Land

渡貫とゐち

一章 拡張した世界

第1話 船上から

 彼女が神様になって三か月が経とうとしていた。


 ぷっちんプリンのようになにもなかった島はクリスタルなどが取れる採掘場になり、森しかなかった別の島は伐採した後、出た木材を使ってツリーハウスを作った。


 彼女が作り出した生命たちが成長し、村を作る。人が生まれると自然と動物や植物も生まれ、彼女が手を出さなくとも自然界はあっという間に進展していった。


 今では複数の島に村や町があり、各々が移動手段を用いて物資のやり取りをしている。生きるために行動し、誰もがこの世界で生活をしていた。


 彼女――帆中結花千ほなかゆかちが神様になった経緯は手紙一枚だった。


 招待状に誘われてこの世界にやって来た彼女は神様となり、世界を創造する役目を与えられた。海となにもない島しかなかった最初に比べれば、三か月という期間を見れば驚異的な速度で発展したと言えるだろう。技術レベルは拙いが、人は多く自然も豊富だ。

 神としての役目はじゅうぶんに果たしたと言える。


「船長ッ!」

「どーしたの?」


 騒がしい声は海賊船、甲板の上での事だ。


 船員の若い男が結花千の元に。若いと言っても結花千よりも年上だ。彼らと神である結花千とでは、体感する時間の流れが違うのだ――そんな彼は、十七歳を迎えたばかりの船長を見て僅かに頬を染める。視線を逸らした事に気づいた結花千が、なによ、と聞けば、


「い、いえ。椅子に座りながら膝を抱えているので、その……」


 大きな椅子の上で、体育座りをしていたのでスカートの中身が丸見えだった。だが、ここで動揺してしまっては、船長として、神としての威厳がなくなってしまいそうだったので、結花千は強がって見せた。


「気にしないから。いいから用件を言いなさいよ」

「えっ、じゃあじっくり見ても?」

「見るな! 用件を言・え!」


 チャンスとばかりに顔を乗り出してきた若い男の顔を蹴って、話を進ませる。

 海賊はどいつもこいつも人を見る目がいやらしいのだ。


「商船が海賊に襲われてまして。最近結成した海賊でしょうね、名簿を見ても登録されていませんでしたから。どうします? 穏便に警告しますか? それとも奇襲をします?」

「とりあえず警告しよっか」

「船長ー! 大変ですってばーッ!」


 と、今度は別の船員が慌てて走って転んでいた。ふっくらと丸みを帯びた彼は、ボールのように転がり、結花千の元に突撃しそうになったが、若い男が片手でその体を止めた。

 この船に限らず、海賊は腕っぷしに自慢がある者ばかりが集まっている。


「てめえ、船長が怪我でもしたらどうする!? 殺されてえのかッ!」

「ひっ、ご、ごめんなさいーっ!」

「いいから。それで、あなたも用件は商船が襲われているって話?」

「あ、もう聞いていたんですね……」

「当たり前だ、このデブ。お前はいつもとトロイんだからよ」

「そっか……そうだよね。ニャオ様があの商船に乗ってるって事も――」


 結花千は椅子を倒すほど勢い良く立ち、仰向けで甲板に倒れている男の顔を覗き込み、


「ニャオがあの船に乗っているのは、本当?」


 は、はいっ、と口には出せずに頷くだけの男に、結花千はにっこりと笑みを見せ、

 隣の男に簡潔な指示を出した。警告はしない。……目に物を見せてやる。


「奇襲よ」



 ニャオと呼ばれる少女が乗っている帆船は、結花千が乗っている海賊船に比べれば二回りも小さい。積み荷も多く、速度も遅いので、海賊にとっては狙いやすいのだろう。

 帆を破られ、風の推進力を失った帆船は海の上で停まり、海賊たちの侵入を許してしまった。ニャオを入れて五人しか乗船していなかった。彼、彼女たちはあっという間に、それ以上の数の海賊たちに捕らえられてしまう。


「ほーう、オレンジ色の果実がたくさんあるねえ。君たちは、『さんの島』から?」


 ジャストコールと呼ばれる赤い海賊服を着た、大きく尖がった鼻が特徴的な船長らしき男が、積み荷を物色する。

 さんの島には港町があり、他の島と比べて発展している町だ。彼、彼女たちはさんの島から『にの島』へ、物資を運んでいる途中だった。


「その果実に触るなっ!」


 男の指先が果実に触れる瞬間だ。声を上げたのは、後ろで両手を縛られているニャオだった。この中では最も年下で、体格も小柄な彼女が一番、海賊たちに屈していなかった。


「ガキッ、船長になんて口の利き方をッ!」

「……へえ、度胸のある子だねえ」


 ニャオたちを取り囲んでいた海賊の一人が、ニャオの髪を掴んで引っ張り上げる。青みがかった黒髪がぶちぶちと抜け、ニャオの瞳には涙が溜まる。

 船長の足元へ、ニャオが倒れた。彼女が船長を見上げると、目の先には剣の切っ先があった。捕らえられた船員から悲鳴が上がる。海賊たちに取り囲まれた彼らには、力の差が歴然過ぎて、なにもできなかった。


「こんな状況でも瞳の力は失わないのか。なるほど、かなり好みだよ」


 相手の笑みにニャオはぞっとした。恐怖ではない。生理的な嫌悪感だ。

 二の腕を掴まれ、ぐんっ、と引っ張られる。両の足で立つと身長差が頭二つ分も違う。


「……胸は期待できそうにないが、顔は良い……。ふっ、ビジネスに利用できそうだ」

「……なら、取引きをしようよ」

「おっと、我々は海賊だ。欲しいものは力づくで奪うのだからねえ」


 積み荷を奪われ、自分自身も連れ去られ、囚われた仲間たちの無事も保障されない。首元に突き付けられた剣がなければ、後ろに人質がいなければ、目の前の男を思い切り蹴ってやるのに。

 ニャオは下唇を噛んで、完全な敗北を認めかけた。

 だが、決して視線を下げなかったからこそ見えた。船長の肩が、とんとんと叩かれる。


「あん、なんの用だい?」


「――あたしのニャオに、なに気安く触ってるの?」


 堅い棒の先端で、男のこめかみが撃ち抜かれた。ごんっ! という鈍い音が周囲に響き捕らわれていた四人は思わず目を瞑る。男は大きな水飛沫を上げて、海へと突っ込んでいった。


 堅い棒の正体は反対側を見れば分かるが、三又の槍だった。

 クリスタルでできているそれを持っている者は、一人しか知らない。


 ニャオは捕まってからこれまで、決して流さなかった涙を流しながら、


「か、神様ぁあああああああっ!」

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