第23話「大団円を期待してた訳ではないけれど」

 ふと目を覚まして、アセットは違和感を感じた。

 だが、体が気だるくて思考がまとまらない。それでも、自分が柔らかなベッドの上に寝かされていると気付けた。それが違和感の原因なのだとも、わかった。

 わずかに周囲へ首を巡らせれば、見知った場所のような気がした。


「ここは……離れだ。カイルの家の離れじゃないか?」


 そう、間違いない。

 ぼやける視界が鮮明さを取り戻してゆく中で、アセットは身を起こした。改めて見渡せば、そこは先日ミルフィをかくまっていた離れの寝室だった。

 そして、ふと気付く。

 目の前に今、ミルフィがいた。

 以前このベッドに寝ていた少女は、今はアセットの足元に身を突っ伏している。多分、目が覚めるのを待ってて、疲れて眠ってしまったのだろう。

 そっと手を伸べ、肩に触れる。

 異世界の少女兵は、驚くほどに華奢きゃしゃで柔らかい。


「ミルフィ、起きて。……駄目だ、ぐっすり寝てる」


 ベッドに上体を投げ出し、ミルフィは安らかな寝息を立てていた。

 心なしか表情も柔らかく、時折なにかをつぶやくように鼻を鳴らしていた。

 なんだか、見ているだけで安堵感が込み上げる。

 アセットは、自分が村を守れたんだと思った。それが誇らしくて、自然と笑みが浮かぶ。なかなかの大冒険だったが、ミルフィたちと出会ってから少ししか経っていない。


「いや、待てよ? 僕は何日寝てたんだ? それに……マスティさんは」


 浮かれた気持ちを抑えて、赤髪の勇者を想う。

 マスティは無事に助け出されただろうか? だが、その答えをもうアスティは知っている気がした。あの時、貯水池ちょすいちの水中から現れたドラゴンは、目にマスティの剣が突き刺さっていた。

 この世で、ドラゴンに勝てる人間などいはしない。

 それがすでに、マスティの安否を物語っていた。


「とりあえず、ミルフィを起こさないように、そっと――」

「ん、んっ……ふあ? ……アセット?」

「あっと、うん、ごめん。起こしちゃった? おはようござ、いっ!?」


 ちょっと毛布から這い出ただけで、ミルフィは起きてしまった。

 そして、何故なぜか勢いよく抱き着かれた。

 思ってもみなかった反応に、アセットはただただ目を白黒させるしかできない。今日のミルフィはワンピース姿で、これは以前ロレッタが着てたのを見たことがある。

 訳も分からずアセットは、強く強く抱擁ほうようされたままうろたえた。


「あ、えっと……ミルフィ?」

「お前っ、心配したんだぞ! アタシも、みんなも!」

「ど、どうも」

「どうも、じゃない! ううっ、よかった。ロレッタが言った通り、大丈夫だった」


 涙ぐむミルフィが、ようやく離れた。

 彼女のまなじりにある光に、アセットも驚く。勝気で強気、気丈なミルフィでも泣くことがあるんだと思った。自分のためにと思ったら、胸が熱くなった。

 だが、すぐにミルフィは事情を説明してくれる。

 そちらの内容の方が、アセットにとってはびっくりだった。


「ええっ!? 僕、三日間も眠っていたのかい?」

「ああ、そうだぞ。それで……その、色々と大変だったんだ」

「そうだ、村の被害は?」

「村自体は無傷だ。死者はいないが、怪我人がたくさん出た。重傷者も何人か」

「そっか……あ、鎮守ちんじゅの森は? かなり大規模な火災だったけど」


 一瞬うつむき、ミルフィは脳裏に言葉を選んだように見えた。

 それでも、彼女は普段同様の実直さで真実を話してくれる。


「あの森は、かなりの面積が燃えた。けど、あの守り神の大樹は無事だ」

「みんな、落ち込んでるだろうな」

「今はまだ、事後処理で忙しくてそんな暇がない。でも、アタシにもわかる。戦いが終わって、その後始末が済むと……その時初めて、失った物の大きさにおののくんだ」


 なにかを思い出すように、ミルフィが視線を窓の外へ放る。

 彼女も兵士として、過酷な戦場を生きてきたのだろう。

 それは想像することすらできないが、今は村が無事なだけでもよしとしなければならないだろう。ドラゴンは災害級の危険な魔物で、その襲来で地図から消えてしまった国さえあるのだ。

