢様が言う。


「ところで、この衣装地味じゃない?」

「何度も言いましたけれど、地味じゃないと見つかりますからね?」

「えぇー……」


 本当に大丈夫か? よりよい装備で頼むぜ? と、不安を隠せないまま出発することになった。



 ――俺とお嬢様は、ダライア家の屋敷前へと辿り着いていた。

 ちなみに作戦はとても単純だ。

 事前に調べたルートの通りに潜入し、事前に確認した場所にある粗悪品を取り扱っている証拠書類の入った金庫へ行き、事前に入手した番号で金庫を開いて書類を持ち出し、事前に調べ上げた五つある脱出ルートのどれかから脱出する。


 公表などについては、旦那様へ届いたように見せかければ良い。

 どうせ二度目は無いから、これで終わりだ。


「では、お嬢様」

「待ちなさい」


 ビシッと手を前に出し、お嬢様が言葉を遮る。

 彼女は自分のお面を指で指しながら言った。


「このお面を被った後は、お嬢様じゃないから敬語は必要無いわ。それと、お嬢様も禁止よ。ワイルドキャットと呼びなさい!」

「長い。キャットでいいか?」

「適応早いわね!? ま、まぁいいわ。別にリーダー呼びでも――」

「じゃあ、キャット。こっちが潜入ルートだ」

「……リーダー……」


 肩を落としているお嬢様キャットへ先行し、俺ことポチは予定していた壁まで向かった。

 屋敷の後方に限りなく近い横壁で足を止める。

 ダライア家の警備は手薄だが、最低限の備えくらいはされており、越えるならばここが一番良い。

 俺は最後の準備にと、腕を捲り、腕輪を見せた。


「キャット。先に渡した魔力無力化装置マジックバンを起動してくれ」

「これね。確か、マジックバンを起動したら魔力を探知されない代わりに、魔法が使えないのよね?」

「あぁ、そうだ。……まぁマジックサーチが改良され、それに合わせてマジックバンが改良されるという、いたちごっこを続けているんだけどな」


 魔法あるあるなのだが、改良したものへ対策し、対策したものへ対処する。ずっとそれを繰り返しているのだから呆れてしまう。

 お嬢様は肩を竦めて言った。


「不毛ね」

「全く持ってその通りだが、こういった古いタイプの探知装置を設置している屋敷には、新型は大きな効力を発揮してくれる。使えるものは使ったほうがいい」

「使えるものは使う、ね。まるでこういったことに慣れているようなセリフじゃない」

「旦那様に拾われるまで、色々悪さもしていたからな」


 それを聞いて、なにかを察してしまったのか。お嬢様はどことなく気まずそうな顔をしていた。

 しかし、今はそんな身の上話をしている場合では無い。俺は話を終わらせ、フックのついたロープを取り出した。


「これを壁に引っ掛けて登る」

「え? 必要無いわよ」

「は?」


 王道的な入り方をしたいだろうと気を遣ったのに、いきなり拒否された。これだからお嬢様の考えは読めなくて困る。

 眉根を寄せていると、お嬢様はロープを受け取り、助走をつけて飛ぶ。そして壁の小さな出っ張りを一度蹴って、そのまま壁の上部を掴んだ。


 身体能力が高いとは思っていたが、ここまですごかったの? なんなの? チートなの?

 とても素人とは思えない身体能力へ目を瞠っていると、お嬢様はロープを全部下へ投げ、壁の上からドヤ顔で言った。


「引き上げてあげるわ!」


 落ちているロープを見ながら聞く。


「……どうやって?」


 意味が分からなかったのか、お嬢様が首を傾げる。


「どうやって? そりゃ……あっ」


 ロープを全部放り捨てたことへ気付き、顔を赤くしていそうなお嬢様へ呆れつつ、先を投げてパスするのだった。



 事前に、あまり使われていない窓の立て付けを悪くしておいたため、鍵の辺りを叩けば窓が開く。壁でいきなり予定は狂ったが、やはり予定通りに進むのは良いことだ。


「ここから入るぞ」

「手際が良いわね。さすが、わたしの弟子だわ」


 弟子? 相棒から部下になり、今度は弟子となった? ところで弟子と部下ってどっちが上?

