第17話 ご都合主義な液体

「ねぇ、貴女の正体…知っちゃったわ…レッドブルマー…」


 二人きりの中、黒井さんに突如 言われた言葉に私が最初に思い浮かんだ事は、どうしてバレたのか? どうやって誤魔化そうかの二つであった。


 しかし私の返答を考えるよりも早く黒井さんは続けて質問をしてきた。


「どうして今まで秘密にしてたの?」


 そんなの決まっている。恥ずかしいからだ。


 しかし、私は正直に思った事は言わなかった。


 何故なら黒井さんはレッドブルマーに対して強い憧れを持っており、ソレを口にすれば彼女を失望させ傷つけてしまうことが容易に想像できてしまったからだ。


 だからこそ慎重に言葉を選ばなくてはいけないのだが、私は、「あの」とか「えっと」とか声が詰まるような言葉しか出せずに、再び黒井さんから疑問を投げかけられる。


「今まで…私のこと……本当はどう思ってたの?」


「どう…って言われても……」


 本音を言えばカッコイイわけでも勇敢なわけでもない私をただの変な格好をした女の子だと見ずに理想を押し付けて本当の自分を見ていなかったと思った。


 だけど、目を輝かせて語る黒井さんや他の人達を見ていて、どことなく期待を裏切れないという気持ちにになっていた。


 それを私はいつの間にか知らず内に破壊していた。


「なにも…言わないのね…」


 私が返答に まごついている間に黒井さんはうつむきながらそう言いきびすを返してしまった。


「待って!!」


 私は引き留めようとするも声は届かず、彼女は走り去ってしまった……



 どうすれば良かったのだろう? なんて答えれば良かったのだろうと思い悩みながら家に帰ると私は、お兄ちゃんに相談する。


「そうか…正体がバレてしまったか」


 事情を知ると、それで、どうしたいのか? っと、お兄ちゃんは尋ねてきた。


「どう…って?」


「その子と仲直りしたいのかとか色々だよ」


「わからない…本当のことを言うと黒井さんとは特別 仲が良いワケでもないし…だからって放って置けないし…」


「正体をバラされることを心配してるってことか?」


「そういうんじゃないんだって…いや、それも困るけど…なんていうか人が苦しそうにしてると、こう胸の奥がキューッって苦しいていうか…」


「おや? それは恋なのでは? 恋ですね。キマシタワーお立てしますね」


「真面目に聞いて」


 胸の近くで手を当てる私に対してお兄ちゃんはふざけた様子で答えたので自分でも解るくらいに不機嫌そうな声色で釘をさした。


「ゴメンナサイ……」


 お兄ちゃんは小声で謝り問題解決について話をする。


「まぁ、要するにだ…尊敬の対象が今までイジッてた相手だと知って理想が砕けてショックを受けたってことだ。なら解決策は一つしかない」


 もったいつけるように言う彼にキルカは聞いた。


「どうするの?」


「理想のヒーローが居ないなら彼女自身がヒーローになれば良い」


「え…なにその文句があるなら自分で作ってみろみたいな理論」


 反論封じには最適かもしれないけど傷ついた人間に言うことじゃない…


「って!! またブルマー戦士 増やすんかいっ!!」


 思わず叫ぶが、お兄ちゃんは首をかしげ「何か問題でも?」と言いたそうな顔をする。


 いや…絶対 心労が増えるって……


「とりあえず、次に会ったらコレを渡してやりなさい」


 そう言って、お兄ちゃんは黒いハチマキを渡してきた。


 黒色のハチマキとか始めて見たわ。てかハチマキかコレ??


