君の名は。

※※※




「……それでね。受験勉強も兼ねた、クリスマス会をしようかって話になったんだよね〜」


「へぇ〜。いいね、それ」


「うんうんっ! それなら、ママ達も許してくれるかも!」


「でしょ〜?」



 楽しそうに会話を弾ませている美兎ちゃん達の横で、俺は一人、繰り広げられてゆく会話に耳を澄ませながら歩みを進める。


 家庭教師に向かう道すがら、偶然にも学校帰りの美兎ちゃん達に遭遇した俺。目的地が『美兎ちゃんの家』であることから、当然ながら、ここで別行動という選択肢はあり得ないだろう。

 こうして、偶然にも美兎ちゃんに遭遇するという”ご褒美イベント”を与えてくれた神様には、本当に心から感謝する。美兎ちゃんの家までたったの数分という時間でさえも、俺にとっては素晴らしく幸せな時間なのだ。


 だが——。


 気付かれないように平静を装いつつも、チラリと横に流した瞳をカッと見開くと、俺の血走った瞳は美兎ちゃん達と楽しそうに話している少年の姿を凝視した。



(コイツは一体っ、……誰なんだっ!!?)



 先程から、やたらと愉しげに美兎ちゃん達と会話をしている少年。そんな少年から視線を離すことなく凝視し続ける俺の心臓は、バクバクと心拍数を上げてもはや爆破寸前だ。

 


(こんな、余計な副産物が付いてくる”イベント”だなんて……っ。俺は聞いてねぇぞッッ!!!)



 メラメラと燃えたぎる瞳をカッと光らせると、少年に向けて目に見えない光線を撃ち放つ。


 ただでさえ、美兎ちゃんの隣にいるだけでも目障りだというのに……。黙って話しを聞いていれば、なんとまさかの、一緒にクリスマス会を開催する計画まで立てているではないか。



(……っ、クソォォォオーーッッ!! 俺だって……っ! 美兎ちゃんと一緒に、クリスマス過ごしたいのに……っっ!!!!)



 鬼のような形相で少年を睨みつけると、あまりの悔しさから滝のような涙を流す。



「瑛斗先生って……。クリスマス、どこか行くの?」


「…………! えっ!? あ、いやぁ……。特には、出掛ける予定もないかな」



 突然の悪魔からの質問にハッと我に返った俺は、瞬時に顔を元に戻すと平静を装う。



「彼女とか……いないの?」


「うん、そうだね。今は(まだ)いないかな」


「へぇ〜……。そうなんだぁ」



 俺の答えを聞いて、小さく微笑んだ悪魔はほんのりと赤く頬を染める。



「…………」



 まさかとは思うが……。



(……いや、まさかな)



 嬉しそうに微笑んでいる悪魔からそっと視線を外した俺は、天使のように愛らしい美兎ちゃんに視線を移すと鼻の下を伸ばした。



(今はまだ……、ね♡ マイ・ワイフ♡♡♡♡ ……グフフフフッ♡♡♡♡)



「へ〜。意外ですね! カッコイイのに……」



 俺を見て、驚きの反応をみせる少年。

 どうやら、コイツの目は節穴らしい。今の俺は、どう見たってクソダサ男なのだ。



「……ありがとう。カッコイイなんて、俺みたいなの全然だけどね(ところで、君の名は?)」


「いえっ! 眼鏡とか……服装は確かに落ち着いてますけど。隠し切れない、素材の良さって言うんですかね? イケメンなのはわかりますよ!」


「ハハッ。そんなに褒めてくれて、ありがとね(君の名は?)」


「……あっ。なんかそれ、わかるかも」


「だよね? やっぱりいいよなー、イケメンて。オーラが違うっていうのかな……」


「ふ〜ん。オーラかぁ……」


「そうそう、オーラ。どんな格好してても、やっぱりオーラって隠せないと思うんだよね。……まぁ、単純に元の顔がイイっていうのもあるけど」


「…………(で、君の名は?)」



 いつの間にやら、悪魔に向けて俺の容姿について熱く語り始め出した少年。

 クソダサ眼鏡に扮する俺の事がイケメンに見えるだなんて、そんな悪すぎる視力のことなんて今はどうだっていい。

 今大事なのは、そう——。



(……っ、キサマの名前を教えろっ!!!)



 チラリと美兎ちゃんの方を見て嬉しそうに微笑んだ少年の姿を見て、俺の血走った瞳は嫉妬という炎で激しく燃え上がる。


 未だ名前のわからない、この謎の少年。だが、この少年が美兎ちゃんに好意を寄せている事だけは俺にもわかる。



(俺の可愛いエンジェルは……っ。絶対に渡さねぇ!!!!)



「……柴田さんも、イケメンだと思うでしょ?」




 ———!?




