神父の見習い(3)

「面倒臭いな……」

 翌日。

 いかにも面白くないという表情で、ムラコフは愚痴をこぼした。

「まったく、面倒臭いことこの上ないな。どうして俺達が、募金活動なんかしなきゃいけないんだ?」

「どうしてって、そりゃ俺達は教会学校の生徒だからな」

 特に表情も変えずに、マラスがそう返答した。

 彼らは現在、町の広場で募金活動の最中である。

「ムラコフ。お前ってさあ、成績はめちゃめちゃいいくせに、こういう慈善活動の類をすごいイヤがるよな」

「ああ、イヤだ。俺はこういう、成果がはっきりと目に見えないことは嫌いなんだ。もしこれが、『一番金額を多く稼いだ人間が評価される』っていう趣旨なら、そりゃもうちょっと気合いだって入る。けどさ、やることに意義があるって何なんだ?」

 もう一度深いため息をついた後、ムラコフはマラスに向き直った。

「マラス。適当にやって、さっさと終わらせるぞ」

「ハァ……。お前って本当に、真面目なのか不真面目なのかわからないヤツだよな……」

「何だと? 俺はいつでも真面目だぞ」

「自分で自分を真面目って言うヤツに限って、たいてい不真面目なヤツなんだよな……」

 それから二人は、昼下がりの町の広場で募金活動を開始したが、マラスは途中でムラコフのことを見直すに至った。

 というのも、「適当に」などと言っていた割には、ムラコフが非常に真剣なのだ。通りかかるほぼ全員に声をかけているし、表情だって生き生きとしていて楽しそうだ。口先ではあんな風に悪ぶっているとはいえ、実際のところは、やっぱりムラコフは根っからの優等生なのかもしれない。

「おい! お前、見直したぜ」

 募金活動が一段落した後。

 噴水のふちに座って集めた金額を数えているムラコフの肩を、マラスが後ろからポンと叩いた。

「適当に――なんて言ってた割には、かなり頑張ってたじゃないか? 途中で考えが変わったのか?」

「ああ、途中で考えが変わった」

 ムラコフがそう即答したので、マラスはさらにこう声をかけた。

「そりゃ、おおいに結構なことだ。お前にもいいところあるんだな」

「いいところ?」

 マラスの言葉を聞くと、ムラコフは不思議そうに首を傾げた。

「なあ、マラス。金額が評価されないってことは、別に少なくてもいいってことだよな?」

「? ああ」

「今稼いだカネで、これから酒場に行って飲まないか?」

「なっ、前言撤回!」

 ムラコフが頑張って募金を集めていたのは、つまりは酒を飲むためだったわけだ。

 マラスはついつい勢いで、ムラコフをそのまま噴水に突き落としそうになってしまった。

「お前、神に呪われろっ!」

「問題ない、後でちゃんと懺悔するから。さあさあ、さっそく行こう」

「なあ、ムラコフ? 俺、そんな神父さんイヤだな……」

「うるさいな。行くのか? 行かないのか?」

「いや、行くけど」

 そういうわけで、二人は町の酒場へやって来た。

「ん?」

「あ」

 二人が酒場に入ると、同級生の一人がすでにその場で酒を飲んでいた。

 おそらく彼も募金活動をサボッたクチだろうか、会った場所が会った場所だけに、何とも気まずそうな顔をしている。

「よっ、トニー。お前もサボリか?」

「は、はい。えっと……」

 マラスは軽い感じで同級生に声をかけた。

 友達付き合いをあまり重要視しないムラコフと違って、マラスはたいていの同級生と仲が良かった。

「あの……こんな場所で酒なんか飲んでていいんですか?」

「俺か?」

「はい」

 声をかけてきたマラスには構わず、同級生はムラコフの方を向いて尋ねた。

 同級生なのに敬語なのは、ムラコフのキャラがおそらくそうさせるのだろう。

「ああ、何ら問題はない。酒場は、酒を飲むための場所だからな」

「いや。そういうことを聞いたんじゃないと思うぞ、今の質問は」

 マラスが横から口を挟むと、ムラコフはムッとした表情になった。

「それなら、いったい何なんだ? まさか成績がいいから酒を飲んじゃいけないのか? それなら、次回から成績最下位でいいぞ。俺は」

「そこで怒る意味がわからないんだが。……ってかムラコフ、成績最下位でいいって、お前そんなに酒が好きなのか?」

「ああ、好きだ。もし可能なら、ウォッカと結婚したいくらいだ。神父を目指している身分だから、実際は結婚できないが」

「神父を目指してなくたって、ウォッカと結婚はできないだろ」

「……あの、もしもし? よろしいですか?」

 二人のやり取りに、同級生が遠慮がちに口を挟んできた。

 どうやら、このまま放っておくと永遠に会話に割り込めないと判断したらしい。

「僕の先程の発言は、ムラコフさんが酒を飲んでいることを非難する目的ではなく、院長室に行かなくていいのかな――という意味でして」

「院長室?」

「ええ。『今日の午後、院長室へ来るように』と、掲示板に貼り出されてましたよ」

「俺が――か? マラスじゃなくって?」

「はい。今朝掲示板の前を通ったら、確かにジャン・ムラコフと書いてありました」

「……」

 ムラコフは無言で立ち上がった。

 仮にも院長室に呼び出されたのに行かなかったら、せっかく苦労して作り上げてきた優等生のイメージが台無しである。

「お前、トニーだったか? 教えてくれて助かった。礼を言う」

 ムラコフがそう言い残して去って行ったので、その場にはマラスとトニーの二人が残された。

「まさかムラコフさんが酒場に出入りしているなんて、かなり意外です。マラスさんが誘ったんですか?」

「あー、違う違う。俺の方がアイツに誘われたんだよ。しかもアイツ、募金で稼いだカネを使おうって俺に提案してきてさ……」

 そこまで言うと、マラスはある重大な事実に気付いた。

「っ! アイツ、募金箱持って帰りやがった……!」

 そんなわけで、マラスは二人分の飲食代を自分の財布から払うより他なかった。

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