14.大家さんとプール

 夏も既に中旬、今日も本格的な暑さが俺を苦しめていた。一体この暑さはいつまで続くのか。そろそろ収まってくれても良いと思う。


「暑いです」

「またそんなことを言ってるのね。そんなに暑いなら図書館にでも行けばいいじゃない。安心して頂戴、ここは私が留守番をしておくわよ」

「いや、だったら自分の部屋に帰ってくださいよ。それに大家さんが留守番って……」

「何よ、まさか留守番を私に任せるのは心配だとでも言うの? 大丈夫よ、これでも留守番を完璧にこなすことに関しては定評のある子供だった私を信じなさい」


 大家さんは俺がどこかに行ったら何かしますよという顔をしていた。こんな顔をしている大家さんに留守番を任せるなんて、とても出来ない。


「いえ、やっぱり今回は止めておきます。大家さんが何するか分かったもんじゃないので」

「酷い言いようね。別に私は貴方がいない内に何かしようなんてこれっぽっちも思っていないわよ。そう例えば、貴方をからかうためのネタを握るために部屋の中を捜索なんてことも絶対にしないわ」

「そんな例えばの話が出てくる時点で怪しいんですよ」

「そう、じゃあ貴方の部屋を掃除するっていう名目ではどうかしら?」

「それ確実にネタを探す気しかないですよね。駄目です、信用出来ません」

「残念ね」


 フフッと楽しそうに笑う大家さん。そうか、俺はまたからかわれていたのか。

 なんだか最近大家さんの俺をイジって遊ぶ率が高くなってきている気がする。そんなに毎回俺の反応を見て本当に楽しいんですかね、この人。


「それはそうと、図書館に行かなくてもある程度涼めるところならうちにもあるわよ」


 だったら図書館よりも先にそっちを教えてくれても良かったのでは……。


「そんなところがあったなら早く教えてくださいよ」

「ごめんなさいね、でも準備が結構面倒なのよ」

「準備ですか?」

「ええ、手伝ってくれる?」

「涼しくなれるならもちろん手伝いますよ」

「そう、じゃあ早速準備を始めましょうか──」


 大家さんが立ち上がって玄関へと向かっていったのを見て、俺も同じように玄関へと向かった。



◆ ◆ ◆



 場所はアパートの庭にある物置小屋の近く。俺は目の前に用意された子供用プールの前で水が張られていく様をじっと眺めていた。


「あの、大家さん。もしかして涼しくなれる場所、というか物ってこれのことですか?」

「ええ、そうよ。涼しいと言ったらやっぱりプールじゃない?」

「それはそうですけど、これって子供用のプールですよね」

「そうよ、精神年齢が子供に近いナッキーにはピッタリでしょう?」


 随分と酷いことをこうサラっと言えるな。


「ほら、もうすぐ水が溜まるわよ。早く水着に着替えてきたらどうかしら?」

「そうですね。折角準備したんですし入りますよ。大家さんは入ります?」

「私? 私は遠慮しておくわよ。流石にこんな外から丸見えなところで水着姿になんてなりたくないもの」


 じゃあ、こんな外から丸見えなところで今から子供用プールに入ろうとしている俺は一体なんなんでしょうか。大家さんが変なことを言うから途端に恥ずかしくなってきた。


「や、やっぱり俺も入るのを止めたいとか言ったら……」

「そんなことは私が許さないわよ。水道代が勿体無いじゃない。それに元々これは貴方が言い出したことでしょう?」


 確かにそうかもしれないが、俺も恥ずかしいというかなんというか。


「そう、そんなに入りたくないというなら仕方ないわね」


 大家さんは一言だけそう言うと、手に持っていたホースをいきなりこちらに向ける。向けられたホースの口からは勢いよく水が飛び出し、それは瞬く間に俺が着ていた服を濡らしてしまった。


「ちょ、いきなり何するんですか!」

「どう? これで入る気になったかしら?」

「大家さん……」


 まさか大家さんがここまでしてくるとは。

 しかし、俺だけがこのままやられっぱなしなのもどうも納得がいかない。


 そうだ、今が反撃の時なのかもしれない。今ならきっと日頃の分も含めてやり返しても文句は言われないはずだ。


「あら、少しやり過ぎたかしら。でも涼しくなって丁度良い──」

「大家さん!」


 大家さんが油断しきっているところですかさずプールの水を大家さんにかける。それは見事に命中し、大家さんが着ていた服を濡らした。


 よし命中、続けて追い討ちをと思ったところで大家さんが下を向いていることに気づく。


「えーと、大家さん?」


 流石に調子に乗りすぎたかと思い声を掛けると、彼女はすぐに顔を上げ、鋭い目付きで俺を睨み付けた。


「……よくもやってくれたわね、ナッキー」


 あれ、もしかして怒ってらっしゃる?

 いや、もしそうだとしてもここで怯んではいけない。

 そうだ、先にやって来たのは向こうなのだから、俺は堂々としていれば良い。


 でも……。


「あの大家さん、これは……」


 やっぱり無理かもしれない。だってものすごい殺気なんだもの。


「そんなに私と遊びたいなら、お望み通り遊んであげるわよ!」


 大家さんはいつもの意地の悪い笑顔を浮かべ俺にホースの口を向けると、ホースからは勢い良く水が吹き出す。それは一直線に飛んできて先程の攻撃で濡れた俺の服を更に濡らした。


 そうですか、そっちも本気ですか。


 こうなってしまえば最早濡れることなどどうでも良くなっていた。突如として内から湧き上がる闘争心。

 気付けば俺はプールから掬い上げた水を片手に全力疾走で大家さんの方へと走り出していた。


「だったらやってやらぁぁあ!」

「来るなら来なさい!」


 こうして俺と大家さんの戦いの火蓋が切られた。



 しかし、俺と彼女の戦いはそう長くは続かなかった。

 というのも……。


「そんなところで何やってるの、姉さん」


 戦いの最中、アパートの庭に大きな荷物を持った謎の制服美少女が降臨したのである。

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