第19話 エリザベスと準決勝戦
それは若手トーナメントの準決勝第一試合の日、いつものように会場設営をした後美夜子さんの為の雑用をこなし、ホールの売店近くのベンチに腰掛け休憩していた時の事だった。
「飯富エリザベス選手ですよね?」
そう訊ねながらあたしの前に立つのは、会場設営のバイトをやってたのかちょっと薄汚れたまだ垢抜けない大きな眼鏡の中学生くらいの女の子だった。
「はい、そうですが」
イシュタルとの準決勝をどう乗り切るかに集中していたあたしはそっけなく答えてしまう。
だがその答えを聞いた彼女は、
「私デビュー戦を見てファンになったんです!あの小手返しからくるっと回って相手を投げる一連の動きとかサイッコー!!に素敵でした!!!他の試合でも独特の動きや技の切れが凄くて、試合を見てると時間を忘れちゃうほど夢中になっちゃってホント尊敬してます!トーナメントも絶対優勝してくださいね!」
と早口でまくし立てると、サインと握手をねだってくる。
やや圧倒されながらそれに応じると彼女は何度も頭を下げながら去っていった。
彼女の勢いに押されてしまったが、あたしの言わば前世で見た自分にとってのヒーローの丸パクリの動きや試合運びを喜んでくれるファンがいるなら、自分が憧れたレスラー達の真似をすることをやめずに続け、彼らが切り開いた道を自分なりに昇華し、自分のスタイルを形作ろう。
今はまだ不格好でプアーでしょっぱい試合ばかりかもしれないけど、あたしなりのスタイルを確立して必ず最高のレスラーになる。
ファンだと言ってくれた彼女と出会えた運命に感謝し、あたしは改めて決意を固める。
史上最高、世界最高のレスラーになるんだ、と…
そして時は淡々と過ぎ行き、あたしの準決勝の試合――とは言っても前座の試合ではあるのだけれど――が近づき、セコンドについてくれた一見レディースのヤンキーっぽい優子ちゃんが、
「リズ、イシュタルは受けが上手いけど試合の組み立てはまだそれほどでもない。多分あんたの方が試合を組み立てるのは上手い。相手は先輩だけどそこに遠慮せず先手先手を取って試合をリードしていけばきっといい試合ができると思うよ。まぁあんたが先輩に遠慮するとは思えないけど」
といってニコッと笑う。
デビューしてから半年以上あたしはイシュタルと試合をしたことはあまりない。
逆に優子ちゃんは結構試合をしているので、見た目は怖そうなおねーさんだけど実は内面は優しいお嬢様な彼女はその性格通りにあたしにアドバイスしてくれた。
「うん、頑張るね」
出来るとは言わない。
美夜子さんから相手の攻撃をあまり受けないあたしの欠点も厳しく指摘された。
だから試合を出来るだけコントロールしながらイシュタルの良い所も引き出しつつ勝利する。
それが目標だが、彼女の実力から考えればそれがいかほどに難しいか……
しかしここで諦めたら
自分の出来る事をできる範囲で懸命にやり続けることが大事なことだと自分に言い聞かせる。
いつものように入場曲もなく花道を通り抜け、リングエプロンからコーナーポスト最上段に飛び上がり、右手を天に向かって高くつき上げる。そこからリングに飛び降り自分のコーナーから相手コーナーに入場してくるイシュタルの様子をうかがう。
浅黒い肌をした長い黒髪の異国風の美女。すらりとした女性らしい体のラインはまだ若いのに色気さえ放っている。
だけど彼女は一昨年から拷問トレーニングの代わりに導入された現代スポーツ科学による合理的なトレーニングにより鍛え抜かれ、そして生き残ってデビューしたエリート中のエリートなのだ。
優子ちゃんの主観ではあたしの方が試合の組み立てが上手いという話だが、それ以外では向こうの方が全て上回っている可能性だってある。
絶対に気を抜いてはいけない相手であることは間違いない。
イシュタルが入場し、いつものようにボディチェックとレフェリーからの注意事項を伝えられると、双方とも自分のコーナーに戻る。
不思議だ。
トーナメントの初戦や二回戦は不安感や緊張感に襲われていたのに、若手でも実力派のイシュタルが相手でも精神的に落ち着いている。
多分、自分の中でがむしゃらにやるだけではなく確固とした目的を持って試合に臨んでいるからかもしれない……
そのことに思い至ると、美夜子さんやファンだと言ってくれたあの子に感謝する。
さぁ、出来る事を全部やろう!