 マスティの尊い犠牲は、無駄ではない。

 無駄にさせなかったのは、アセットは勿論もちろん、全員がベストを尽くしたからだ。

 だから、いつか訪れる本当の悲しみに、涙して嘆き、大いに死を悼もう。


「とにかく、ミルフィ。カイルやロレッタ、それにシャルは?」

「カイルは自警団の大人たちと今も働いてる。ロレッタは怪我人の看病とか」

「そっか、だよな」


 まあ、予想通りだ。

 この場にいないことも納得できるし、それが幼馴染おさななじみのカイルとロレッタなのだ。小さい頃から一緒で、強い友情を二人にアセットは感じている。

 でも、大惨事の中でなら二人は、必ずできることを探してそれをやる。

 いつ目覚めるかもわからないアセットのために、その場で待ってるだけというのは無理なのだ。それは多分、アセットも同じ立場だったらそうだろう。


「ん? あれ、シャルは」

「シャルフリーデは……」


 不意に、ミルフィの表情が陰った。

 同時に、部屋のドアが開かれる。

 現れたのは村長だった。その顔は憔悴しょうすいして、心なしかやつれて見える。当然だ、天変地異にも似た災禍さいかに見舞われ、自分の治める村の住民たちが危険にさらされたのだ。

 その原因の一端は、アセットたちにある。

 疲労も色濃い村長を見て、アセットは言葉に詰まった。

 村長は大きな溜息ためいきこぼすと、ゆっくりと一言、


「目が覚めたんだな、アセット。あまりお母さんを心配させてはいけないよ」


 それだけ言って、出て行った。

 褒められたいなんて思ってはいなかったし、褒められるようなことはしていない。でも、逆に責められしかられないもの不安になる。

 アセットは明らかに、村のルールを破った。

 そのことで村全体を危機に陥れたのである。

 言葉少なげな村長を追って、アセットは走り出す。


「待ってください、村長! 待って……!? あ、あれ?」


 だが、閉められたドアには外から鍵がかかっていた。

 以前は鍵なんてなかったし、そもそもここは村長の妻、カイルの母親が静養してた離れである。ドアがわずかにガタガタ言うので、おそらく外からドアが開かないようにしてあるのだろう。

 アセットが理由を求めて振り返ると、ミルフィが真剣な顔でうなずいた。

 急いでアセットは、ベッドに上がって窓に駆け寄る。


「あっ、窓もだ! 出られないなんて」


 アセットは初めて悟った。

 看病のためもあるのだろうが、アセットはここに軟禁されているのだ。それも、ミルフィと一緒に。その理由に心当たりはあるし、それしか考えられない。

 メガリスに乗って戦った二人は、閉じ込められているのだ。

 そのことをミルフィが説明してくれる。


「アセット、落ち着いて聞けよ? 実は」


 ――

 ミルフィは端的に、事実だけを述べてくれた。

 あの戦いのあと、操縦席でアセットは力尽きてしまった。正確に言うと、落下の衝撃からミルフィを守って頭を強打、気を失ってしまったのである。

 そこからは、ミルフィは大変だったようである。

 まず、貯水池で動けなくなったメガリスから、ミルフィがアセットを運び出してくれた。そこで、村人たちに囲まれたのである。アルケー村の人たちにとって、ミルフィは初めて見る余所者よそものだ。しかも、ドラゴンを追い払った謎の巨神から出てきたのである。

 拘束され、今はこうしてアセットとともに監禁されているのだった。


「シャルフリーデが、全部喋っちゃったんだ。アタシのことも、メガリスのことも……ビルラのことも」

「そんな……じゃあ」

「カイルとロレッタは、何度か会いに来てくれた。けど、今は大人たちがここから出してくれないって」


 アセットは唖然あぜんとした。

 同時に、納得してしまった。

 どうみてもアセットたちは、救世主でも勇者でもない。ドラゴンと同じく、

このアルケー村に災いをもたらした人間なのである。

 それがわかっててなおも、ドアへと駆け寄りノブを握った。


「話さなきゃ! 話せば村長だって……」

「アセット、無駄だ。アタシの腕力でも開かないんだ」

「それでも! 僕が直接話さなきゃ伝わらないものがある!」


 ガチャガチャとドアノブが虚しく鳴る。

 その音が、妙にアセットを焦らせた。

 やはり、ドアの向こう側になにかがつっかえている。それはアセットの内心にも、気持ちをき止める物体としてイメージできた。

 つっかえ棒か、重量のある荷物か……どっちにしろ、内側からはどかせない。

 そう思ってた瞬間だった。

 突然、手元の抵抗が消えた。

 同時に、開いたドアにアセットは吹き飛ばされる。


「ふあっ!?」

「おっと、失礼! 目を覚ましたと聞いてね。君がアセット君だね?」


 無様に吹き飛ばされたアセットは、床に転がった。慌ててミルフィが、身を寄せ起こしてくれる。したたかに打った後頭部をさすりつつ、起き上がったアセットは見た。

 身なりのいい男が、腰に手を当て微笑んでいる。

 彼は張りのある声で人懐ひとなつっこく言い放った。


「初めまして、アセット君。……まず、服を着るといい。すぐに着替えを持ってこさせよう」


 その時、初めてアセットは知った。

 

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