第14話「探検!遺跡へ挑め!」

 とりあえず、メガリスは再び巨木のたもとに隠された。

 ああ見えて満身創痍まんしんそういで、今は修復中らしい。アセットには科学のことはさっぱりわからないが、メガリスが恐るべき力を持っていることは理解できた。

 アセットたちが知る機械とは、まるでレベルが違う。

 この世界では、これだけ巨大な兵器を造ることも、その材料を生み出すこともできはしない。

 そして、敵を見つけてからはミルフィがずっと興奮気味だった。


「なにっ! すると、お前たちは今まさに存在を脅かされているのか!?」


 アセットたちは森の木陰こかげに腰掛け、昼食を取っていた。

 用意周到にマスティが持ってきてくれた、サンドイッチを頂いているところである。そして、その味に大げさに驚きながらも、夢中で頬張ほおばりつつミルフィが立ち上がる。

 話題は丁度、魔王と闇の軍勢に関するものになったところだった。


「お行儀が悪いわ、ミルフィ。ほら、座って」

「し、しかし、ロレッタ! お前たちにも敵がいるんだぞ、しかも……ま、魔王だと!?」

「でも、見たことないんだよ? この村は平和だし、戦争も遠い場所の話だもの」

「しかし、だ! 同じ人類の同胞はらからが、こうしている間にも脅かされているんじゃないのか!?」

「そうかもね。ほら、こっちの玉子のも食べてみて。美味おいしいわよ?」

「ふむ、頂こう! ――はむっ、むぐぐ……美味うまい! なんて美味しいんだ!」


 怒るか感動するか、どっちかにしてほしい。

 だが、落ち着かないミルフィは一生懸命にサンドイッチを食べている。旺盛おうせいな食欲には感心してしまうし、なにを食べても彼女は味を絶賛した。

 まるで、今まで食事というものをしたことがない、そういう雰囲気さえある。

 だが、ミルフィはメイガスに乗って戦う兵士だ。

 エクス・マキナとかいう敵と、もう何百年も戦い続けている民の一人なのだ。


「それはそうと、ミルフィちゃん」


 皆にお茶も配りながら、マスティが笑顔をミルフィに向けた。

 あぐあぐと夢中でサンドイッチを食べていたミルフィは、長身赤毛の女性を見上げて手を止める。


「ん、なんだ? こ、これならやらないぞ!」

「いや、いいよ。むしろ、お姉さんのも食べなさいね、あげるからね」

「おお……おお! いっ、いいのか!? いや、しかし、お前の食料がなくなる」

「んー、私にはこれがあるからねえ」


 あっ、なんてダメな大人なんだ!

 マスティはふところから、小さな酒瓶を取り出した。

 まだ日も高いうちから、こっそり一杯やるつもりだったらしい。本当に野放図のほうず自堕落じだらく、とんでもない大人である。そして、それすらもどこか演じてるように思えてしまう。

 アセットにとってやはり、マスティは得体のしれない人だった。

 だが、悪い人じゃなさそうだし、害意も感じない。

 そんなアセットの評価を知ってか知らずか、マスティは話を続ける。


「君が言う敵、その……エクス・マキナ? それが、奥の遺跡にいるんだって?」

「そうだ。メガリスのレーダーは、エクス・マキナの存在を見逃さない。きっと、アタシがこの惑星に呼び込んでしまったんだ。だから」

「でも、例のメガリスって、まだ戦えないんだよね?」

「……うん。でも、エクス・マキナを駆逐くちく殲滅せんめつするのがアタシの任務だ。そして、未開文明のこの惑星を巻き込む訳にはいかない。危険はこれを、速やかに排除する!」

「で、具体的にはどうやって?」


 ちびりと酒で唇を濡らして、マスティの言葉が鋭く尖った。

 その一言に刺されて穿うがたれ、貫かれたままミルフィは言葉を失ってしまう。

 あれだけの巨大な兵器、メガリスをもってせねば戦えない相手……それがエクス・マキナなのだろう。アセットにも、強敵だとわかる。

 そして、今のメガリスには戦うだけの力がない。


「意気込みや勇気だけでは、戦えないよね? 戦いにならない。お姉さんはそう思うなあ」

「そ、それでも!」

「まずはさ、焦らず色々考えてみなよー? 相手を知ることだって、とても大事なんだから」

「相手を、知る……確かに。だったら、なおさらアタシは行かなきゃいけない!」

「まあまあ、ほらほら。お茶も飲みなって」

「……苦いっ! けど、スッキリする!」


 マスティの言いたいことはわかる。

 アセットも、情報というものの重大さはわかっていた。わかった気になってるだけかもしれないが、それでも重要なことだ。

 知らない敵とは戦えない。

 わからないことだらけでは、戦いにならないのだ。

 だから、せめて相手と互角以上に渡り合うためにも、知る必要がある。

 それは理屈であり、道理だ。

 だが、そんなものをものともしない声が立ち上がる。


「大丈夫ですわ! きっと、勇者様が全てを解決してくれますの!」


 声を発したのは、シャルフリーデだ。

 どうやら彼女は、例の勇者様にゾッコンのようである。よくもまあ、会ったこともない人間にそこまで入れ込めるものだ。どんな人物かはわからないし、男性か女性かも不明なのだ。噂話という段階では、まだまだ非実在の可能性だってなくなった訳じゃない。

