のじゃ姫の世直し漫遊譚

鳥野29音

起/のじゃ姫の脱出




「死ぬ! 死ぬ! マジで死んでしまふ!!」



 爆弾でも落ちた様に、周囲では爆音と共にあらゆる物が爆破されていく。



「もうダメですぅ~。私達死んじゃうんですぅ~。生きて帰ったらサラダを絶対食べるんですぅ!」



 眼鏡をかけた銀髪の少女が涙目でそう呟く。



「そーゆーこと言っちゃダメーーーっ! フラグが建っちゃうから!」



 爆発は留まる事を知らず、辺りを粉みじんにしていく。



「アッハッハッハ!」



 何処からか女性の笑い声が聞こえてくる。



「ちょ、マジでもう無理だから、姫さんやめてーーー!」



『――ソーヤ。護魔で結界は張れている。この位では結界は貫けんよ』



 ソーヤの持つ呪紋短刀から声が聞こえた。



「そんな問題じゃねーーーーよ!」



「アッハッハッハ!」



 笑い声が響く中、ソーヤ達の居る屋敷が吹っ飛んだのだった。





 崩れ落ちた家屋の傍でソーヤは荒い息を吐いていた。


 銀髪の少女は傍で目を回している。



「はれほれひれはれ~~」



「はぁはぁはぁ。こ、殺す気ですか!」



 ソーヤは瓦礫の上に立って高笑いを上げている美女に叫ぶ。



「ふむ。いい具合に壊れたな……」



 どこか悟ったような目でそう呟く美女の名前はフェルシア。本名、フェンティルセシア・ソル・セルス・フィンロット。まごう事なきこのフィンロット王国の王女である。



「何処の世界に横領した大臣一人しょっ引くのに建物を全壊する姫がいますか!!」



 ソーヤはあまりの惨状に激しくツッコミを入れる。



「気にするでない。悪の芽は断たれたのじゃ!」



 満面の笑みでそう言い放ったフェルシアに、ソーヤは大きく肩を落とした。



「……もういいですよ。ハァ。で、その大臣は何処です?」



「うん? ………テヘッ」



 視線が崩壊した建物に向けられ、次いでソーヤに視線を移すと舌を出して可愛く誤魔化した。



「だ、だいじーーーーーーん!!」



 ソーヤは瓦礫に向かって全力疾走するのだった。





 フィンロット王国。この世界にある二大国の一つに数えられるこの国は、善政を敷く賢王フィンロット十八世によって治められている。


 税も安く、皆が幸せに暮らせている良い国だ。


 ――ただ王女を除けば。



「何で姫はいっっつも問題ばっか起こすんですか! 宰相のナーガンさんの髪の毛がどれだけ抜けてると思ってるんです? 姫が何かやる度にあの人の髪の毛は薄くなってるんですよ! ……はぁ、こんど育毛剤でもプレゼントしようかなぁ」



 ソーヤは辛うじて息のあった横領大臣を縄でふん縛りながら、苦労性の宰相を思い出しながらため息を吐いた。



「それはそうと……ソーヤ」



「はい? 今度は何です?」



「……そろそろ逃げるのじゃ!」



「はい。って、逃げんのかよ!!」



「当り前じゃ! このままじゃと……レイに怒られるではないか!」



 冷たい汗を流しながらフェルシアが言い放った。その身体は微かに震えている。



「そりゃそーでしょうよ。と言うか、是非に怒られてください」



「イ、イヤじゃ! レイは怖いんじゃぞ! ソーヤにこの怖さが分からん訳がなかろう?」



 縦ロールの金髪を振り乱しながらフェルシアは全力で拒絶する。余程レイという人物が怖いと見える。



「兎に角じゃ、ソーヤはミューラを背負ってついて来るのじゃ! さっさとこの場からずらかるのじゃ!」



「はぁ~~。分かりましたよ。で、この大臣はどうするんです?」



「裸にひん剥いてその辺に括り付けとけばいいのじゃ。衛兵がしょっ引くじゃろうからな」



 何気に酷い事を真顔で言い放つとはいい性格をしている。



「はいはい。じゃあ逃げますかね」



 ソーヤはフェルシアに言われた通り、崩れた建物の元柱だったものに大臣を紐で雁字搦めにすると「天誅」と書いた紙を額に張り付ける。


 それを見て満足げに頷くと、気絶している銀髪の少女――ミューラを背負って既に逃げ出しているフェルシアを追って走りだすのだった。





 翌日もよく晴れた一日だった。


 ソーヤはフェルシアに呼び出されて、王宮の中庭に朝も早くから足を運んでいた。


 途中であった警備兵達に世間話をしながら歩いていると、宰相のナーガンの髪の毛が大量に抜けた噂を耳にする。



「おおっっ髪よ! 儂の髪を救い給えアーメン」



 何処かでそんな声が聞こえた気がした。


 こっそりと涙を流したのはここだけの秘密だ。こんど必ず育毛剤を送ろうと誓った。


 そんなこんなで中庭に着いたソーヤに待っていたとばかりにフェルシアが声を掛けてくる。



「ソーヤ! 遅かったではないか! さっさと街へ向かうのじゃ」



「急に何言ってんですか。姫にそんな暇があるわけないでしょ。ってか何があったんです?」



「うむ。街の若い娘が突然消えるとの噂があっての。その調査に向かうのじゃ」



「はぁ? 一体何処からそんな情報を仕入れたんですか?」



「レイのマル秘情報じゃ」



(あっ、ダメだ)



