第4話「少女、魔神、そして妖精」

 アセットは動けなかった。

 極度の緊張が彼から、身体の自由を奪っていた。

 それに、動きたくなかった。逃げ出す訳にはいかない……背後では、ロレッタが腰を抜かしてへたりこんでいるのだ。

 彼女を守る、それは自分で友とちかった使命のようなものだ。

 ただ黙って見上げていると、大樹の上で少女が口を開いた。


「蜍輔¥縺ェ?√??謇九r荳翫£繧搾シ」


 耳慣れぬ言葉だ。

 王都では、違う土地の同級生たちが沢山いた。皆、得手不得手こそあるものの、授業は全て共用語である。中には流暢りゅうちょうな学生もいたが、ふとしたはずみに故郷の言葉が出ていた。

 語学もそれなりに学んだが、聞いたことのない言語だった。

 だが、向けられた殺意は本物だ。

 見慣れいない小さな武器も、不気味ににぶく輝いている。


「縺ゅ≠縲√◎縺?°窶ヲ窶ヲ險?闡峨′騾壹§縺ェ縺?°縲ら┌逅?b縺ェ縺??√%繧薙↑譛ェ髢九?諠第弌縺倥c縺ゅ↑」


 若干、少女の気迫が薄らいだ。

 なにか、見下みくだされたような雰囲気を察したが、アセットはなにも言わずに立ちはだかった。実際、木の上から見下みおろされてるのだから、その立ち位置ゆえの感覚かもしれない。敵意を向けられているが、それを増幅させるような行為は選びたくなかった。

 自分で言うのもなんだが、アセットは平和主義者だ。

 そう、戦いなんてごめんだし、殺すのも殺されるのも嫌だ。


「ねえ、君……降りてきて話をしないかな。できれば、その、武器? そう、武器みたいなのをしまってさ」

「縺上▲縲?橿豐ウ讓呎コ冶ェ槭′隧ア縺帙↑縺??縺具シ溘??縺セ縺ゅ?√◎縺?□繧医↑」

「あー、えっと、武器! 下ろす! 話! する! ……駄目か?」

「驫?r荳九£繧阪→險?縺」縺ヲ繧九?縺具シ溘??縺セ縺や?ヲ窶ヲ縺薙?蜴滉ス乗ー代°繧牙ョウ諢上?諢溘§縺ェ縺?′」


 自体が一向に好転しない中、後ろからシャツをグイと引っ張られた。

 肩越しに振り返れば、涙目のロレッタがぶるぶる震えている。


「あっ、あの子、なに? なんか、怒ってるのかな。もしかして、巨人の連れてる妖精かなにかかな」

「いや、どう見ても僕たちと同じ人間に見えるけど。……ただ、普通の人間じゃないね」


 改めてアセットは、謎の少女を見やる。

 真っ白な髪は、酷く短く刈り込まれている。ささやかな胸の膨らみがなければ、少年と見紛うばかりの無造作な髪型だ。そして、同じように真っ白な肌は顔しか露出しておらず、まるで淡雪あわゆきのようだ。

 ちょっとせてて不健康にも見えるが、全身からみなぎる迫力はただ事ではない。

 さて、どうしたものかとアセットが途方にくれていると……突然、目の前に光が屹立きつりつした。シュン! と音を立てて、少女がもう一人現れる。


「險?隱櫁ァ」譫舌?∫ソサ險ウ邇?1???……ん、少年。私の言葉が理解できますか?」

「……喋った!? い、いや、さっきから声は聴こえてたし、言葉だろうとは思ってたけど」

「君たち二人の会話パターンから、どうにか翻訳プログラムを作成することができたようです。まずは非礼をびましょう。それと、ミルフィ。銃を下ろしてください」


 ミルフィと呼ばれた頭上の女の子は、おずおずと武器を下げた。

 銃とか言うらしいが、突きつけられているだけで胸の奥が不安にざわめく。どういった攻撃能力かはわからないが、恐らく飛び道具だろう。そして、かなりの威力をアセットは感じた。

 それを構えたミルフィが、とても恐ろしく思えたからだ。


「窶ヲ窶ヲ縺薙?縺セ縺セ蟶ー縺呵ィウ縺ォ繧ゅ>縺九↑縺?¢縺ゥ?」

「いえ、そうでもありません。御存知ごぞんじの通り、機体の損傷度が激しく、機能低下がいちじるしいんです。ほら、光学迷彩機能こうがくめいさいきのうも不安定でしょう?」