 そして、もう一人の夢見がちな女の子も呼応して立ち上がる。


「そ、そうね! 勇者様がいるんだものね。ああ、どんな方なのかしら」

「決まってるわよ、ロレッタ。とても素敵な、白馬にまたがった王子様よ!」

「魔王も闇の軍勢も、そのエクス・マキナとかってのもやっつけてくれるのかしら。……でも、その前にわたしたちもできることをしないとね」

「あら、なにそれ? わたくしにできること?」

「そう、シャルとわたし、そしてみんなでできることよ」


 ロレッタは両手を広げると、皆をぐるりと見渡した。

 彼女の言葉にカイルが、うなずきながら立ち上がる。


「例の遺跡、か……あれからもう十年近く経ってるよな。なあ、ロレッタ。アセットも」


 そう、アセットたちは知っている。

 鎮守ちんじゅの森の最奥さいおうにある、古い古い遺跡。どれくらい古いかもわからない、そして誰にも関心を持たれていない遺跡がある。

 アセットが村を出て、王都での勉強を選んだ理由も……実はこの遺跡だ。

 幼少期、三人の子供が遺跡に勝手に入って、迷子になったことがあるのだ。

 それがアセットとロレッタ、そしてカイルである。


「カイル、アセット。それに、シャルもマスティさんも。わたしたち、少しなら遺跡に入ったことがある。勿論もちろん、それだけじゃ危ないけど……でも、ミルフィを案内することができるわ」

「本当か、ロレッタ!?」

「ただし、戦うことはできないわね。ミルフィだって、そうでしょう? あの巨神がちゃんと動けなきゃ、戦えないと思うの。だから、まずは偵察っていうか、そういうのよ」

「なるほど……よし、斥候せっこうとして敵の戦力を確認してくる!」

「だから、ミルフィ一人じゃ無理だって。ほら、座って」


 ロレッタの提案にカイルも言葉をえる。

 こういうところはずっと、小さい頃から変わらない。

 そして、勿論アセットの冷静さ、慎重さも求められてきた。


「遺跡は危険な場所だし、入ったのがバレると怒られる。それはもう、滅茶苦茶めちゃくちゃに怒られる。俺たち、経験済みだものな。だろ、アセット?」

「そうだね。それにあの時は運良く、外に出てこれたけど……中は入り組んで迷宮みたいになってる。なんの準備もなしに入るのは危険だよ」

「そういうこった! だから、俺は残る。あ、怖い訳じゃないぜ? 俺、こう見えても自警団の真似事みたいなの、やらせてもらってるからさ」


 カイルの計画はこうだ。

 アセットたちが遺跡におもむき、カイルは村に戻る。予め合流予定時間を決めておき、探索班はそれまでに村に戻ってくること。もし、時間を過ぎても戻らない場合は、カイルが自警団の大人たちと一緒に遺跡へ救出に向かう。

 安全策としては上々で、カイルなら大人たちも動かしやすい。

 だが、何事にもイレギュラーはつきものだ。

 そして、彼女の発言は今までを思い返せば当然にも思えた。


「なっ、なら、わたくしも村で待ちますわ! 荷物の整理もしたいですし!」


 シャルフリーデは、カイルにまたもひっついた。

 アセットは、何かがビギィ! と壊れるような音を聴いた気がした。それは脳裏にイメージされた音で、もたらしたのはロレッタだとすぐにわかった。

 ロレッタは、やっぱり今も女の子がしてはいけないような顔になっていた。

 怖い、凄く怖い……けど、すかさずアセットはフォローする。


「と、とにかく、二手に分かれるのは賛成かな。カイル一人だと、村になにかあった時にカイル本人が遺跡まで走らなきゃいけない」

「そゆことだ、流石さすがアセット。で? なんか納得いってない顔だな、ミルフィは」


 ミルフィは腕組み首を捻りながら、僕たちのやり取りを見ていた。


「無線機、通信機の類はないのか? ……ないよな、こんな未開文明じゃ」

「えっと、一応ミルフィから借りてる腕輪があるけど」

「そう、それを使えば離れていても通話が可能だ。でも、一つしかないんじゃ意味がない」

「ビルラさんに出てきてもらって、伝令役を頼むことは」

「ビルラは基本、立体映像だ。腕輪の効力が届く範囲にしか出現できない。遮蔽物があまり多過ぎると、そこから先には進めないんだ」


 謝罪するように腕輪が、リン! と鳴った。

 ビルラは食事の必要がないから、出てきていない。

 というか、先程からなにかを考え込んでいたように見える。彼女はミルフィのサポートをする人間で、まあ、広義の意味では人間じゃないが頼れる存在だ。

 そのビルラは、なにか懸念があるのだろうか?

 それを聞きたかったが、アセットはビルラを呼び出す方法を知らない。

 腕輪こそ自分に装着されているが、基本的にビルラはミルフィの相棒なのだ。


「よし、じゃあ早速行動し始めようか。――念結」


 パンパンと叩いた手を、マスティがお馴染みのポーズに組み合わせる。そして、両手をゆっくり広げると……光が集って魔造書が出現した。

 マスティも魔法を使えたとは、驚きである。

 彼女は柔らかな声で魔法を組み上げ、全員に見えるように時間を可視化した。

 二桁ごとに区切った数字が三つ、それぞれ時刻を表している。


「今が丁度、午前の十一と半じゅういちじはん。ここから歩いて遺跡にいって、うん……四時間後、午後の三と半さんじはんにまたここで落ち合おう。この魔法はしばらくここに残るから、合流までの時間はわかるね?」


 こうして、アセットたちはカイルとシャルフリーデを残して出発することになった。

 この時まだ、誰もが思いもしなかった……村からほど近い貯水池の奥、歩いていける距離に世界の秘密がひそんでいるなどとは。それがまさか、ミルフィたち宇宙の民にとっては恐るべき敵だということが。

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