第3話 グレアスの決定


 警察署長のグレアスは、その肩書通り警察のトップであるだけでなく、この島の顔役を務めていて……ラゴスという名をくれた俺の名付け親でもある。


 善良であり豪快であり、子供が10人も居るくらいに愛情深くもあり……それでいて厳しくもあり、現実的でもあるという、そういう男だ。


 そんなグレアスならば、アリスを悪いようにはしないだろうと思ってここまで連れて来た訳だが、どうやらその判断は間違いではなかったようだ。


 アリスの状態を目にするなりグレアスは、すぐさまに医者と食事と服や靴の手配してくれて……アリスに食事と治療と与えて、十分な心配りをしながらの事情聴取を始めてくれた。


 俺がこの島に来た時の対応とは随分な差があるように思えるが……アリスは人間で、俺は獣人なのだから、そこに関しては仕方ないと思うしかないだろう。


 ……法と常識は獣人への差別を禁じているが、あくまでそれは表向きのこと。


 獣人の警察官が一人も居ないことからも分かるように、まだまだその考えは人の心の奥底までは浸透していないし……獣でしかなかった俺がこの島で生きていけるように、暴力や排除の対象にならないように手を回してくれていたってだけでもありがたいってもんだ。


 島の顔役としては色々な方面への配慮をしながら、面倒なバランス取りをしなければならなかったのだろうし……あの事件の時に、あんなお膳立てまでしてくれたのだから、文句を言うのはお門違いってもんだ。


 そんなことをつらつらと考えながら……「アリスが落ち着いたらお前にも事情を聞くからここで待っていろ」と押し込まれた、白木壁に囲われた休憩室の、ボロボロのソファに寝転がって時間を過ごしていると……カチコチと音を立てていた時計の針が16時になったことを示してくる。


 休憩室に押し込まれてから……天井で軋みながら回るシーリングファンを見つめ続けてもう6時間か……。


「いい加減にしてくれよ……久しぶりの休日なんだぞ……」


 なんてことを呟いていると……突然休憩室の扉がなんとも乱暴に、力づくといった感じで開け放たれる。


「ラゴス!!

 あの子は駄目だ! 手に負えん!!」


 扉を開け放つなりそう言ってくるグレアス。


 その声があまりのも大きくて俺が俺の長い耳を思わず抑え込んでいると……そこでようやく俺の耳が特別製であることを思い出したらしいグレアスが、軽い態度で「すまんすまん」と謝罪してくる。


 その謝罪を受け止めて……身体を起こしてソファに座り直した俺は、耳の手入れをしながら言葉を返す。


「手に負えないって、一体何があったんだ?」


「何があったもないぞ!

 自分が何者か分からない、何処に住んで居たのかも分からない、どうやってこの島に来たのかも分からない、誰があのアザを作ったのかも分からない。

 お前がアリスと名付ける前も名前も勿論分からないし、アリスこそが自分の名前だと、それ以外に名前なんか無いと、そんなことを言い張りやがる!

 ……さっきも軽く話を聞いたが、お前の方で何か分かることは無いのか!!」


「そう言われてもなぁ……俺がアリスとした会話なんて、名前を聞いたり住所を聞いたり……それとアリスって名前を付けてやったくらいのもんだからなぁ。

 あの遺跡に座り込んでいた以外に、これといった情報は無いぞ?」


「……本当か? 本当にそれだけか?

 あの子に何かしたり、あの子から何か聞いたりはしていないか?」


「してねぇよ。

 話を聞いて、名前をつけてやって、後はアンタならなんとかしてくれるだろうと思って直接ここに連れて来た……それだけだ」


 と、俺がそう言うと、グレアスはどすどすと大股で俺の前まで歩いて来て、腕を組んで仁王立ちになりながら、重く凄ませた声を吐き出してくる。


「なら何故だ……何故あの子はお前にあんなに懐いている?」


「……懐く? 一体何の話だ?」


「治療と食事と着替えが終わって……遅々として進まない事情聴取をしていたところに、あの子を引き取ろうと神殿の連中がやって来たんだよ。

 で、連中がこれからお前は神殿の孤児院に入るんだぞって話を始めたら途端に騒ぎ始めちまってな……『ラゴスと一緒じゃなきゃ嫌だ』『ラゴスは何処だ』ってそんな駄々をこねやがるんだよ。

 駄々っつーかあれは最早癇癪のレベルだな……。

 ……それでまぁ、そんなあの子に対して、神殿の連中が『あんな獣人に引き取られたら不幸になる』とか『獣なんかと一緒に居たら病気になる』ってな感じで口を滑らしちまったんだが……するとどうだい、その目を鋭くして声を太くして殺気まで放ちながら『お前達なんか嫌いだ、ここから出て行け』ってなもんだ。

 情けねぇことに神殿の連中はそれに気圧されちまってなぁ……ビビリ散らしながら逃げ出しちまったんだよ」


 その話を聞いて、思わず「おお……神よ……」と呟いた俺は、両手で自らの顔を覆う。

 神殿はその教義の関係で獣人への差別意識が色濃く残っていて……公にそうすることを許されている特異な場所だ。


 それを思えば神殿の連中がそんなことを言うのは仕方ないことであり……普通の人間なら『常識』として受け止めていることでもある。


 そしてこの島に孤児院は、その神殿が運営しているものしか存在しない訳で……神殿の連中にそんなことをしてしまったアリスは……家族も親戚も何も無いアリスは、これから一体何処で暮らしていけば良いのだろうか……。


 そんなことを考えて深く絶望し、大きなため息を吐き出す俺を見て、グレアスもまた大きなため息を吐き出し……そうしてからやれやれといった様子で言葉を続けてくる。


「どうやら嘘は言ってねぇようだな……。

 そうするとあの子が特別っつーか、特例っつーか……特別に変な子だと、そういうことか……。

 ……まぁそもそも、船に乗って来た訳でもない、飛行機に乗って来た訳でもない、一切の入島記録が無いって時点で異常も異常、一体あの子は何処から生えてきたんだって話だからなぁ……。

 はぁぁぁー……全く面倒な話だが仕方ねぇ。

 あの子はアレだな! きっと鳥の獣人なんだな! 

 ……青い羽の、南国の珍しい獣人に違いねぇ!!

 鳥だから入島記録が無いのも当然だ、何しろ自分の羽で飛んで来たんだからな。

 で、その羽が事故でもげちまって……空から落っこちて来てあのアザを作っちまったと、そういうことに違いねぇ。

 つー訳でラゴス、あの子はお前が引き取れ!!

 ……良かったな、娘……にしては大きすぎるから、そうだな、妹だな!

 うんうん、家族が出来て良かったね、ラゴス君!!」


 その言葉に俺が唖然とする中、グレアスはその身体をくねらせながらの、妙に高い声での『家族が出来て良かったね宣言』をし終えるなり、俺の反論を聞くことなく、それ以上何も語ることなく休憩室から出てってしまう。


 その姿を唖然としながら見送ってしまった俺は……、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 と、そんな悲鳴を上げることしか出来ないのだった。

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