第30話 会議4(侃々諤々)

「あ~~皆さんキルシュナを案じての活発な発言と提案……この嫌々、政を行う私でも非常に嬉しく思います……」サイモンの発言に乗り、少し冗談を交えて話す。

 出席者は笑いに包まれると同時に気を引き締める……何故なら王がこの様にふざけて話す時は何時も、その後に厳しい話があるからだ……謂わば、えげつないストレートの前のジャブと言って良い。

「皆さん、戦時とは暴力で国家間で争う事、平時とは人・物・金で国家間で争う事……何れも争う事には変わりはありません」オルセー王は皆を見る。

「平時故に戦争では無い……というのは間違いで、表だった暴力・殺戮が無いだけで戦争は継続されています、その認識がサイモン殿には有る故に、商工会会長は、今の提案をしているのです」

「ロッソ君にも判りませんか?外交も戦争でしょう……ただ武器を使い殺しあわぬだけ……頭と口とペンを使い行う戦争です」ロッソを見る、ロッソはオルセーをまじまじと見て頷く。

「戦時と平時などと分けなくても良い……」とオルセーはぼそりとしかしハッキリと言う……恐らくはこれが王の認識、価値観、そして参加者皆にその意識を持て!と言っている。

「皆さん、私は他国に勝ちたいとは思いませぬ……我が国が他国に侵略されず日々平和に国民が暮らして行ければ良いのです……ですから他国から我が国が魅力的に映り植民地にしたいと思われず、且つ、他国から我が国が弱い為に、属国にしてしまえとも思われない、そういう位置に我が国は在りたいのです」オルセー王は静かに言う……


 これが王の希望。


 今後のキルシュナの理想。


『難しい……』参加者全員がそう思った……弱からず……且つ、魅力的に過ぎず……中途半端な位置で侵略するに値せず……だからといって、自国が食うに困る程、貧困では困る……出来れば裕福で、子供達にはこれからの事も考え、高度な教育も受けさせたい……その為には先ずは豊かで無ければ、自国に資源が差程無いなら、せめて外貨を得ないと話にならぬ……外貨を得る為には、他国から見て我が国が魅力的でないと……堂々巡りだ。


「……なんと難しい注文を、私は皆さんに投げ掛けるのだろう……」オルセー王は皆の気持ちを代弁する。

「だから、技術で価値を高めるのですか……」リーズ女史。

「武力で制圧して資源は奪えよう……しかし、知識や技術は形無きモノ……機材も技術もそれを使う人材の確保無くしては奪えん……基本的にはな……」オルセー王が俯いたまま静かにしかしハッキリと話す。

「王……貴方は、知識を、技術を、この国の価値としようと……」リーズ女史。

 この時代……普通は資源を採掘し、それを輸出し対価を得る……或いは、資源を加工して製品にし、同じく対価を得る……それが基本……各国家が率先して行っている事。


 しかしサイモンやオルセー王の考えは違った……


 高度な技術を持ち、他国にない画期的な商品を産み出し、其によって対価を得る国家……


 皆は王の理想……実現出来るのか……無言になる。


「しかし、それだけではまだ足りんな……」静寂の中、王はボソリと言う……眉間に深い皺。

「……確かに足りない……」レイモンドが同意する、そして続ける。

「我等はテクノクラート(技術官僚)として招聘されたのですね……」レイモンドが誰ともなく言う。

「テクノク……??なんじゃそれは……」ゴードンが口をへの字にしてレイモンドに詰め寄る。

「ゴードンさん怖いです……」レイモンドが両手でゴードンを押し返す仕草をする。

「テクノクラートとは、簡単に言えば、国家の政策を考えるに際して出席する、各分野の専門技術者の事です」レイモンドが言う。

「なんじゃそれは……その様な事……餅は餅屋じゃ……当たり前では無いか!」ゴードンが「フンッ」と鼻息荒く言う。

「いや、それがそう当たり前では無いのです、アルテア等は、この様な会議体は無い筈」レイモンドが真顔で答える。

「んん?……その様な、では、専門的な案件を決定する際に、専門家の意見を聞かずして如何にして決断すると」ゴードンが更に詰め寄る。

 レイモンドがゴードンの唾が掛かる程の接近に、辟易しながら答える。

「会議体は基本選ばれた有力な貴族です、彼等が決めます、わからない事は、その後、部下でも何でも使って平民の専門家にでも訊くのでしょう、少なくとも我等平民が王様と同列に列席して会議を行う等、アルテアでは不遜故にあり得ません」レイモンドは一息に言い、「解りましたか?」という表情をゴードンに投げ掛ける。

