第35話 帰郷
「聖獣の話なら、レイセルさんから聞いたよ! 人の言葉がわかるんでしょ?」
「そうだな、対話師がおらずとも相互に会話することができる。その希少性の高さから王国ではは神殿が保護し、聖獣を守っている」
弾むシキの声に頷いたバルロが補足してくれる。
王都ベルテガの大聖堂には隣接した場所に広大な森林がある。その周囲には外部から侵入を防ぐ結界が張られており、管理された静謐な森の中で保護された聖獣たちは暮らしているのだが。
「確か、大陸で最後に聖獣が見つかったのって、三〇年くらい前のことですよね」
リヒトがうーんと首を捻りながら絞り出すように告げる。ツキヒコも木の上からうむうむと頷いている。
「そもそも聖獣の生まれる時期や何故生まれるのかすらわかってないのじゃからな」
始祖の血を濃く受け継いで誕生すると言われているため、聖獣はその個体の属性がはっきりと明確に分かれている。
そしてその聖獣の体内にある魔核となる魔石は、属性の色をはっきりと結晶化させており、宝石と並び称されるほどの美しい石だ。
「……乱獲ってつまり、聖獣の魔石を狙って――?」
「樹海近辺に誕生した可能性がある、という情報は大神官様が王都の聖獣と対話したことで得られたものじゃ。手当り次第、といったところかの」
ツキヒコの言葉にリヒトは顔を暗くした。そしてバルロは気付いたことがあるのか、また再び口を開いた。
「……神殿の内部情報ってやつじゃないのか? それは」
「推察通りじゃよ。そなたらはリヒトと顔見知りじゃからの、年配者からの忠告程度に思ってくれていいが、……少しきな臭い事柄が絡むようじゃ、お気をつけ召されよ」
王都の神殿の内部情報漏洩、聖獣を狙った魔石の乱獲、シンハ樹海から逃れてきた魔獣による討伐依頼。全てが繋がっている不穏な流れに、一同は深刻な空気となった。
「食事時にする話では無かったな、そなたらのあたたかい飯が冷えてしまう、それ、食べた食べた」
ツキヒコは先程とは打って変わった朗らかな笑みを浮かべて、手を止めていたリヒトたちの食事を促した。
翌朝。
ツキヒコはひょいひょいと大木の枝から降りると、リヒトとシキ、『フラルゴ』の面々に軽く別れの挨拶をして、リヒトたちがやってきた方向へと歩いて行った。
「占術師ツキヒコ殿のことは、長く冒険者をしている者たちは耳にしたことがあるだろうな。俺の父も冒険者だったが、現役時代に武術も占術も巧みにつかう異国の者がいた、と話していたのを覚えている」
バルロが教えてくれた。
ツキヒコは人族なはずなのだが、リヒトの幼少期から変わらず、つるりとした頭に真っ白な髭をたっぷり蓄えた小柄なご老人の姿だった。
「気さくな御老人にしか見えませんが、ヒューマ殿と同じく絶対に適いそうにありませんね」
リヒトは苦笑を零すとバルロは肩を竦めながら、同意だ、と笑い返した。
朝食を簡単に済ませたリヒト一行は、再び目的地へと歩みを進めた。
コキタリス街道に点在する村の中で、シンハ樹海にほど近いエトルーク村へと辿り着いた。
村の周囲には獣避けの針金の柵が張り巡らされていたが、ところどころ破損している箇所が見受けられる。
村人たちは疲弊した顔で荒らされた畑や家の外壁を修繕しており、皆忙しそうに動き回っていた。旅人たちの来訪を気にかけつつも、各々やる事が山積みのようだ。
「俺たちは一度、依頼主の村長と面会してくる。リヒトさん達も来るかい?」
「そうですね、……あ、ただ、ここはシキの祖父母様の村なんです、なので一度住んでいた家にシキと向かっておこうかと」
バルロがリヒトへと訊ねる。
シキの過ごした家に行くことは道中に話をつけていた。こくりと頷くシキも、開け放したままだった家のことが気になるのだろう。