 そもそも、おかしい事がいまさら過ぎて私は直ぐに考えることをやめた。


 こうやって人間はラクな方へラクな方へと流されて考えることを放棄していくんだろうな…


 そんな風に思いながらも私はハチマキを受け取ると今度は怪人出現のニュースが流れてきた。


「む!! 新たな怪人か!? けレッドブルマーよ!! 今は悩む事も多いだろうがブルマーはきっと全てを解決してくれる!! ブルマーを信じて戦うのだ!!」


 あー、もう。休んでる暇ないなー…


 わざとらしいポーズを決めてる兄を横目にキルカは赤いハチマキを頭に巻きつけ出撃する。



 場所はホームセンターの広い駐車場。

 そこに妖怪のような姿をした怪人が手に持っていた木桶の中から粘性のある液体を柄杓ひしゃくですくい人に向かって撒き散らし、衣服だけを都合よく溶かしていった。


「いやぁぁ!! 見ないで!!」


 服を失い叫ぶ女性。

 それに対して近くに居合わせた男性は冷めた反応を示していた。


「いや、ブタの裸なんか見せられても困るし」


 恰幅の良い巨体の女性に向かって、その一言を放った彼がその後どうなったかは想像にお任せするとしよう。


 その他にも服を失った人々は外にあったブルーシートで体を隠したり木鉢で大事なところ隠すなどして対処していた。


 そんな光景を目にしレッドブルマーは思った。


〈うわぁ…戦いたくない…〉


 絶対、服だけ溶かす怪人とかいると思ったよ。妖怪だけに溶解ってか? しょうもない上に寒い過ぎる。


『どうしたんだレッドブルマー! 早く助けに行かないのか!!』


 突然、ハチマキに備わった通信機能でお兄ちゃんが話しかけてきた。


「あれ、なんでこっちの状況が解ってるの近くに居るの?」


『ああ、ちゃんとその雄姿を遠くから見守っているから安心しろ』


「むしろ見てて欲しくないんだけど…」


 しかし、そうも言ってられない。


 人々は困っているし、何よりもう見つかってしまったのだから。


「見ろ!! レッドブルマーだ!!」


 建物の上に立っていたヒーローの姿を一人が見つけると指差して声を上げ、次々と歓声が湧き、レッドブルマーは飛び上がり華麗に着地すると戦闘を開始した。


 服を溶かされ、あられもない姿など見せたくない一心で溶解液を避けて攻防を繰り広げていると怪人は足を止めて自ら液体を被った。


 不可解な行動を取ると見る見るうちに敵の姿が消えていき一瞬、自滅かと思われたその時、レッドブルマーの体に例の溶解液をかけられ体操服が消えていった。


「いや!!」


 レッドブルマーはあらわになる上半身を両腕で隠すと勢いで、たわわに実った乳房が揺れる。


『服を溶かす液だと思った? 残念! 正解は都合よく透明化させる液体でした!』


〈どっちにしても最低なんだけど!〉


 ちなみに体操着もブラもニーソックスも見えなくなってしまっているがブルマーだけは何の変化を起こしていない。


 この辺りが、お兄ちゃんの性癖が影響してるんだろうと察するものがあったが、今は完全に裸になってしまうよりはマシに思えた。


「くそぉ…」


 レッドブルマーは、ともかくカンを頼りに蹴りを繰り出すがいずれも空を切るばかりであった。


「みぃぁ!!!」


 レッドブルマーは突然、後ろから腕と胸の間に手が差し込まれる感触に襲われ変な声を上げてしまう。


 正確には透明になった服の下から手を入れられ胸を鷲掴みにされている状態でヌメヌメになった服と体のせいで簡単に怪人の両腕の侵入を許し、目に見えない指によって胸を揉みしだかれてしまったのだ。


「ふぁぅ…ぅぅ…んっ!!」


 山を崩しかかる指に普段はもっと不快感を覚えるのに今日はなぜか込み上げる高揚感があった。


「…ぁぁ…ぁああ!!」


 胸の先は敏感で触れれば少し痛いくらいなのに肌を滑るくすぐったさと泡を潰す粘り気のあるいやらしい音が頭の中を搔き乱して今までに感じたことのなかった感情を引き出すと声に出せない喘ぎ声が脳内に響いていた。


「…ッ!! …!!…~ッ!!」


 その熱を振り払うようにレッドブルマーは見えない背後の敵に向かって馬のように蹴り、魔の手から抜け出した。


「フーッ! フーッ!」


 紅潮し息を荒くしてる彼女の様は、まるでネコの威嚇のようで怖いより可愛らしいものであったが本人からすれば冗談ではない。


 しかし見えない敵に対抗する手段もなく今度は股の間に指が触れる感触に背筋を凍らせ、声を上げながら、ともかく暴れまわった。


 それでも背中に指先で触られたり、耳に息を吹きかけられたりと気持ち悪い事ばかりされていき、今度はブルマの両側を引っ張られる。


 布地を伸ばされ鋭角なV字を刻み鼠径部そけいぶを丸見えにし股の間へと食い込んでいくとヌルりと擦れ、持ち上げられる。


 もう羞恥プレイの限りを尽くされ、涙目になりながら抵抗しようとするも足が地面に着いていないせいで十分な威力で蹴ることができず、足をバタつかせるばかりで逆にそのせいで脚と脚の間に刺激が走り無意味に嫌な思いをした。