 一瞬でソーヤはそう判断する。レイからの情報であれば、ほぼ間違いはないのだろう。


 あの人は何故かそういった情報を持っており、それが外れた事は今まで一度も無いのだから。



「……で、そのレイさんは外出については知ってるんですよね? イヤですよ、また怒られるのは。あの人マジで怖いんですから」



「大丈夫じゃ! ミューラに用事を頼んでレイにはそれに付き合う様に行っておるのじゃ。バレはせんよ」



「イヤイヤ、無理です、イヤです、勘弁してください」



「な、何故じゃ!」



「バレます、絶対に。そして世にも恐ろしいお仕置きを喰らうんです。姫だけにしてください。俺はマゾじゃありませんから」



 全力で拒否する。レイにバレない訳がない。あの完璧超人をだまくらかせる訳がないのだ。


 以前も絶対にバレないからとフェルシアに諭されて付き合った事があったが、現場でレイが待っており酷い折檻を受けた事がある。


 もう二度とあの折檻は喰らいたくないのだ。



「きょ、今日は大丈夫じゃよ。うん…恐らく…多分……Maybe……」



「なぜ英語? ってか何で英語なんて知ってんですか!?」



「急に神が降りて来たのじゃ」



「あーーそうですか。で、やっぱりやめましょう」



「ぬぅ。ワラワが行くと言うておるのじゃ。それとも逆らうと言うのか?」



 フェルシアの右手に魔力が集まってるのを見て、ソーヤは顔面を蒼白に変えた。



「いやいやいやいや。わ、分かりましたから落ち着いてください! 姫は冗談では済まないんですから!」



 本当に冗談では済まないのだ。この人はやると決めたらやり遂げる。


 例えそれがどんなにはた迷惑であっても。


 今反対すれば間違いなく爆殺される事請け合いだ。


 つまり爆殺or折檻の二択だ。デッド オア アライブではないデッド オア デッドなのだ。


 ならば少しでも状況をより良くする事に邁進した方が賢明だった。



「なら、レイさんには姫から言ってくださいね。俺は姫の命に従っただけだって」



「そ、それは……いくら何でも酷いのじゃ」



「いやいや、姫の方が酷いですから!」



 そんなこんなで今日も今日とて裏庭から王宮を脱出する羽目になった。


 脱出自体は簡単だ。


 姫が魔法を使うだけで城壁などひとっ飛びなのだから。



「では逝くのじゃ!」



「……姫、字が違う」



 姫が魔法を唱え、身体が宙に浮く。そのまま上昇して城壁を越えた辺りで地面にゆっくりと降りていく。



「ふぅ。無事脱出出来たのじゃ」



 フェルシアは流れてもいない汗を拭う振りをする。



「そうですね。無事に着地出来て何よりです」



 後方から掛けられた声にフェルシアの動きが止まる。


 ギギギっと錆びついた様な音を立てながら振り返る。そこには予想通りのメイド服があった。


 王女付きのメイドであるレイだ。


 極寒の様に冷めた眼差しでフェルシアを見つめる瞳には微かに喜びが浮かんでいる。


 大好物の折檻が出来るからだろうとソーヤは勝手にそう思った。



「い、いやこれは……ソーヤがどうしてもと……」



「姫! 売ったな! 俺を売るんだな! 俺は無実だーーーーっ!」



 ソーヤが慌てて否定する。


 冗談ではない。先の約束を速攻で反故にしたフェルシアにソーヤが冷たい視線を送る。



「ソーヤさんがその様な事を言う程の度胸がない事は承知しております」



「で、ですよねーー」



 プライドより身体的な安全を選ぶ男ソーヤ。



「で、何故外出をされるのでしょうか?」



 事ここに至っては誤魔化す事は無理と判断したフェルシアは、素直に白状する事にした。


 その方が折檻の度合いが弱くなるからと日和った訳ではないだろう。



「う、うむ。レイが言っておった娘が突然消える噂の真相を探ろうと思ってな」



「……成る程。ですがそれが外出する言い訳に成るとは思ってませんよね?」



「ぬぅ。いやしかしだな。国民の安全が保障されて無いのは王族として見過ごせはせんのじゃ」



 冷や汗混じりにそう言うフェルシアをジッと感情の篭らない瞳で見つめる。



「まぁその噂話をした私にも責はあります。分かりました。今回は見逃しますが……程々に」



「わ、分かっておる。程々にするのじゃ」



「私はまだ掃除がありますので、ミューラ様、私を謀った代わりに姫様の護衛を頼みます」



「え~っ? 代わりに私が行くんですかぁ~?」



 一方的に巻き込まれたはミューラは既に泣きべそをかいている。



「はい。宜しくお願い致します。くれぐれも街中で爆裂魔法などをお使いになりませんよう」



「わ、分かっておるのじゃ」



「では気を付けて行ってらっしゃいませ」



 こうしてフェルシアは無事に街へと向かうのだった。



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