はつ恋は終わらない

 初恋は実らない。

俺の初恋もきっとそう。


「俺、お前のこと好きっ!」


「えーっ、わたしはちーちゃんより千里の方が好きっ」


 当時の俺の最大限の勇気がぶったぎられた瞬間。

彼女は長い髪を翻し、俺と同じ顔した兄に抱き付く。


「だって、ちーちゃん泣き虫だもんっ」


 玉砕したその日の夜、号泣しながら千里に八つ当たりした。


 忘れていた遠い日の思い出。

あれが俺の初恋だった。

何故、今日に限ってこんな夢を見たのだろうか。


「千景、起きろ! 遅刻するぞ」


 2段ベッドの下段から双子の兄、千里の声がする。

これで起きないと下からベッドを蹴り上げられるのだ。


「起きてるー」


 俺が起き上がるとベッドはギシリと年季が入った音を立てる。

いつものように添え付けられた梯子を使わずにベッドから飛び下りた。


「なんだ、珍しいじゃん」


 千里はすでにきっちりと制服に着替えている。

地味な眼鏡に伸ばした前髪で顔を隠す。

千里が学校ではいつもこんなスタイルだ。


「先、下行ってる」


 俺たちの部屋は2階にある。

千里は部屋を出て行った。

階段を降りる音が響く。

俺は頭をかいて、夢を反芻する。


 小さい頃、隣に住んでいたあの子。

家族ぐるみでよく遊んでいた。

いつからだろう。

あの子の両親が喧嘩をするようになったのは。

あの子はその度にうちに逃げ込んでいた。

3人でいつもこの部屋で肩を寄せあっていた。

両親の離婚であの子が引っ越すまでは。


 隣りの家にはもう、知らない誰かが住んでいる。


 制服に着替えた俺はリビングに降りる。

掻き込むように朝ご飯を食べ、千里と一緒に家を出た。

学校に着くと俺たちはバラバラになる。


「今日も 愛してるよーっ」


 俺はいつものようにクラスの女子にちょっかいをだす。

相手は千里の彼女だから安心だ。

本人に誤解されることはない。


「はいはい」


 千里の彼女は冷たくあしらって携帯を開いている。

きっと、千里とメールでもしているのだろう。


 始業のベルが鳴り、クラス担任が教室に入ってきた。


「今日は転校生を紹介するぞ」


 さらりと腰まで伸びた髪をひるがえし、1人の少女が教室に入ってくる。

俺は思わず釘付けになった。


 忘れもしない、あの頃より大人びた姿。

切れ長で勝ち気な瞳が俺を捉えて離さない。


「久しぶりだね、ちーちゃん」


 俺のはつ恋はまだ終わらない――。

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