42.大家さんと買い出し

 午後になり俺は大家さんと二人、冬支度をするための買い出しに向かい、そして今ちょうど駅から帰宅しようとしていた。


「やっぱり近くにホームセンターがないのはちょっと不便よね。わざわざ隣の駅まで行かないといけないなんて」

「まぁまだ隣駅で済んで良かったですよ。これが隣の町とかだったら心折れてました。金銭的に」


 アパートから隣駅まで歩いて行くのは少々無謀。ということで駅から隣駅の近くにあるホームセンターに向かったのだが一駅ってこんなにお金かかったっけ? 往復で約四百円って掛かりすぎじゃない? うどんが一体いくつ買えることか。何でもうどん換算で物事を考えてしまうのは俺の悪い癖かもしれない。


「それは悪いことをしたわね。でも交通費は出ないわよ」

「分かってますよ。大家さんのことですし」

「あらそう? 話が早くて助かるわ……」


 大家さんはそう言うと突然いつもの意地の悪い笑みを浮かべた。今回は何ですかと視線で問い掛けると彼女は前を指差す。


「どうやら貴方の主人みたいね」

「はぁ……俺の主人ですか」


 大家さんの言葉を聞いて今すぐにでも走って帰りたい気分になるもその主人とやらを無視するわけにもいかない。あれでも一応俺の主人ということになっているのだから。


 もうほとんど誰がいるのか分かりながらも俺は大家さんの指差す方向へと体を向ける。体を向けた十メートル程先にはちょうど駅の改札を抜けた真っ白な髪に真っ白な肌、学校の制服を着たアイスメイズさんが立っていた。かなり離れていても一発で分かるってどんだけ目立つんですか、あなたは。

 しばらくして俺の視線に気付いたアイスメイズさんは嬉しそうにこちらへと駆け寄ってくる。うわー、なんか犬みたい。


「ククク……群衆に紛れたこの私を見つけるとは流石私の眷族といったところか」

「いえ、アイスメイズさんは目立ちますから。探さなくてもすぐに見つかりますよ」

「そうか、私の魔力マナは特別だからな。魔力マナを持つ貴様にとっては分かりやすいのだろう。しかし一般人からしてみたら話は別だ。この私を視認することすら出来まい」


 視認することすら出来まいってさっきからあなたにメチャクチャ視線が集まってますけど。もう動物園のパンダ状態ですけど。そして今は俺もそのパンダの一員になっている。


「ちなみに初めにアイスメイズさんを見つけたのは大家さんですよ」

「ふむ、流石は炎の精霊イグニスに愛されし者。誰よりも先に私を見つけるとは大したものだ。ところで貴様達はここで一体何をしている?」

「ああ、それはアパートの冬支度するために大家さんとホームセンターに買い出しに行ってたんですよ」

「冬支度……そうか先日聞いた何者かからの襲撃を迎え撃つ準備か!」


 大家さんは一体どんな伝え方したの?


「いえ、そういうわけでは……」

「こうしてはいられない! 私達も早く拠点に戻って準備だ!」

「はぁ……」


 俺のやる気のない返事は走り去っていくアイスメイズさんに届くことはなく、そのまま群衆の雑音に呑まれて消える。


「一人で行かせて良かったの? もしかしたら本当に襲撃されているかもしれないわよ?」

「何ですか、いきなり」


 襲撃か、確かに最近は近所で空き巣が多いとよく聞く。だがそれでも滅多に空き巣なんて起こることではない。ないとは思うが一応もしかしたらの可能性もあるか……。


「……分かりましたよ。大家さんは後からゆっくり来てもらって結構ですから」

「元からそのつもりよ。くれぐれも気をつけて」

「その襲撃されてること確定みたいな言い方は止めて下さいよ。縁起でもないです」

「そうね、失言だったわ。ここは私に任せて先に行きなさい」


 それもなんか違くね? と思ったが大家さんに構うのも面倒なので何も言うことなく、俺はアイスメイズさんのあとを追って一足先にアパートへと戻った。そして何故か荷物は全部俺持ちだった。



◆ ◆ ◆



 急いでアパートに戻ると、敷地内ではフードを被った全身黒ずくめの男とアイスメイズさんがお互い杖を構えて臨戦態勢を取っていた。いや本当にいたよ、襲撃者。

 俺は咄嗟にアパート入り口近くの物陰へと身を隠す。


「むっ……貴様、何の用だ!」

「何の用とは失礼な! 今日様子を見に行くと言っただろう」

「私は許可していない」

「妹相手に許可などいらないだろう」


 ああ、なるほど兄か。薄々そうかなとは思ってましたよ。両方とも杖構えてるし、言動似てるし。それに何よりこの二人からは同じ波長を感じる。


「……いつも止めてって言ってるのに勝手に色々して。だから私はここまでに来たのにまだちょっかい出す気なの?」

「お前に何かあったら心配だ」

「心配なんて要らない。正直鬱陶しいの!」

「冬華……」


 うわ、何か始まっちゃったよ。どうしよう、このまま放置してたら悪化する一方だろうし、ここで俺が出ていっても何か出来るわけでもない。結局何も出来ずにこっそりと二人の様子を窺っていると、しばらくして背後から呆れたような声が聞こえてきた。


「そんなところで何をしているのよ、貴方は。職務質問されても文句が言えないくらい不審よ?」


 声の主は宣言通り駅からゆっくりと歩いてきた大家さん。どうやら俺は結構な時間をここで潰してしまったらしい。


「いや、そのですね。中々戻りづらい状況と言いますか。あれなんですけど……」


 視線だけで今現在繰り広げられている兄妹喧嘩を大家さんに伝える。俺の視線の先の光景を見た彼女はそれから再び俺の方を見ると、深くため息を吐いた。


「……全く大の大人が情けないわね」


 そう呟いた大家さんは緊張状態の二人など意にも介さず堂々とアパートの敷地内へと歩いていく。そうして二人の視線を獲得したところで彼女はニコリと二人に笑い掛けた。


「ここだと他の人の迷惑になるから一先ず中に入りましょうね、二人共」


 ここに引っ越して来て約半年、俺が初めて大家さんを頼もしく思った瞬間であった。

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