「用事が終わりましたら村長さんのところにもご挨拶に向かいます」
「ああ、わかった。また後でな」
「フラルゴ」一行と一旦別行動をとることにしたリヒトとシキは、シキの案内に任せて村の中を進んだ。
シキは村に入ったときから神妙な面持ちで、魔獣被害の光景に戸惑いや不安があるようだった。
「リヒトさん、こっち。小川を渡って、あの丘の木立の中の家だよ」
草原に点在する家々の一つを指したシキに連れられて、リヒトは村の中を進んだ。
シキがこの村を離れてから丸々ひとつの季節が過ぎている。そして尚且つ魔獣被害もあるかもしれない。荒れ果てた生家を想像していたが、辿り着いた家はまるで今も人が暮らしているような様相であった。
「シキ、誰かここに暮らしているのかい……?」
「わかんない……でもここの村の周辺に親族は居なかったと思うんだけど……」
整えられたエントランス前のアーチには瑞々しい花々が風に揺れており、戸口前のレンガも、それこそ柵の中は雑草がきれいに抜かれており、嵌められた窓ガラスも割れることなくそこにある。
まるで変わっていない家の様子に戸惑うシキとその横に佇むリヒトは、どさり、と聞こえた物音に同時に振り返った。
先ほど収穫してきたのだろうか。道の先に佇むご婦人が泥のついた根菜類を入れた籠を地面に落としてしまったらしい。
「……まさか、シキちゃんなの!?」
「ヤムおばさん……!?」
驚愕に目を見開いた後に、しばらくして安堵したのか、うるりと涙を滲ませている。
「無事で良かった……!」
ヤムと呼ばれたご婦人はシキの目の前まで駆け寄り、目の前で膝をついて、シキと目を合わせた。そして震える手でシキの手を握り、詫びの言葉を口にする。
「ハクジさんとイシュカさんが亡くなったときに何がなんでもシキちゃんを我が家へ迎えてればよかったって……本当にすまなかったよ……」
「そんな、ヤムおばさんは何も悪くないですよ」
シキもヤムさんに釣られたのか少しだけ涙腺が緩んだようだ。それでもシキはにこりと笑いかける。まだ幼い少年の気遣いにヤムさんはさらにぼろぼろと泣きじゃくり始めたので、様子を眺めていたリヒトもさすがに慌てて声を掛けた。
「あの、道端ですし、どこかでゆっくりお話しましょうか――」
「旦那とひたすら後悔してたんだよ、孤児院話を持ちかける人攫いがあるって話をシキちゃんが居なくなってから訊いてね……なんで我が家で保護しなかったのかって……無事で、生きてて良かったよ……」
場所は変わって、ヤムさんのお宅にお邪魔することとなった。
シキが住んでいた祖父母の家の周囲はヤムさん夫妻が定期的に整えて掃除をしてくれていたようで、それを知ったシキが恐縮しきりだった。
ヤムさんの家の客間に通され、テーブルに着くように勧められた。リヒトとシキを案内したあと席を外したヤムは、程なくしてお茶と蜜付けのケーキを持ってきてくれた。
少し涙のあとの残る夫人はにこにこしてお茶を差し出してくれた。
「ヤムおばさん、ありがとう。すぐに報せに来れてたらよかったよね、ごめんなさい」
「とんでもないよ! シキちゃんがこうして顔見せてくれただけで、安心できたよ。そして、リヒトさん、ありがとうね。村長宛に連絡を入れてくれていたから、落ち着いて帰りを待つことができたのよ」
「シキを保護したときに方々に連絡を入れましたが、実際に直接お伺いするのが季節を跨いでしまい申し訳ございません」
「いいえ、とんでもないです! シキちゃんの近くに住んでおきながら、助ける手を差し伸べられなかった私も悪いのよ。こうしてまた会えたのが何よりも嬉しいわ」
また少しだけ鼻を鳴らしたヤムさんに、リヒトは恐縮しつつも微笑み返した。
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