第23話 趣味の園芸

寝れば一瞬、起きればもう10時だった……疲れが俺を熟睡させる。

7時間弱の睡眠で俺の身体機能は元に戻った……絶好調。


ユナの人形を撫でる。

黒い瞳が俺を見る……生き残るのだ……今日も、この瞳に誓う。


問答無用で、死に鍛練を行う……嫌だが……だがしなければ更に酷い悪夢に魘される……陰鬱な気分になるが仕方無し……虚ろに入る……

今回は剣でなく棍棒で撲殺された……

1つ1つの関節を棍棒で砕かれ……

身動きが取れなくなった俺の口に棍棒を捩じ込んだ……

俺の顎が外れ……殆どの歯が内側にへし折れた……

窒息した……呼吸が出来なくなり意識が無くなって……

そして目覚めた……


それでも顔を洗う頃には身軽になる。


ヴィンスが横に来て、「体操しないか?」と訊いてきた。

「朝は身体が固まって堪らん……なぁ、ヤーンすまぬが……」ヴィンスは後ろを向いて、両肘を俺に突き出す、何がしたいのか理解した俺は、彼が突きだした肘の隙間に自分の手を挿し入れ背会わせの体勢になり、彼を担ぐ……彼の身体が自身の自重で反る……


俺はくの字……

彼はへの字……


「あぁ、伸びる……伸びる……ぎもちいいなぁ~」空を見上げたヴィンスの呑気な声が、日が登った昼前の青空に響く……周りを見れば他の剣匠達も思い思いに身体を動かしている……

俺に背負われているヴィンスがボソボソ話す……

「アリーの殺害現場を見た訳だが……どう思う?」

アリーを背負う俺が籠った声で答える。

「どうヤったのか……殆どの死体が一撃で致命傷……抵抗した形跡無し……」俺は現場を観た感想。

「むうぅ……そうなのだ……あの人数に対して必ず先手で致命傷等と……どうしたら……あ”ぁ”ぁ”……」ヴィンスは背筋が伸びて気持ち良さそう。


そんな俺達以外にも、外へ出て身体を動かす者が多数……

柔軟体操を行う者……

型の表演を行う者……

逆立ちしながら歩いている者……

管理事務所の石壁を自身の指と足だけで登っている者……


多種多様……


……街の正門から此方へ歩いてくる人影……ローレン大将とアリーだった……


饒舌に話し掛け、身ぶり手振りも豊富なローレン大将。

大将の目を見て、静かに頷き、口数少ないアリー。

対照的な二人……


管理事務所前にやって来る二人……


一目で判る……寝ていない……夜中、ずっと何をしていたのだろう……


二人……少し重い足取り……泥か血か判らない汚れ……土でも触ったのか……手が汚れている……


「おお、お早う、よく寝れたかな?」ローレン大将は溌剌とした表情で挨拶……薄汚れた風体なので余計に違和感……


アリーも笑顔で会釈……俺達も会釈を返す。

「御二人、徹夜ですか……」俺は訊く。


「……まぁ、のんびりとな……」ローレン大将はウインク。

「……慣れない作業で疲れました」とはアリーの談。


「何をしてきたんですか?」今度はヴィンスが訊く。


「園芸」とローレン大将。

「ガーデニング」とアリー。


言葉は違うが意味は同じ……


「へっ……あの……お年寄りがよく庭先でやっている……あれですか……」俺は余りに呑気そうな二人に軽く殺意を覚え……


いやいや、おかしいぞ……深夜に疲れているにも関わらず、植物を育てている等と……そんな訳ある筈ない……


「冗談ですか?」ヴィンスは半信半疑……


「冗談なモノか……我等の生き死に関わるやもしれぬ……必死で植えたわ」ローレン大将は目を剥いて言う。


「それは……すみませぬ……」ヴィンス何が何やら判らぬまま、取り敢えず謝るしかない。


「ヴィンスさん……謝る事はありません、戦が長期化すればする程、繁殖力の高いあの子達の事です……必ずや、我等の手助けをしてくれよう……しかし自分が引っ掛からぬ様、注意してください」アリーの涼やかな声……微笑……