 殴ろうにも自分の前には居らず、片手で肘打ちする程度の抵抗しかできない。


 コレにも普段の威力がない。


 多くの攻撃は足場があってこそ、その威力を発揮するものであるため支えのない体から繰り出されるエルボーでは引き剥がすこともできない。


『オーウッ!! V字ライン!! ファンタスティッッックぅ!!』


 何処かで見ているであろう兄の声がハチマキを通して聞こえるとキルカの中で何かがキレた。


 その瞬間。腕で胸を隠すことをやめた。


「うおおおお!!」


 小柄な体に大人と変わらぬ胸がピンッと張り、頂点の淡いピンク色が男性の目に入ると声が上がったが、メキメキと響く破砕音を聞くと男性たちは思わず目を丸くし感情が死んでいった。


 いまのレッドブルマーは腕で体を隠すことをやめ、見えない怪人の腕を掴み握りつぶしていた。


 ボキッ! と鈍い音が響くとレッドブルマーの体は下に落ち地面に足が着くと透かさず回し蹴りを怪人にお見舞いし、その上、吹き飛ばす方向まで考え店外に置かれていたペンキ缶の山の中へとぶち込んだ。


「そんなペンキまみれじゃ、も~~う逃げられないよね…」


 恥ずかしがる素振りも無く。怒り顔でもない。圧力のある笑顔を見せるとキルカの脚が一瞬で上がり、同時に怪人も真上へと飛ばされる。


 この時、キルカが美しいI字バランス姿であったが一人を除いて誰も気づいていなかった。


「おそろしく速い開脚 オレでなきゃ見逃しちゃうね」


 離れた場所から覗いていた兄、古間ふるま 好希こうきはそう呟くと怪人がそのままキルカの下へと落ちていき自由落下のエネルギーに加えて下からとどめの一撃を入れた。


 勝敗が決すると都合の良い液体の効果も消え全てが元通りとなり府愛知ふえち市に平和が取り戻された。



 戦いを終えレッドブルマーは、いつものように去ろうと高く飛び上がると、一人の女性が離れた場所からヒーローの姿を見上げていることに気づいた。


 それが同級生の黒井さん だと気づくと、彼女は近くに下りた。


「黒井さん」


 目の前に現れたレッドブルマーの姿に驚くも黒井くろい 優莉ゆりは黙ったまま相手を見つめ語りかける言葉を聞いた。


「なんとなく…近くに居ると思ってた……」


 キルカは、つっかえつっかえながらも言葉を繋いでいく。


「あのね…私、あんまり上手に話せないけど…私は貴女の理想のヒーローとは違かったかもしれない…それで傷つけちゃったかもしれない……信じて貰えないかも、だけど…傷つけるつもりは無かったの…今まで正体を隠してて、ごめんなさい!!」


 ともかく謝った。傷つけたくなかったのは確かだし傷ついたままでいて欲しくなかったのも本当だった。

 でも許してくれるかは分からないから頭を上げるのが怖い気持ちにもなった。


「良いわよ……頭を上げて」


 顔を上げると視線を反らした黒井さんの顔が目に映った。


「私こそ、今まで誤解してて…ご、ごめん…なさい…」


 私は黒井さんから、その言葉を聞いて少し肩の荷が下りたような気持になった。


「あの、私は憧れのヒーローにはなれないかもしれないけど、理想のヒーローには黒井さんならなれると思うの」


 私は、そう言ってブルマのポケットから例の黒いハチマキを取り出し、黒井さんに見せた。


「なにそれ?」


「コレを着けるとブルマー戦士に変身できるの。もし良かったらコレを受け取って」


 そう言うと黒井さんは差し出されたハチマキを見つめて言った。


「私には、貴女のようにはなれないわよ。レッドブルマー…さっきの戦いを見てて思ったけど、きっと私だったら恥ずかして動けなくなっちゃうもの」


 一瞬で戦っていた記憶がフラッシュバックしたが、即座にデリートした。


「…そっか。わかった」


 黒井さんの答えを聞くと、そのままハチマキを仕舞おうとした、その時、聞き覚えのある声が耳に入る。


「なるほどね。それがブェルマーの最終定理の謎を解く鍵というワケね」


 声がする方向に目をやると電柱の先にブルーマーサファイアの姿があった。


 状況を理解するとサファイアは素早く行動しレッドブルマーの手から黒いハチマキを奪い取る。


「しまっ!!」


 握りしめるのが遅れ盗られたことに気づきレッドブルマーはサファイアに向かって言った。


「待って! 勝負はまだ終わってない!!」


「勝負? 別に私にはこだわる理由なんてないわ。さようならレッドブルマー!!」


 サファイアが約束を反故ほごにすると、雪あらしブリザードが起こり、視界が白く霞んでいく。

 晴れた頃には彼女は姿を見つけることは出来ず、完全に逃げられてしまった。



 府愛知ふえち市に不穏な風が流れ、ブルマーを巡る少女たちの物語が続く…

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