 疑問は多いが、余計なツッコミを入れている時間が惜しい。最初の壁で予定よりも時間は短縮できたが、さっさと終わらせ、さっさと帰るに越したことは無い。慎重で迅速な行動こそが、今は求められていた。


 屋敷内へと潜入し、足音を殺しながら中腰で進む。お嬢様も真似をしながら続いている。多少足音はしていたが、なんとなくそれっぽくはなっていたのと、近くに人の気配が無いので良しとした。


 今夜、ダライア家の警備はより手薄になっている。現当主のイング=ダライアが、夜遊びで外出しているためだ。予定では、帰って来るのは数時間後。想定外のことがあっても、一時間以上はあるだろう。


 一度潜入していることもあり、彼の執務室までは迷うことなく辿り着けた。使用人などの気配は感じたが、出会わなかったことから、自室で休んでいるのだと思われる。


 ドアノブへ手を掛けると、運の良いことに鍵が掛かっていなかった。選んだ対象は調査通り、かなり迂闊なようだ。鍵を開ける手間が省けた。

 先にお嬢様を入らせ、続いて自分も入る。そして、静かに扉を閉じた。


「金庫の場所は、っと」

「これね。じゃあ、行きましょうか」


 お嬢様は計画書にちゃんと目を通していたのだろう。ベタだが絵画の後ろに隠されていた金庫は、絵画が外されたことで、すでに丸見えとなっていた。

 しかし、ダイヤル錠の番号は記載しておかなかったため、知っているのは俺だけである。お嬢様は是が非でも金庫を開け義賊気分を味わいたいだろう。

 そっと番号を教えようと思ったのだが、彼女は妙な行動をとっていた。


「よい、しょ。よい、しょ」

「キャット? なにをしているんだ?」

「なにって、見ての通り、よ!」


 勢いよく引っ張り出された金庫は、そのまま地面へ落ちて大きな音を――立てなかった。

 ガッチリと、お嬢様が抱き抱えていたからだ。


 目を瞬かせ、唖然としてしまう。金庫というものは、小型でもかなり重い。このサイズとなれば、中身が空でも数人は人手が欲しいところだ。


 しかし、お嬢様は魔法も使わず一人で持っている。それどころか、軽々と持ち上げ、肩に担いでしまった。


「脱出するわよ」


 親指を立てているお嬢様へ、頭を抱えながら言う。


「……普通に必要な中身だけ持ち去るから、金庫を戻してくれ」

「そういうことは先に言いなさいよ!」


 俺は悪くないよね? むしろ、お嬢様がおかしいよね? と思ったが謝っておく。できる執事とはそういうものだ。


「悪かったな。金庫を持てるほどの怪力馬鹿だとも思っていなかったし、罠も気にせず無警戒に引っ張り出すようなポンコツだとも思わなかったんだ」

「誰がポンコツよ! じゃなくて罠があるの!?」


 運良く無いです、と言えば調子に乗る気がする。

 よって、俺は呆れた様子で言った。


「先に罠を解除しておいた。感謝してくれよ?」

「さすがね、相棒! ……でも、いつ解除を」

「ダイヤルの番号を言うぞ。まず左6、右13――」

「ちょ、ちょっと待って!?」


 続きを話せばボロが出てしまうため、開錠することを優先してもらう。うまく開錠へ誘導することで、俺は有能な一流執事を維持できたのだった。



 金庫を開くと、下の段にはかなりの大金が。そして上の段には書類が置かれていた。

 金持ちのくせにお嬢様が大金を見てニヤニヤしている間に書類を取り出し、ペラペラと捲る。だが目を通す内に、眉根を寄せることとなった。

 これは少々深入りしすぎるなと、書類の一部を戻す。


「よし、これを持ってくれるか? ……あれ? キャット?」

「…………」


 無言のまま、お嬢様は書類を取り出して目を通していた。先ほどまでの緩んだ表情が、みるみるうちに険しくなっていく。

 しまったな、と思い書類を取り上げようとする。だが、その手は押し留められた。


「これは、人身売買を行っている証拠ね」

「キャット。その件については――」

「公表するわ」

「お嬢様!」


 公表することは簡単だ。しかし、今回の目的はそれではない。義賊ごっこ・・・・・の案件として、その悪事は大きすぎる。

 焦っている声のお陰もあり、言いたいことは伝わっているだろう。

だがそれでも、お嬢様は強い意志を言葉にのせて、もう一度言った。


「――公表するわ」


 その顔を見て、なにを言われても譲らないと分かり、溜息を吐いて頷く。俺の仕事は、お嬢様を無事脱出させること。後のことは旦那様に頑張ってもらうとしよう。



 部屋を元通りに戻し、後にする。脱出ルートはいくつか用意してあるが、今のところはなんの問題も起きていない。一番楽なルートで脱出を――足を止め、前方の闇を凝視した。


「ポチ? どうしたの?」


 俺からの返事が無いことで、なにか異変があったと気付いたのだろう。前へ出て確認しようとしたお嬢様を、腕で止める。

 ほどなくして、闇の中から黒い腕が伸びた。


「え?」


