南の島(4)

「歓迎会、ですか?」

「そう。遠い国から来た客人をもてなそうってことで、酋長が」

 東の小屋を訪れた使いっ走りの男は、白い歯を出してニカッと笑った。

「まあ実際のところは歓迎会っつうよりも、酒を飲みてえ口実なんだけどな。ははは、まあ来てくれよ。特製のラムを開けるからさ」

「特製の――」

 ラム。

 名前は知っているが、実際に飲んだことはない。南方の酒なので大陸の酒場にはあまり置いていないし、たとえあったとしてもべらぼうに値段が高いからだ。

 ムラコフはその酒を一度飲んでみたいと、常日頃から思っていた。

 聞くところによると、彼が大好きなウォッカ並みに強いらしい。最初に目を覚ました時に受けた珍獣のような扱いを思い出すとちょっと気が重いが、そんなものは酒の誘惑を前にしたら吹き飛んだ。そういうわけで、ムラコフは一も二もなく、使いのその誘いを受けたのだった。

 歓迎会の会場は酋長の屋敷だったが、先日ムラコフが目を覚ました場所とは、また別の部屋だった。どうやら、かなり広いらしい。建物は海側に向かって大きく開かれた構造で、そこから夕暮れ時特有の涼しい潮風が吹き込んでくる。

 ムラコフが到着した時にはすでに宴会が始まっており、みんな食事をしたり酒を飲んだり、思い思いに盛り上がっていた。使いの人間は特製のラムを開けると言っていたが、もうすでに何本も開いているようだ。

(なるほど。歓迎会っていうのは、確かに単なる口実だな……)

 ムラコフがそう考えていると、太った男が彼の姿に気付いて手招きをした。

「よう兄ちゃん、よく来たな。こっちに座れや」

 近くにいる痩せた男が、その言葉を遮った。

「いいや、こっちに座れ。その男は、汗っかきでかなわんぞ」

「何だと、この野郎? もやしみたいな体型しやがって!」

「おめえの方こそ、酒樽みたいな体型しやがって!」

 どうやら二人とも、すでにだいぶ酒が入っているらしい。

 ムラコフが二人の男の間に座ると、いきなり両側から酒を勧められた。

「よう兄ちゃん、このゴールド・ラムは最高だぜ」

 そう言いながら強引に黄色い酒を注ごうとする太った男を遮って、痩せた男が透明の酒を注ごうとしてくる。

「いいや、やめとけ。このホワイト・ラムの方が最高さ」

「何だと? そんな薄い酒が飲めるか!」

「へん! そんなどぎつい酒を飲んだら、味覚がおかしくなっちまう!」

 太った男と痩せた男は鼻を突き合わせて睨み合い、それから声を揃えてこう叫んだ。

「さあ、兄ちゃん! どっちを飲む?」

「……両方飲みます」

 特に公平を期そうと思ったわけではなく、実際に両方飲んでみたかったのでそういう返事をしたのだが、これが非常に受けたようだ。

 二人の男は声を揃えて大声で笑うと、がっしりとムラコフの肩を組んだ。ケンカっ早いが、二人とも根はいい人間らしい。

「はっはっは、いいねえ兄ちゃん。よーし、乾杯だ!」

 勢いよく酒を飲み干す男達に挟まれ、ムラコフも注がれたラムに口を付けた。

 一口飲んだだけで、独特の甘苦さが口の中全体に広がる。

 しかし、濃い。

 黄色い方が濃いことは予測していたが、透明の方も同じくらい濃い。軽く五十度くらいはあると思う。普段ウォッカを飲みつけていなければ、完全にむせ込んでいただろう。

「この酒は、何が原料ですか?」

「サトウキビさ。汁を煮詰めたもんを薄めて、樽の中で発酵させるんだ。うめえだろ?」

 確かに、ラムはおいしかった。

 アルコールは濃いがあまり味のないウォッカと違って、風味が濃厚なので好き嫌いが分かれそうだが、ムラコフはその味が好きだった。

 こんな酒が飲めるなら、しばらくこの島で過ごすのも悪くないかもしれない。

「どんどん飲めや。それにしても兄ちゃん、あんたはなかなか強いな」

「いえ、それほどでもありません」

「ははは。そうやって謙遜する人間に限って、本当に強いんだよな!」

 しかし、そういう彼らだって相当に強い。

 太った男も痩せた男も、ムラコフが少し飲む度に、どんどん酒を注ぎ足してくる。

「しかし兄ちゃんは、この島の浜辺に倒れていたんだってな。酋長の娘に見つけられて、幸運だったな」

「そうだな。あの娘は浜辺で異国の漂流物を拾うのが趣味らしいが、ついには人間を拾っちまったってわけか」

 グラスに注ぐのが面倒臭くなったのか、瓶から直接ラムを飲みながら二人が言った。

「兄ちゃんよ。あんた今は、東の小屋で生活してるんだろ? 酋長も酋長だよな。何もあんなへんぴな場所に住ませることはないのによ」

「まったくだぜ。他にも住めそうな場所なら、いくらでもあるってのによ」

 二人は両側から、ムラコフの顔を覗き込んだ。

「いいか? 寂しくなったら、いつでもオレの家に来ていいぞ」

「いいや、オレの家に来い。コイツの家は、せまいからな」

「何だと? オレの家とおめえの家は、まったく同じ造りじゃねえか」

「へん! デブなおめえが場所を取るから、それでせまいんだよ!」

 太った男と痩せた男は、またしても睨み合いを始めてしまった。

「しかしまあ、あれだ。困ったことがあったら、いつでも相談しろよ。遠慮はいらん。モモナを交わした仲なんだ」

 そう言いながら、太った男がもう一度がっしりと肩を組んでくる。

「モモナ?」

「ああ、モモナさ。宴会のことだ。一度モモナをともにした相手は家族みたいなもんだから、思ったことを遠慮なく言い合っていいのさ」

「そうそう。だからこの島じゃ、みんながみんな家族みたいなもんさ」

 痩せた男も、横から肩を組んできた。

「よーし。それじゃあ、もう一度乾杯だ!」

 太った男も痩せた男も、上機嫌で酒を飲み干した。

 海に向かって大きく開かれた屋敷の中を、心地良い夜風が吹き抜けていった。

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