第42話 終わらない

 男はニャオを引き寄せる。

 障害物が何層あろうが、一直線上を貫くなら盾に意味はないだろう。

 これはニャオを道連れにする、結花千への嫌がらせである。


『俺の近くには小娘がいる。俺を狙えば、小娘も巻き添えになる事を、お前は分かっているのかぁ!?』


「知ってるよ」


 知っていながらも構えをやめない。

 だって結花千の狙いはコックピットではないのだ。


 ――それは……まだ。


 だから作戦その一。


「片方の足場を、まずは崩す」


 兵器の片方の足がついている地面を狙って槍で一突き。

 当然、亀裂が入った地面に重さが加われば地面は崩れる。

 小さな穴にぴったりとはまるように、兵器の片足が埋まった。


 球体が、ごろん、と横へ傾いた。


 中では大きな変化があった。

 横に傾いた事でニャオが重力に従い、男の元から離れたのだ。


 広く作られたスペースだからこそ距離が離れた。

 もしも窮屈であれば、今のような状態になっても男とニャオは近いままだっただろう。

 手を伸ばせば引き寄せられるように。


『ぐ、うう……っ、クソッ、身動きが、取れねえぞ……!』


 男の呟きは外に伝わっている。

 ニャオが男の元から離れた事も確認済みであった。


 実姫は作戦を伝える際に、こう言っていた。


「ニャオにはちょっとの衝撃に我慢してもらいます。数メートルの落下ですから、大丈夫だとは思いますが……。男の方は、兵器が転んでも位置は変わりません。変わらず球体の真ん中にいるでしょうね」


 なぜなら安全を確保するためのシートベルトがある。

 それをつけなければ兵器は起動しない仕様になっているのだから、していないはずがない。


 逆さまになろうとも、横転しようとも、男がコックピットの席から離れる事は一切ない。


 だから安心して、結花千は目標のクズ野郎を狙い撃ちにできる。


『……まさか――』


 そこで男が気づいた。

 結花千たちの、作戦に。


 横転させ、ニャオを男から引き剥がし、一歩も動けない男だけを、狙えるように。


 今、この状態に整えたのだ。


 男の目にははっきりと映っている。

 槍を構える、結花千の姿が。


『クソ、ガキ……ッ!』


 槍は一直線に、男を貫ける。

 いつでもいい――、結花千は準備万端だった。


『こんッ、の、俺を……俺ぉ! 誰だと思ってやがんだクソがァ!』


 男は叫ぶだけだった。

 喚き散らし、結花千に罵声を浴びせ続ける。


 ただ一つ感心する事があるとすれば、決して命乞いはしないところか。


 情けなく泣いたりしない。

 死を覚悟しても己が上である事を貫き続ける。


 クズなりの、矜持があるのかもしれない。


『俺は代表だ、この世界の暗黒面だッ! てめぇらが俺を殺そうが、俺みたいな奴は現れる。ハハッ、この小娘が良い例だ。こいつはお前だけを見た信仰者だ。だが俺はお前だけを見た無神論者だ……敵対者だッ! これで終わりじゃねえ、てめぇらが世界にい続ける限り、終わりはねぇ! お前らに安寧は訪れねぇッ!』


 世界に男の高笑いが響き渡る。

 誰もを不快にさせる最後の言葉だった。


 そして、まるで見ているものの全てが、ゆっくりに感じられるように。


 結花千の槍が、突き出され――。


 静かに、一直線上のものが、貫かれた。


 大穴を開けた球体兵器。

 その中で、体の真ん中が消し飛んでいた男が見え、繋がりを失った体が散り散りに飛んでいく。


 男は最後まで、高笑いをしたままの表情だった。


「……あんたみたいなのがまた現れたら、今みたいに倒すだけだよ」


 もう結花千は一人じゃない。

 神は他に三人いる。


 それに――、



「――ニャオ!」

「神様っ!」



 弾け飛んだ球体の残骸から顔を出したニャオが、飛び出した。

 両手を広げて落ちて来るニャオを、結花千が受け止め、抱きしめた。


 もう絶対に、離さないように。


 くるくるっ、と抱きしめたまま結花千が回転して、まるで踊っているかのように。

 結花千とニャオが、額を合わせた。


 久しぶりの再会を、触れ合った肌と体温で感じ合って。

 色々な事を話し合いたい、色々な感情を共有したい。

 どうしようもなく好きだと、何度でも告白をしたい。


 これからはずっと一緒にいられるのだから。

 ……二人は今、言葉を交わす。


 とても短い、やり取りだった。



「神様、ただいまっ」

「おかえり、ニャオ」

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