 驚いた声を発したお嬢様が、慌てて口を押える。闇から伸びた指先は、予定していたルートとは逆を指していた。

 どうやら、あちらへ行け、ということらしい。


「行きましょう」

「でも、あれって――」


 言葉を続けさせず、無理矢理背を押して移動をさせる。チラリと見た後方には、もうなにも見えていなかった。

 多少強引に移動をさせたのだが、お嬢様は文句一つ言わない。普段ならば、「ちょっと! さっきのはなによ!」と声を荒げているはずだが、今回は助かる。

 相変わらず考えが読めなくて困るが、今はなによりも脱出が最優先。大人しくしてくれているのならなによりだった。


 こちらは屋敷の正面へ向かう道だが、そちらからの脱出ルートも想定してある。余計なことへ巻き込まれないうちに脱出してしまおう。


 無駄に豪華な正面玄関の階段を下りて一階へ。もちろん正面から出るつもりなどはなく、廊下へ向かおうとしたのだが、そこでパチリと明かりが点いた。

 至極当然のことだが、俺たち二人の姿が露わとなる。身を潜ませるより早く、誰かの声が聞こえた。


「――やぁ、侵入者くん。我がダライア家へようこそ」


 二階の踊り場にいたのは、腹がポッコリ出ており、鼻の下にチョビ髭を生やした男。

 イング=ダライアだった。

 近くの部屋に人の気配はあった。しかし、ただの使用人だろうと思い、警戒はしていなかった。

だが、この状況となり、ハッキリと分かる。


 俺たちが潜入することは、事前にバレて・・・いたのだ。

 お嬢様を自分の後方へ立たせ、他に見えないよう指で廊下を示す。


「時間を稼ぐ。合図をしたら、証拠を持って脱出しろ。ルートは覚えているな?」


 小声で要件だけ伝えたのだが、予想通りというか、お嬢様は反発した。


「ちょ、なにを言っているのよ! 残るのなら、わたしのほうが適任でしょ!?」

「あー……。説得が物凄い面倒だと思っていることを隠して、仕方なくちゃんと説明をしておこう」

「隠す気無いわね!?」


 今の物言いで、お嬢様も少しだけ肩の力が抜けただろう。いや、逆に力が入ったかもしれないが、委縮するよりは良い。

 僅かに頬を緩め、端的に告げた。


「俺一人なら簡単に逃げられるが、キャットがいると逃げられない。ハッキリ言うが、足手まといだ」

「リーダーにひどいことを言うわね! ……でも、分かったわ」

「まぁ、納得はしないよな。分かっていたさ。だが、言うことを聞かないのであれば、キャットの秘密をバラ――納得してる!? どうしたんですか!!」

「今、わたしを脅迫しようとしていなかった!? 後、聞き分けの悪い子供みたいに思っていない!?」


 そんなことないよー、と首を横へ振る。正直、素直に言うことを聞くなんてこれっぽちも思っていなかったが、どこかで頭でも打ったのだろう。好都合だ。

 話をしているうちに、イングが雇っているであろう、武装した輩が数人、一階へと降りてくる。女を捕まえたら凌辱しそうなよくいる顔だ。


 息を整え、後方へ小さく言った。


「――行け」


 お嬢様は少し躊躇った後に走り出し、同時に俺も前へと走る。当然、攻撃をされるわけだが、そう大した動きではない。

 難なく攻撃を避けて飛び上がり、階段の手すりを駆け上がった。


「は?」


 狙いは一人。マヌケ声を出しているイングだけだ。

 他のやつらは所詮雇われ兵。お嬢様に追いつけるほどの手練れでも無い。こいつを人質にすればどうすることもできない。

 それでも攻撃してくるのであれば、最悪、イングを殺してしまえば・・・・・・・、金をもらえなくなるので解散するだろう。


 イングの周囲に護衛の気配はなく、お嬢様を追うやつもいない。

 勝ったな、と確信したところで影が差し、横へ飛んだ。

 ピタリと、大きな剣が宙で止まる。


「おぉ、仕留めたと思ったんだけどなぁ。中々やるじゃねぇか」

「……」


 そこにはいつの間にか、一人の大男がいた。

 深い傷跡を顔に刻む男は、大剣を肩に乗せ、ニンマリと笑う。

 先ほどまで気配は無かったので、恐らく消していたのだろう。見抜けなかった俺の落ち度だ。


 腰を抜かしたのか、尻をついていたイングは、這うように男の後ろへ回り込む。そして、安全を確保してから怒鳴り散らした。


「な、なにを喜んでいる! さっさと賊を仕留めろ! 下の者は逃げた奴を追え! 高い金を払い雇っているんだ。逃がしたら許さんぞ!」


 俺は聞き終わるよりも早く、手すりを乗り越え一階へ下りる。男たちが後を追えないよう、廊下の前へ立ち塞がるためだ。


「この……ガスト! さっさとあいつを殺せ!」

「へいへい、分かりましたよっと。あぁでも、他のやつらに手出しはさせないでくださいよ? こいつ、相当やるみたいですからね。巻き込んで、殺しちまうかもしれません」


 この国で最も高名な傭兵”豪剣のガスト”は、俺を見て、獰猛な笑みを浮かべた。

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