第11話 未知の王国

 相談している間に、気づけば船旅が終わっていた。

 和歌は、やっちまった、みたいな表情を浮かべたが、切り替えが早く既に後悔を表情から払拭している。


 船が港に停船する。

 窓の外には、結花千と和歌の世界とはまったく違う景色があった。


「わっ……すごい……っ! なにこれ、街がある!」


 結花千の口が自然と開く。

 和歌は声も出ないでぽかんと口を開けたままだった。


 扉が勢い良く開かれ、船旅中、気まずい感じになっていたニャオが、興奮してさっきの事も忘れ、結花千の隣に駆け寄った。


「神様っ、この港街、さんの島よりも大きいですね!」


 ニャオの言う通りに大きい。

 だが桁違いだ。その大きさを何倍では言い表せない。


 開いたままの扉の先には、数名の騎士が道を作るように、真っ直ぐに並んで立って待っている。

 代表して、さきほど説明や案内をしてくれた騎士が前に出た。


「出発の準備が整いました。彩乃あやの王国へ、ようこそ」


 騎士が一礼をした。

 彼はじゅうぶんな間を取り、結花千たちを招く。


 甲板に出て景色を見ると、窓越しで見た景色よりも圧倒される。

 赤茶色の屋根が平坦に広がっており、街の奥行の先がここからでは見えない。

 ずっと奥まで広がっている。


 中でも目立っているのが、やはり真っ白な城だろう。

 街の中央に建つそれだけが突出しており、存在感を放っている。

 格が違うのだと体現している外観だった。


 ここからでは小さく見える。

 つまり、港からお城まではまだ随分と距離があるらしい。


 朝にも乗った馬車に再び乗り、港街へ。

 目を輝かせるニャオが今にも飛び出しそうに馬車からはみ出しているので、結花千は必死に押さえていた。


「聞いてもいいか?」


 なんなりと。馬車を操る騎士の返事に、和歌の質問が続く。


「この街は、まだあんたたちの国ではないって事なのか?」

「国の領地ではありますが、国の中ではないですね。もう少し進むと外壁と門がありますので、そこから先が、我が国となります」


「……そこ以外にも、国はあるのか?」

「あります。ただし、我が国の領土内でありますので、彩乃姫が所有しております」


「姫……か。そう言えば、今まで一度も話題に出なかったが、王はいないのか?」

「姫が王であります」


 答えの分かっていた質問だった。彼女は、一応確かめたに過ぎない。

 神としての力を振るってこの国を作り、自分を姫の立場に置く。望んで上に立っている者が、自分と同等、あるいは上になりそうな者を作るわけがない。

 恐らくは、提案をされても突っぱねているのだろう。

 もしくは、神の権限を使い、王の存在を誤認させているか。


 和歌も同じような事をしているため、文句のつけようがなかった。

 やがて外壁と門が見えてきた。門番の兵と騎士が言葉を交わし、門の扉が奥へ開く。


「神様、す、すごいです、こんなにもたくさん、色々なお店があるんですねー。あっ、あそこに人が集まってますよ!」

「大道芸人かな。身体能力の高いニャオならできそうな芸当ではあるんだけど……」


 ニャオは雰囲気に当てられて、なにを見ても感動している。楽

 しんでいるところに水を差す事もないか、と結花千は目に映ったもの全てに反応をするニャオに合わせて頷いた。


「神様、後で一緒に回りましょうね。絶対ですよ!」


 もしもニャオが犬であれば、尻尾を元気良く振っていたであろう表情だった。


 なので、結花千は無意識に彼女の頭を撫でていた。

 気づいた後でまあいいかとさらに撫で回すと、ニャオは戸惑っていたがやめてほしくもなさそうな、そんな表情だ。


「……仲が良いんだな。そこまでとはさすがに予想してなかったよ」


 そう言えば和歌もいたのだと、結花千は思い出しても気にはしなかったが、ニャオは見て分かるほどに恥ずかしがって顔を俯かせる。

 街を見て興奮していたのも息が切れ、おとなしく身を縮めている。


「いや、悪い事じゃないから別にいいんだけど……」

「は、恥ずかしいところを……。二人きりだと思い込んでました……」

「二人きりならあんな感じなんだな」


 大体そうだね、と結花千が答えていると、さっきは遠くに見えていた城がすぐ近くまで迫っていた。

 ……馬車の窓から顔を出して見上げると、かなり大きい。

 上に高く、横にも広い。

 すると、城に入るにも、また外壁と門があった。

 そしてここから先は、馬車ではなく歩いて進むと言われて、久しぶりに地に足をつける。


「やけに厳重だな」

「お姫様はなにかと狙われやすいしね」


「その姫は私たちと同じ神なんだろ。だったらセキュリティなんていらないだろ。多分、思い浮かんだからつけてみたけど、あんまりいらなくて、ただはずすにも手間がかかるしそのままでいいか、と投げ出したタイプだな」


「やけに具体的だね……」

「なんとなくな、そう考えそうだなって心当たりがあるんだよ」


 話している間に、さっきと合わせて二度目の門が開く。

 まずは中庭を通る事になった。


 外壁と同じ白い地面を歩く。真ん中の噴水を迂回して、中庭からお城の中へ。

 赤い絨毯が敷かれた室内の通路には、騎士たちが整列している。

 まだ廊下のはずだが、この段階で歓迎されている雰囲気が出ていた。


 そして、大きな螺旋階段を上がった後、長旅の末に、本命である姫の部屋へ到達した。


「こちらです。中で姫がお待ちになっておりますので。では、下がらせていただきます」


「えっ、いいよ、一緒に入ればいいよ」

「――いえ、姫の命令ですので」


 結花千の誘いを断り、あっさりと下がってしまう騎士の一人。

 ……彼が去った事で、ぽつんと、黙ったまま三人で固まってしまう。

 三人が肩車するよりも高い扉の前で、だ。


 しかしここはさすが最年長。

 和歌が扉に手を触れる。


「……じゃあ、入るぞ」

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