27.大家さんとお買い物

 大家さんに料理を教えてもらうようになってから早一週間が過ぎた。最近は食材を買いにスーパーにも小まめに行くようになり、今もこうしてスーパーで買い物をしている。


 だからスーパーで同じアパートに住む大家さんにばったり会ってしまったとしても特に驚きはしなかった。


「あら、奇遇ね」

「そうですね、大家さん。買い物ですか?」

「スーパーに来て買い物以外に何をすれば良いのかしらね」


 確かにおっしゃる通りですね。今のは流石に何も考えなさすぎだった。


「すみません、買い物以外にスーパーに来る目的なんてないですよね」

「別に謝らなくても良いのよ。それで今日は何を作るのかしら?」


 大家さんは興味津々に俺の買い物かごの中を覗き込む。理由はどうあれ、俺の健康を気遣ってくれている彼女にとって俺が食べるものというのはやはり気になるのだろう。


「今日は肉野菜炒めですね。適当に切って、炒めるだけですし」

「そう、野菜を摂取するのは良い心掛けね。これからも精進しなさい」


 大家さんはホッと安堵の息を吐く。どうやら大家さんチェックは合格だったようだ。これで麺類とか買ってたらどうなってたのだろうか。考えるだけでもちょっと怖い。


「それで大家さんの方は何を買いに来たんですか?」


 そんな血塗られそうなIFストーリーを頭の外に追い出すべく俺が大家さんに質問すると、彼女は少し慌てた様子で質問に答えた。……おや?


「私? 私はあれよ……。そ、そう、丁度切らしている調味料を買いに来たのよ」

「そうなんですか……」


 何か怪しいなと大家さんの方をじっと見ていれば、彼女は珍しく恥ずかしそうに顔を俯かせ、ポツリと小さく呟く。


「……本当は焼き芋を買いに来たのよ」

「そうですか、もう秋ですもんね」


 焼き芋、確かに少し前からスーパーの入り口辺りで売っている。しかし何故そこまで焼き芋を買うことに恥ずかしさを覚える必要があるのだろうか。おやおや?


「……その、貴方は私が焼き芋好きでも気にしないのかしら?」

「はい?」


 大家さんの質問の意図が分からず思わず聞き返してしまう。そんな俺の返答に大家さんは先程よりも少し頬を赤くすると今度は顔を上げて答えた。


「だって焼き芋と私ってなんだかイメージが合わないでしょう? 笑いたければ笑っても良いのよ?」


 イメージに合わない。果たしてそうだろうか。焼き芋は女性なら誰でも好きみたいなイメージはあるし大家さんでもそれは特に変わらない。笑いどころが分からないのですが。


「別にイメージに合わないとか俺はそんなこと思わないですけどね」

「そう……」


 大家さんの顔からは徐々に赤みが引いていく。そんな彼女の姿をじっと見ていると、彼女はいきなり俺の手を掴み、どこかに向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっとどこに行くんですか?」

「すぐそこよ、付き合いなさい」

「はぁ……」


 そうしてやって来たのは焼き芋コーナー。彼女はそこで立ち止まるとようやく俺の手を離した。


「貴方に一つ買ってあげるわ。好きなのを選びなさい」

「良いんですか?」

「今回は特別よ」


 何なに? どうしちゃったの大家さん。焼き芋よりも今の言動の方がイメージに合わない。というかこれって後で倍にして返せとかいう悪質なトラップじゃないよね? 大丈夫だよね?


「じゃ、じゃあ一つ選びますね」

「どうぞ」


 焼き芋コーナーの焼き芋に恐る恐る手を伸ばす。そうして焼き芋を手に取って大家さんに渡すと、彼女はニッコリと微笑んだ。


「じゃあ私はこれを買って先に帰るわね。貴方の部屋で待っているから早くいらっしゃい」

「は、はい……」

「後で一緒に食べましょう」


 大家さんは笑顔でそう言い残すと自らの分の焼き芋も手に取りレジの方へと歩いていった。


 何だかあの大家さんと会話している感じがしない。背筋に何か冷たいものが走るのを感じながらも俺はそれから買い物を再開した。



 買い物が終わってアパートへの帰り道。片手に買った食材を持った俺は先程の大家さんの言動について色々と考えていた。


「もしかしてあれはたまにやって来るちょっぴり優しいモードなのか」


 色々推測するがどれも確証には至らず、いつの間にかアパートの自分の部屋の前までたどり着く。先程の言葉通りなら大家さんは既に部屋にいるはず。


 恐る恐る自分の部屋の鍵を開け、玄関を見るとそこにはもはや見慣れてしまった一足の靴があった。


「大家さん、帰りましたよ」


 というわけで部屋にいるだろう大家さんに帰ったことを知らせる。その数十秒後、大家さんは早歩きで玄関の方へとやって来た。


「随分と遅かったのね」

「すみません」

「まぁ良いわ。それよりも早く食べましょう」


 大家さんはそれだけ言うと足早に部屋の奥へと戻っていく。俺も彼女に付いていく形で部屋の奥へと入っていくと既に部屋に置いてあるテーブルには焼き芋とお茶が置かれていた。


「ほら、早くしないと折角買った焼き芋が冷めてしまうわ。そんなことになったら世界全体の損失よ」


 それは流石にスケールが大き過ぎますから。そんなに急かさないでください。


「分かってますから。まずは買ったものを冷蔵庫にしまわないと」

「早くしなさい」


 どんだけ焼き芋が食べたいんだよ、とは思ったものの彼女のその姿は普段とのギャップもあってか少しだけ可愛らしく思えた。


 大家さんが横暴なのはいつもと変わらず、だが今日は横暴さに少しだけ子供っぽさも混じっているような、そんな気がした。レア大家さんだった。

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