「リングベル」
とレフェリーがゴングを要請する。
試合開始とともにリング中央であたしとイシュタルはファイティングポーズのまま睨み合う。
そしてイシュタル掲げた左手を更に前に差し出し、あたしはそれに応じ右手を差し出して組み合おうとする。
と、あたしの右手を取らず右手首を掴んだイシュタルはそのまま両手であたしの右手を捻り上げ小手返しに決める。
あたしは右腕を捻り上げられた途端、前方に飛び込むように回転しブリッジからアームホイップでイシュタルを放り投げる。
これはもうあたしの十八番ともいうべき一連の流れであり、ほぼ反射的にその流れをこなしてしまえる。
だがそれをまだ知らないお客さんたちはどよめく。
投げ飛ばされたイシュタルは奇麗に回って受け身を取り、素早く起き上がってまたファイティングポーズをとる。
この一連のやり取りで気が付いた。
イシュタルは受けが上手くて攻め崩しにくい。
リングの外から彼女の試合を見たり、今組み合って感じたのはイシュタルはそれほどパワーはないということ。
だけど受けは上手く、受け続けて相手を攻め疲れさせ隙をついて重い一撃で反撃を加えたり寝技で消耗させるのが彼女の持ち味。
だから彼女の持ち味を引き出すにはこちらの攻めを受けてもらうのが一番。
そして攻め疲れたあたしに対して勝負を決めに来るところを切り返す!
そんなプランが頭に浮かぶ。
立ち上がったイシュタルの掲げられた左手首を素早く掴んだあたしは、彼女の腕を引きながら体勢を崩させコーナーポストに背中から叩き付ける。
そしてコーナーポストにもたれかかるイシュタルに間髪を入れず駆け寄ると彼女の左膝頭を踏み台にしてバク宙をしながら右のつま先で彼女の顎を蹴り上げる。
サマーソルトキック
まだこの世界では存在しないか、存在してもメジャーではないはずの技だ。
そしてクルリとバク宙し彼女と向かい合うように立つと、左足を軸に時計回りに急回転ながらジャンプをし、右足裏をイシュタルの肝臓に叩き込む。
ローリングソバット
これも存在したとしてもそうメジャーではないはず、だって今世においてあたしは見たことがないから多分使われてない。
あまりの威力に受けがしっかりしているイシュタルも体を二つに折るようにかがみこむがその顎先に向かってトラースキックを叩きこむ。
膝をついて倒れるのを我慢するイシュタル――先輩としての意地や若手の中で受けはしっかりしているという自信が倒れ込むのを許さないのか?――にポーズを決めてからバズソーキックを後頭部に叩き込む。
流石のイシュタルも前のめりにダウンする。
そんな彼女の両腕を引っ張ってコーナーから離すと、イシュタルの右膝うらにあたしの左足を挟み右足を使ってロックすると彼女の右肘の外から腕を入れ肘を極めたまま顔の横に腕を伸ばし左腕で彼女の頬骨をこすり上げるように当てイシュタルの顔の横で両手をロックする。
これはあたしが考えたオリジナルホールド
ステップオーバートゥーホールドウィズチキンウィングフェイスロック
前世で好きだったレスラーがアメリカの鉄人から伝授された技を発展させたものだが、相手が少しでも抵抗できるならまずかからないけど、拷問みたいな二つの合わせ技が極まると恐ろしいダメージとスタミナが消耗される。
現に今あたしにそれをかけられているイシュタルはさっきまで悶絶していたにもかかわらず、逃れようと藻掻き、少しでもダメージを軽減しようと抵抗している。
イシュタルは完全に極まる前にポイントをずらし、必殺ともいえるこの寝技から上手く逃れている。
それでももし彼女に柔軟性が少しでも欠けていたら、完全な形で極まっていないとはいえもしもう少し痛みに敏感であれば既にギブアップしていたはずだ。
イシュタルは性格こそ天然ボケなところはあるが若手レスラーとして技術はしっかりしているしセンスもよく身体的なポテンシャルも高い。
流石恵さんに勝ち準決勝まで上がってきただけはある。
あたしがそう彼女を分析していると足搔き続けたイシュタルが左足をロープに駆けレフェリーがブレイクを命じる。
あたしはイシュタルを解放すると彼女から最も離れた対角線のコーナーに布陣し、イシュタルの様子を窺いつつ呼吸を整える。
そして彼女が息を整えながら立ち上がっていくのに合わせて彼女に近寄ると彼女の右腕を引き体勢を崩させロープへと振る。
そしてリング中央からやや反対側のロープに寄った位置でショルダースルーの為に前傾姿勢を取る。
ロープの反動で戻ってきたイシュタルはそのままの勢いであたしの首元に走り込んでのビッグブーツを叩き付ける。
もんどりうって倒れるあたし。
イシュタルはその隙を逃さずあたしの右足を掴むとくるりと回って四の字固めに入る。
痛った!これ痛った!
