第2話 お子様ランチのフラグは立たない


 僕のクラスは1年5組。

 席は廊下側の1番後ろ。

 僕の隣は黒髪美人。

 黒髪美人は猟奇的。


「ねぇ、二句森にくもりくんって美味しそうだよね? 良く言われるでしょ?」


 いいえ四十万しじまさん。そんな風に言うのはアナタが初めてです。


「私が初めてなの? じゃあ初体験だね、うぇへへ」

「ちょっ! 何言って……それに何でわかったの? 読心術?」


 彼女の方を向くまいと頑張っていたけど、そんな破廉恥な事を言われたら動揺してしまう。それもこんな美人な女の子に。


「やっとこっち向いてくれたね」

「いや……これはその」


 抵抗しようにも見てしまう。

 大きな瞳に似合う涙袋。ぷるんとした唇から覗く隙間の深淵は歯並びがとても綺麗で健康的だ。


「女の子の唇をじっと見つめるなんて、二句森くんはえっちだね」

「ち、ちがっ! そんなんじゃ……」


 慌てて手を前に出すと彼女の机に当たってしまう。その拍子で消しゴムがポトリと音を立てる


「あ、ごめ……」


 僕は更に慌てて床に手を伸ばし拾い上げよつとする。彼女は体ごとこちらを向いて足を組んでいた。


 おふぅ……ギリギリ見えるか見えないかのボーダーライン。ここが男の正念場か?


「二句森くんのえっち」

「――っ!」


 これは僕が悪い。

 言い逃れようのない男子の習性なのだ。


「ご、ごめん」

「いいよ、二句森くんになら」

「え!?」


 それはアレですか?

 このまま下の深淵を覗いて良いという事ですか?

 いつもは画面の向こう側の世界だった、あの布地の彼方へ誘ってくれるのですか?


 鼓動が早くなり色んな場所に心臓が移動した感覚になる。


 ――ドキドキッ


 行くのか僕?

 行かないのか僕?

 どっちなんだい!?



「――二句森、次の行から読んでくれ」


「えっ?」


 不意に名前を呼ばれて我に返る。僕は低い姿勢のまま辺りを見渡すとクラスメイトが何人かこちらを見ていた。


 これはアウトだ。

 まだ仲良くなっていないクラスメイトに女子の下着を覗き込む変態だと思われてしまった。


 よこしまな心を抱いたらバチが当たるというのは本当だ。父さんのように強くなりたい、自分を変えたいと思って入った学園で、早速僕の高校生活は終わりを迎えるのか……そんな時。


「二句森くんが私の落とした消しゴム拾ってくれたんです」


 不意に声が聞こえた。

 その声の主は僕の目の前にいる黒髪美人。


「おう、そうかすまんな二句森。ちなみに18ページの8行目だ。いけるか?」


 あぁ、四十万しじまさん。僕を救ってくれたんだね。ついさっきまで笑い方が怖いとか猟奇的とか思ってごめんなさい。


「はい! 二句森いきますっ!」


 変なテンションで勢いよく席を立つ。


「ぐふふふっ」

「ふ、ふふふふっ」

「い、いきますだって……あははっ」


 どうやらその行動がクラス内の緊張を和らげたようだ。その事実が嬉しいような恥ずかしいような……隣の席からは相変わらず「うぇへへ」と聞こえたけど、なんだかいつもと違ってその笑いが心地よいものに感じる。


「よし、ではゆけ! 二句森!」

「はい、読みます!」


 もう一度同じ返事をした後のクラス内は、僕の朗読を聞くような雰囲気ではなくとても賑やかになっていた。



 ――――――



「いやぁ、二句森。お前おもしれぇな」

「本当にね。どこの戦場で戦ってきたのかと思ったわ」

「やっぱり宇宙かな?」


 休み時間の間、僕は色んな人に話しかけられた。どうやらアレがきっかけで少しずつクラス内に柔らかな空気が流れ始めたみたいだ。


「し、四十万さん!」

「ん?」


 やっと解放された僕はさっきの真実を確かめるべく隣の彼女に話しかける。


「あの……えっと」


 なんて言えばいいかな。助けてくれてありがとう? それとも下着を覗こうとしてごめんなさい?


 頭の中がぐるぐるした状態でしどろもどろしていると彼女がニヤリと口を開く。


「今日はブルーな気分なの」


 はて。ブルーとは?

 あぁわかったぞ!

 気分が落ち込んでいる事を色で表した言葉だね。確か女性は月に何度かそういう日があると聞く。


「えっと……それじゃあ」


 気分が落ち込んだ時は何がいいだろう。ウチの両親を思い返すと、よく母さんのご機嫌取りに父さんが好物を作っていたような。


「四十万さん……こんなものしかないけど。どうぞ」

「…………」


 これで彼女の気分が晴れるかはわからないけど、僕はお弁当入れの中からお饅頭を取り出す。


濃練屋こしねりやって所のお饅頭。本当はスイートポテトが有名なんだけど、僕はアンコがたっぷり入ったこれが好きなんだ」

「…………」


 いつもなら「うぇへへ」と言うであろう彼女は大きく目を見開いてお饅頭を見つめたまま。


「えっと……もしかして甘いの苦手だった?」


 なるべくならさっきのお礼として受け取って欲しいけど、彼女の嫌いなものを上げても逆効果だ。僕は前に出していた腕を引っ込めようとする。


 ――ガシッ


「おわっ」


 引っ込めようとした矢先、彼女がすごい勢いで僕の腕を掴む。そしてとても恍惚とした表情で舐めまわすように笑うのだ。


「うぇへへ、二句森くんからお饅頭。へへへっ、お饅頭とアンコ……二句森くんから」


 恍惚……とはマイルドに表現したつもりだけど、本当は背中がゾクゾクする程震えていたのは内緒。



「……二句森くん、やっぱりえっちだね」

「えっと、なんの事かな?」


 お饅頭とアンコ……彼女の真意はわからない。


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