「ゴードンよ、私が王になる以前、平民が王城へ会議をいく等、在ったかな?」オルセー王が問い掛ける。

「……そう言えば……無い……有り申さぬ」ゴードンは頭をカリカリ引っ掻きながら言う。

 王は『禿げるぞ……』と思いながら「うんうん」と頷く。

「そうか、我等はその様な意味有って呼ばれたのか……」ゴードンが独り納得する。

「国家は人よ……人の質こそが、国家の質と成る……」王は言う。


 つまり、資源(物)でも財源(金)でも無く国民(人)と言っているのだ。


「……人は老いて死ぬ、だからこそ先人の高度な技術を若い人材に継承せねばならん、そして若い人材はそれを基礎として更なる高度な技術を開拓するのだ」オルセー王は皆を見て話す……優しい表情……皆の共通認識としたいのだ……漸く話せる所まで来た……ゴードン以下出席者に『この会議体が当たり前だと思う程』そう定着させる事がオルセーの狙い……階級に捕らわれず、より良く知る者の意見に耳を傾ける……それは当たり前の事、しかしオルセー以前は、貴族が自身の浅い知識で決定し、政を動かしてきた、アルテアでは今も恐らくそう。


 オルセーは想う……


 知恵・知識を知らねば間違った判断に意を唱える事も出来ぬ……ずる賢い人間の口車に乗せられても、気が付かぬまま国政が進む……その様な事は在っては成らぬ。


 知恵・知識の無い者達が主導権を握っては成らぬ……故に私は貪欲に知識を求める……だがそれでも全てを識れる訳では無い……だから、私は我が国の知識・技術の担い手を集めた。

「平穏とは……そう……」夢想から覚め、ぼそりとオルセー王が虚ろな目、無表情で言う……まるで外面の動作を停止して……すべての思考が、内側に……思考に……向かう時、王は時々この様な表情に成る。


『私は、国民誰もが幸せに成って欲しい……いや他国の国民も幸せに成って欲しい……平和で無くとも……』これをオルセーは言葉に出さず、心に想うだけに留めた……今は言うべきではない。


 沈黙したオルセーの次の言葉を参加者全員が待つ……

「平穏とは……」その言葉の後……


「平穏とは……まぁ、いい塩梅という事だな……」オルセー王はニコリと笑い皆を見る。


 参加者は皆、狐に摘ままれた様な表情……


「いやいや、無駄話でしたな」王はそう言い、話を議題に戻す。

「さすれば、議題の3ですが、主要道路の整備状況と、道幅の拡大はどうなっていますか?」王は尋ねる。

「この議題も私ですな……」カーハートが分厚い書類を鷲掴み立ち上がる。

 書類よりスコップが似合う手だった。

 ゴツい指で器用に資料を捲り、出席者に配布して行く。

 資料は1枚、地図に色鉛筆で道路が塗られている。

「資料を見てください」全員に資料が回った事を確認してカーハートは話し出す。

「この資料で、緑色で塗られた道路は馬車往来可能な道路幅及び、専用歩道、馬車速度向上の為に路面の平坦化が済んでいます」カーハートが紙を掲げて話す。

 緑色は王都とその周囲の衛星都市付近に塗られていたが、ガゼイラ国境付近の港町トスカや、山村、海沿いの漁村等の大半は、他の色で塗られていた。

 カーハートが続ける。

「では、他の色は……まぁ、想像が付くと思いますが、先程の道路状況より劣悪な道路です、ええ、道路というのも烏滸がましい道もあります、有り体に言えば獣道ですな……」カーハートは眉を潜めて皆を見る。

「カーハートさん、と言うことは、戦時中も物資の輸送は王都周辺は未だしも、その他の遠方地に於いては……」建設担当のロビンが口ごもる。

「ロビンさん、その先の結論はお分かりでしょう」カーハートが武骨な口髭の奥から、らしくない物言いで返す。

「前線への兵站に問題が……緑色の道迄は良いが、その他の色の道になった時点で、ボトルネックになる、恐らく……当たっていますか?」ロビンが疑問形で返す。

「……私もそうだと思います」カーハートは笑顔、話を続ける。

「戦争時の複雑な物資の移動については、土木業畑の私には判らない点が多々あります、しかし現在のキルシュナで物資を大量に、且つ迅速に運べるのは、私が緑色で塗った道路だけです、黄色は馬車がやっと1台通れる程度、赤色は人しか通れません、赤色はアルテ峡谷へ至る道がその典型です、兵站の輸送には全く役に立ちません」カーハートの淡々とした声。