藻掻きながら一番近くのロープめがけて逃げようとするがイシュタルは両腕で踏ん張りあたしが逃れるスピードに制限を加え痛め続ける。
裏返そうにもイシュタルは巧みなボディコントロールを加えてそれを許さない。
いくらパワーはそう優れていないイシュタルとはいえ、パワー的にはよくて五分五分だろう返すのは諦めてロープに逃げた方がいい。
だがどうやら先ほどのあたしの寝技がきつかったのか?彼女はかなりおブチ切れになっておられるようだ。
何せ普段の試合では絶対にしない目つきであたしを睨みつけてる。
それでも何とかロープを掴んでレフェリーにブレイクを命じてもらう。
しつこく四の字を外さないイシュタルも、レフェリーが反則カウントを数え始めると渋々技を解いた。
だがその後あたしの腹にストンピングを3発ほど入れていく。
えげつない先輩だ、普段あんなにのほほんとしてるのに……
彼女がレフェリーに引きはがされ離れていくのを確認するとあたしは倒れながら呼吸を整える。
このままずるずるやってたら負ける。
そう直感したあたしは一気に試合を決めるため呼吸を整えながら立ち上がる。
あたしが立ち上がったのを確認したイシュタルが駆け寄る、そのタイミングを計ってあたしは奥の手を切る。
駆け寄るイシュタルが技の挙動に入った間合いであたしは右腕から前方回転するように縦回転し左足を彼女に叩き付ける、感触からすると肩から首の辺りに決まったか?
浴びせ蹴り
前世でリバプールで風になった男は今世では他団体で仲の良かった後輩と共に活躍しその後輩と共に身につけた技でこれは既に存在しているが女子で使う人はあまりいない。
それを喰らったイシュタルは右手で左肩を抑え片膝をつき蹲る。
立ち上がったあたしは肩を抑える彼女を立たせると身を二つに折らせリバースネルソンで両腕をホールドし彼女の身体を引き上げそのままリングに後頭部を叩き付け、体固めに固める。
1
2
3
カウントが三つ入ったのを確認すると、体固めを解きレフェリーに右手を掲げられる。
リングアナウンサーが勝者と試合時間を場内に告げる。
会場にいるまだ少ないお客さんが盛り上がる。
最後はタイガードライバー。
あたしが前世で最も憧れたジャンボ鶴田から唯一ギブアップを奪った三沢光晴さんが二代目タイガーマスク時代に編み出したフェイバリットホールド。
今のあたしじゃ三沢選手の真骨頂である受け身の上手さを真似ることはできない、でも憧れはあるしリスペクトしている、だからこれも習得に拘った技の一つだ。
前世で憧れた偉大なレスラー達に思いを馳せながら四方に礼をしているとセコンドに介抱されたイシュタルが立ち上がりあたしに寄ってくる。
イシュタルは、
「リズは二年目なのに凄いレスラーだね。今日は負けたけどまたいい試合しようね!」
といってあたしに握手を求め、それに応じると握手したまま強く抱きしめられた。
そして彼女に寄って右手を掲げられると、四方のお客さんに一緒に挨拶をしたのだった。
ちなみに控室に戻ると美夜子さんは、
「まぁ悪いとは言わんけどまだまだやな。少なくとも相手の力量や特徴を生かして勝つという意図は感じられたから進歩はしてると思う」
とお褒めのお言葉を頂いた。
今日は嬉しいことが多くて、とても充実しているように思える。
決勝も上手くいくといいななどと思うのだった。
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