 少年の発したその言葉に、ピクリと素早い反応をみせた俺の耳。嫉妬の炎をすぐさま鎮火させると、話を振られた張本人である美兎ちゃんの方へと視線を向けてみる。

 すると、ほんのりと赤らめた頬でニッコリと微笑んだ美兎ちゃん。俺はそんな美兎ちゃんを見つめながら、バクバクと鼓動を高鳴らせるとゴクリと喉を鳴らして息を呑んだ。



「うん。カッコイイよねっ」




 ———!!!? 




(グォォォオーーッッ!!♡♡!♡♡!♡♡)



 あまりの嬉しさから脳内で歓喜の雄叫びを上げると、両手でガッツポーズを作って満面の笑みを浮かべる。

 俺の頭の中で、何度も何度も繰り返し再生される、『カッコイイ』と告げる美兎ちゃんの可愛い声。戻れるものなら、数秒前に戻って録音したい。


 大切な記念日の瞬間を録り損ねるとは……。俺としたことが、なんたる不覚。

 これは、紛れもなく——!



 俺への、愛の告白記念日だ♡♡♡♡



(っ……。生きてて、本っ……当に良かった!♡!♡!♡!♡)



「それにね、凄く優しいよ」


「へぇ〜。そうなんだね」


「そうそう、すっごく優しいよねっ! この前、美兎と一緒に瑛斗先生の学校の文化祭に行ったんだけどね。その時、ぜ〜んぶご馳走してくれたもんねっ?」


「うんっ。あとね、動物園にも連れて行ってくれたこともあるんだよ。……ね? 瑛斗先生っ」


「っ……、うんっ♡(愛してる)」



 先程から、嬉しさでとろけっぱなしの俺の顔。平静さを装いたいが、ニヤケ顔が止まらない。



「そうなんだ……。イケメンで優しいなんて、凄くモテそうですね」


「いやいや、モテるだなんて(当たり前)……。俺なんて、全然だよ(で、君の名は?)」


「俺も……、頑張らなきゃな……。……あっ。じゃあ、俺こっちなんで。柴田さん、香川さん。また明日、学校でね」


「うんっ。またね〜」


「また明日ぁ〜。ばいば〜い」


「…………」


 

 遂に、最後までその名を明かすことのなかった謎の少年。名前など、もはやどうだっていい。

 立ち去ってゆく少年の後ろ姿を眺めながら、俺の顔は蕩けた表情から一気に怒りの表情へと変貌する。


 少年の口からポツリと溢れ出た、とても小さな声。俺はそれを聞き逃さなかった。



(頑張るって……っ。一体、何を頑張る気だ!!! このっ、クソガキめ……っ!!!!)



「市橋くんには伝えたし、あと男子は……。岩倉と悠人ゆうとと……あと、今井くんと渡辺に……」


「そんなにクリスマス会に呼ぶの? 連絡するの大変だね……。男子の連絡は、市橋くんに頼めばよかったのに」


「あぁ、そっか! ……あ〜っ、もう遠い。よしっ、ラ◯ンしとこ」



 遠く小さくなってゆく少年の背中を確認すると、ピコピコと携帯を操作し始めた悪魔。



(市橋、くん……だと……っ? そうか……っ、キサマが市橋か……ッッ!!!!)



 忘れもしない、その名前。

 あれはいつだったか……。夏休みの宿題をやっていた時に、悪魔が不吉なことを言っていた。



『市橋くんとか、絶対に美兎のこと好きだと思うんだけどなぁ……。あの2人、付き合ったりしないのかな〜』



 まさか、あの少年が例の『市橋くん』だったとは……。中々の好青年に見えるが、その頑張りだけは許すわけにはいかない。

 悪魔からラ◯ンを受け取ったのであろう少年は、こちらを振り返ると大きく手を振る。



(っ……恋愛なんかにうつつぬかしてねぇで、キサマは受験だけ頑張ってろっ!!!!)


 

 ようやく知り得た名前を前に、悪魔のような顔で不敵に微笑んだ俺。その口元に弧を描き続けながら、遠くに見える少年の姿を睨みつける。



(その名は、俺のデスノートに刻んでやるっ!! 覚悟しろっ! クソガキめっっ!! ……グハハハッッ!!!!)



 できれば、今すぐにでも叩き潰してやりたいところだが……。これが、クリスマス会にお呼ばれしてもらえなった俺にできる、せめてもの反撃なのだ。

 少年の頭をガッと掴んで地面に叩き潰すシーンを思い浮かべながら、脳内で悪魔のような笑い声を響かせる。



 ——その日の夜。自室に籠ってひたすら『市橋、ぶっ殺す』と何度もノートに書き殴った俺。

 その目から滝のような涙が流れ出ていたことは……誰にも秘密だ。



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