「本当に何かを植えたのですね……」俺は漸く信じる。


「ヤーン、先程からそう申しておるではないか……」ローレン大将は呆れ顔。


「いやはや、少し仮眠を取らせて頂こうか」アリーを見てローレン大将が笑いかける。

「有難い、流石に睡魔が来ております……」アリーが返す。


二人は、街の警戒を他の剣匠に依頼して、ヴィンスに通信用希少金属を手渡す……「斥候から連絡が入るかもしれぬ……」

ヴィンスは「了解致しました」と言い受けとる。


二人は談笑しながら管理事務所に入って行った。


ヴィンスと俺は、煙に巻かれた様な心持ち。

あの二人が何をしたのか……結局解らずじまい。

ただ、あの手練れ中の手練れ、アリーが微笑を浮かべて話すのだ……

絶対に只の『園芸』の訳が無い……

昨日の殺戮と拷問の張本人だぞ……

老後の趣味をこんな状況で嗜む訳が無かろう……


俺たちはその後も、二人して身体を動かし、伸ばした……

その後は、想像の剣を持って、二人で斬り合う……


……。。。……


「……聴こえたか……」ヴィンス。

「……あぁ……」俺。


獣……

短く吠える……

「食事があるぞ」と言っているに違いない。


ガルバ……

雑食だ……

雑食と言えば人間と同じくとも言えなく無いが……

ヤツラはホントに何でも喰う……

死肉だろうが……

腐肉だろうが……

肉が無ければ昆虫でも……

更に無ければ樹皮でも喰う……


悪く言えば節操が無いとも言えるが、良く言えば生きる事に真摯だとも言える……

後者は俺が剣匠故に感じる事かもしれない……一般人なら『下品』『下衆』『忌避の対象』と感じるかも知れない。


だが、今の俺には、ガルバの行動が純粋に写る……


『生き残る為なら何でもあり』


純度100%の生存本能……それは綺麗ではないか?

自身の能力を冷静に判断して、獲物を狩るに一匹で無理ならば複数で……

それでも無理ならば、相手が弱った時、寝入った時を狙い……

それでも無理ならば、他者が殺した後の死肉を漁る……


ガルバは、

見栄も、

建前も、

道徳も、

倫理も、

憐憫も、

生き残る為に余計な感情は持たない。


ガルバにとって今を生きる事以上の優先順位は存在しない。

濁り無い本能……それに賭ける……

奴等ならば、今の状況を見逃さないだろう……


「流石、ローレン大将……流石、剣匠……」誰に言うで無く、俺は言う。

「我等は8000人とは戦わねば成らぬ訳ではない……我等の目的ははココ、トスカに敵の侵入を許さぬこと……皆そう思わぬか?」ローレン大将の言葉をヴィンスが繰り返す。

「……戦いは戦う前から始まっている、それが判らぬ者は安い命を無駄に散らして終わり……」俺は師匠の言葉を復唱する。

「そうだな……ヤーン……」ヴィンスは頷く……

「嫌だが、我等もガルバに成らねばならぬ……」ヴィンスは苦虫を噛み潰した様な顔で続けて言う。




ヴィンスが持つ、大将から預かった通信用希少金属に着信……


ヴィンスが出る……

「……はい、大将は現在就寝しております、代わりに対応いたします、ヴィンスです……はい……敵の進軍ですか……そうですか……えぇ、準備は出来ています、その場合は、全員起床させます……」ヴィンスの話を横から盗み聴くに、余り時間的な余裕は無い様だった……ローレン大将の言葉を借りれば、ガゼイラは遊牧民の国家……彼等は町を持たず、家畜と共に移動する……平原でキャンプし、広い放牧地を動くのだ……


軍の行軍など、彼等にとって、日常と変わらぬかもしれん。


ヴィンスが通信を切った……俺を見る。

「明日の夕方には、街の外壁を流れる河川まで来るだろうと……斥候からの連絡だ……高低差の激しい山中を越えて行軍している割には速い……」

そして俺との話も早々に、ヴィンスは管理事務所に入っていった……就寝したばかりのローレン大将には悪いが……伝えねばならぬ……


俺は、これからの戦闘に備え、自身の腹を擦りながら、街に備えられた簡易の食堂へ向かった……喰わねば始まらぬ……


周囲の剣匠も次々に食堂へ向かう……

「あぁ、飯を頂こうか……」

「腹が減った……肉が喰いたい……」

皆、歩きながら、朝飯の献立に興味津々……


ここには、今日死ぬかもしれぬと判っていても、朝飯を満喫出来る人間しか居らぬ……


「身体を操作するのは心よ……ならば、心の限界を突破せよ……さすれば、身体の限界も同じく突破出来よう……」

師匠の言葉が想い起こされる。


心が戦いたくない……

逃げたい……

そう願うなら、身体は自然にそう動く……

表層の思考とは関係無く……

深層の思考は逃げる事を無意識に選ぶ……

そして、逃げれないと思えば、意識だけでも白昼夢に逃げ込む……


もう逃げ無い……

逃げれないのだから……

殺るしかないのだ……


もう白昼夢に逃げ込んで、自身の『生』を手放す事だけは……絶対に……

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