「素晴らしい……」王がカーハートを誉める、拍手。

 参加者の多くは地図を見て落胆……これでは……

 そして何より……何故、王がカーハートを誉めているのか全く判らない。

「……それでは……これでは戦争が長期に渡った場合……我が国は前線に資源を送る事が出来ず……滅び……」農林業を管轄するミカ女史が大きな独り言。

 彼女は委員中最年少、30歳前半、今回より会議に招聘された人物だった。

 初めて王と同席する会議と言うことで、今までガチガチに緊張してほぼ無言であったが、連続する危機的状況を聞かされて、無意識に『滅び……』等と声に出してしまう。

「はい正解……その通りです、ミカ女史、何とかしないといけませんね」カーハートは彼女を正面に捕らえて話す。

 ミカ女史は声をあらげた事を悔やみ、静かに「一寸、ビックリして、申し訳ないです……」としどろもどろ。

 正直な所、委員の多くが、彼女の委員としての資質に疑問を持った……危機感を持つのは良き事だ、そして委員の多くの気持ちも同様だが、あの様な……

『大丈夫か?……この程度であたふたしていては……』

『彼女はリーダーとしては、胆が小さすぎるのでは……』

 まぁ、こんな所が多くの感想……しかし、誰もその事に対して指摘はしなかった……

 何故なら彼女を推薦したのは、他ならぬオルセー王だったからだ。

『王のお考えが在るのだろう……』皆がそう思っている……だから、皆何も言わず、彼女を観察した。

 今まで静観していた王は、カーハートの方を一瞥し、話始める。

「ミカ女史よ、その通りだよ、非常に難しい問題だが、その矮小な道の多くは、そなたの管理下になる農林業の土地に敷設されておるのだよ」オルセー王が女史に伝える。

「ええ、そうなんです、私の管理下の土地です、山も谷も渓流も全て、道路を敷設するに非常に困難な地形です」ミカ女史は即答し……

 黙る……長考する。


 ……。。。……


 静かにミカ女史は話し出す。

「そこに敢えてカーハート様が言われる様な大規模な道路を敷設しますか?」

「ほぅ、それで……ならば、如何なる手段で兵站を機能させる?」王は微笑を浮かべて訊く。


 ……。。。。。……ミカ女史がまた俯いている。


 そして、話始める。

「その様な兵站困難な土地まで兵を向かわせねば良いのでは……」ミカ女史が言った言葉に、皆『はぁぁ~???何を言っているんだこの娘は!!!』と口には出さぬが、明らかに顔には出ていた……中には舌打ちする者までです始末。

「そなた!どの様にして我が国の前線を死守する!!」直情的なゴードンが大声で怒鳴る。

 同時に、ミカ女史の尻は椅子から跳ね上がり「……!キャッ!」ミカ女の高い叫び声……細い肩をすくませて、眼鏡の奥の一重の目が大きく開かれる。

「……怖い……」ミカ女史から追加の一声。

 その一言で、ゴードンのこめかみの筋肉がピクピクし始めた……えらく歯を食い縛っているのが判る。

 オルセー王はその両者を見て、口を押さえている。

 明らかに口許の笑みを隠している。

 何故なら目尻が垂れて笑っているのが丸見えだから……

「オルセー様、笑い事では無いですぞ!」怒りでゴードンが昔の商工会会長と盗賊ギルドの長の時に戻り、名前で怒る。

「まぁまぁ……ご両人……お互いに我が国の未来を危惧しての発言痛み入ります」オルセー王が立ち上がり、両手を拡げて、『落ち着け』のジェスチャー。

 レイモンドが挙手。

 王が発言を促す。

「もしかして、ミカ女史は……前線を兵站可能な土地まで退くのが得策と思っておられるのでは……」骸骨魔術師が俯いて話す。

「なんじゃと、そんな事では民を守れんぞ!」ゴードンが今度はレイモンドに噛み付く。

 オルセー王は相変わらずニヤニヤしながらこの混乱を楽しんでいる。

「王、お願いします、答えを知っているなら説明を……」エルサールが混乱を納めるために王に懇願する。

 王は立ったままで、「パンッ!」と手を叩いた。

 皆の視線が王に集中する。

「皆、正しくミカ女史やレイモンド君の意見をどの様に理解したか?」王は疑問を投げ掛ける……

「私は彼等の意見を以下の様に感じたよ」王は前置きして続ける。

「ミカ女史は、簡単に言えば……兵站出来ない地域は守る必要が無い」と言っている。


「我が国の土地を放棄するのですか!!」


「それが、国民を護る事になりますか!!」


「根無し草の我等が漸く手に入れた大地です!!」


 意味が判った参加者が、思い思いに文句と反対意見を大声で発言する。

 議会の統制が崩れる……市場の喧騒の様な大声が辺りを埋める。


 オルセー王は冷静に周囲を観察する。


 サイモンは他の者と異なり、ずっとカーハートの書類を穴が開くほどにらんでいる。


 先程まで怒気を孕んでいたゴードンも、今は静かに直立のまま考え込んでいる。


 王はそれを静かに観つつ、発言の機会を伺う。


 ……暫し、待つのだ、今に収まる……


 

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