萌える→尊い


 いくらか前から、にわかに「尊い」という言葉を聞くようになりました。それは従来の敬意とか、そういう意味ではなく、人やモノを評価する言葉として、です。またそれと同時に「萌える・萌え」という語が少し減少したように思えます。

 今回はこの以下にも関連がありそうな二語を取り上げていきます!



 〈萌える〉

 この語の発祥は定かではありませんが、本来は「芽が出る」という意味だったのにいつの間にか「キャラクターに対する強い感情を示す」意味を持つ言葉でもあるようになりました。そしてアキバ系・オタクなどと「萌え」が強く結びつけられたことで人口に膾炙していき、語義もより一般化します。具体的にはキャラクターのみならず、現実の人や物・見えない事象にまで対象が広がります(ギャップ萌え・鉄道萌えなど)。


 この語の本質は、対象から何らかの影響を受け、心が強くときめくということでしょう。また、~を萌えるとはあまり言えないことなどから、対象を取らない自動詞であることがわかります。それ故に自己完結性を持ち、「対象に変化を引き起こす」のではなく、その対象に対する感情によって「当事者が影響されること」――本人に内面の変化が起こるというのが一番の特徴です。一言で言えばです。



 〈尊い〉

 さて、新語である尊いですが、これは個人的にBL界隈でよく耳にするような印象があって、それからしばらくすると一般化したという変遷をたどっているような気がします。調べると、「○○尊い」という表現は2012年ごろ、そしてその翌年女性オタクを中心に広まったとありまし(1)。ただ、今回見ていきたいのはその特徴です。歴史は他の人に任せましょう……。


 まず、非常に「オタクチックな説明」に定評があるニコニコ大百科では尊い:『最早言葉で言い表すことが出来ない、語彙力を失う、目を覆ってしまう、なんて素晴らしい作品なのだろう等といった感極まる作品に対して感じる事が多く、絶賛・賞賛の言葉でもある』とありま(2)。語彙力を無くして説明すれば「心にぎゅんぎゅん来る」ってところでしょうか。

 また、興味深いのはその後にある掲示板に書き込まれたとされる説明に『尊いは作中キャラクター同士の「関係性」に対して使いそこに主体たる俺らが介在しないケースが多いように思う』と、関係性・主体がいない(見る人という概念がない)という特徴を挙げています。BL界隈などでは「壁になりたい」という表現がありますが、それと同じく、「自分という存在を無にしないとこの“尊さ”には申し訳ないよ」という感情があるのでしょうか。 

 ただ、関係性や主体という要素が入ってくるのはやはり狭義の「尊い」で、例えばTwitter検索をかけるとネコ動画や一人のキャラ(関係性はどこへ?)に対しても「尊い」を使っています。この場合は単純に「萌え」が「尊い」に置き換わったということになるでしょう。



 〈萌えと尊み〉

 まず、説明しきれなかった狭義の「尊い」の特徴についてです。尊いは「○○が尊い」という用例からもわかる通り、まぎれもない形容詞です。その点で「萌える」とは違いますね。形容詞は主に「感情形容詞・属性形容詞」の二つに分けられ、この場合「尊い」は性質や性状などを表す属性形容詞となります。つまり、話者が対象を「評価する」言葉であり、機能面では能動的な言葉でもあります。しかし狭義では主体(話者)をいないことにするようですから、機能面では能動的でありながら、意味の面ではとことん受動的ということです。

 ということで、機能的能動性は「尊い>萌える」ですが、意味的能動性は「萌える>>尊い」です。

 

 また、萌えるには「名詞形:萌え 造語形:○○萌え・萌え○○ 派生形:燃える・萌え死ぬ」などの派生形があるのに対して、尊いは「名詞形:尊み 派生形:尊死・てぇてぇ」など、あまり派生をしなかったり、造語性が低い言葉であったりします。それは単純に「尊い」が形容詞であることも要因の一つだと思いますが、裏返せばそれだけ「尊い」の意味が広い、ということにも取れるかもしれませんし、萌える造語形「○○萌え」という言葉は能動的・積極的なカテゴリ分けで、極端に受動的な「尊い」には合わなかったなどの理由が考えられます。皆さんはどう思いますか?



 ちなみに、「萌える」は「尊い」の台頭によってあまり使われなくなったとはいえ、「ギャップ萌えで尊死しそう」のように、ギャップ萌え・萌え豚など、一部派生・造語形として生き残っているものもあります。




 〈追記〉

 きわめて起源的な狭義のお話をしますと、「萌える」は「危害を加えられる心配がなく、幼い魅力」であり、「尊い」は「対象同士の関係性が素晴らしすぎるあまり主体(自分)すら排除して観察したい」ことを意味する言葉です。

 Twitterなどでは「尊い」が「萌える」の代替として用いられていましたが、考えてみれば私はやはり「キャラ同士の絡み・CP」に対して「尊い」と評価します。その点で「尊い」は二人以上の絡みに用いられることが従来の意味かもしれませんが、こういった点は個人の認識の振れ幅が大きそうです。




「補足」――

(1)「二次元キャラやコンテンツに対して使われる「尊い」ってどういう気持ち?」(ねとらぼアンサー)

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1502/26/news152.html  

(2)「尊い」(ニコニコ大百科)

https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%B0%8A%E3%81%84

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