 不意に、巨木をいつわる眼の前の風景が歪んだ。

 そして、まるで本のページがめくれるように色彩が剥げ落ちてゆく。

 そこには、力なくうつむく巨人の姿が現れた。

 何かの魔法か、それに類する力だろう。術が視覚を歪めて、その奥の巨人を隠していたのだ。大樹にもたれるようにしてうずくまる、それはやはりよろいを着込んだ人の姿に見えた。


「こ、これは……」

「隕九k縺ェ?√??隕九k繧薙§繧?↑縺??ヲ窶ヲ縺薙l縺ッ縺雁燕縺溘■縺碁未繧上▲縺ヲ縺ッ縺ェ繧峨↑縺?b縺ョ縺??」

「ご、ごめん。怒ってる、よね? けど、見るなと言われても」


 なんとなく、ニュアンスで少女の言葉が伝わった。

 だが、次の瞬間……木の上の少女がふらりとよろけた。その身体から力が抜けたように、真っ逆さまに落ちてくる。

 咄嗟とっさにアセットは、瞬発力を爆発させた。

 貧相な脚力と筋力とで、真っ直ぐ落下地点へと走る。

 滑り込むようにして、全身で受け止めることに成功した。


「あ、危ない……うわっ、軽い!? ……気を失っている、のか?」


 抱き上げてみれば、やはり人間だ。それも、同世代の女の子である。そして、顔色が悪かったのは体調が優れないからのようだ。うっすらと汗ばんだ表情は、浅い呼吸を刻んでいる。触れてみると、少し熱っぽい。

 すぐによたよたと、四つん這いのままでロレッタがやってきた。

 まだ足腰が立たないようだが、彼女は精一杯の勇気を振り絞ってくれてる。

 そして、先程光となって現れた少女が突然目の前にやってきた。

 まるでそう、点から点へと瞬間移動したような動きだった。


「ありがとう、異星の少年。それと、そちらの少女も。私は実体がないので、今のは危ないところでした」

「実体が、ない?」

「ええ、こういうことです」


 真顔で少女は、ロレッタの顔へと手を伸ばす。だが、ビクリと震えるロレッタに触れることはなかった。なんと、彼女を通り抜けて、背中側へと腕が突き抜けてしまった。


「そうか……まぼろし蜃気楼しんきろうとか陽炎かげろうのようなものなんだな」

「理解が早くて助かります。私の名は、ビルラ。この人型万能殲滅兵装ひとがたばんのうせんめつへいそう、メガリスの制御AIです」

「え、えっと……兵装? これ、兵器なの? エーアイ、というのは」


 ミルフィを抱えたまま、アセットは混乱しつつ固まってしまった。そして、背中にはがっちりとロレッタが抱きついている。

 ビルラと名乗った少女の影は、しばし腕組み考え込む仕草しぐさを見せた。

 そして「……ええ、では」と一人で納得した様子である。


「ようするに、この魔神は戦争の道具です。ミルフィが乗って動かす、機械の鉄巨人なんです。そして私は、その妖精さんです。……どうでしょう、いい感じかと思えますが」

「あっ、うん……なんとなく、ニュアンスは伝わる」

「それはよかった。それで、実は折り入ってお願いが――」


 その時だった。

 アセットの背後で、弾んだ声が興奮を発した。

 ようやく立ち上がったロレッタが、ひとみを輝かせている。

 彼女はこう見えて、人一倍好奇心が強いのだ。


「妖精! 今、妖精って言ったわね! あなた、妖精なの?」

「ええ。厳密には違うのですが、君たちの文明や文化のレベルに合わせるなら、そういう表現のほうがわかりやすいでしょう」

「そうなのね、それで少し透けて見えるんだ。そっか、さっき触れなかったのもきっと妖精だからね! それで? この巨人は、機械って……じゃあ、人が作ったの?」

勿論もちろんです。残念ながら、詳しく見せたくはないのですが……御覧ごらんの通り、かなり損傷が激しいのです。それで、姿を隠す機能も上手く作動しません」


 改めてアセットも、巨人を見上げる。

 恐らく、両足で立てば神木と同じか、それ以上の大きさだ。今は力なくうなだれ、動く気配がない。そしてよく見れば、人の姿を模しているが、生物ではないようだ。

 両腕と両足は太く、鋭角的なラインが複雑に絡み合っている。

 張り出た胸や肩は、やはり騎士の甲冑かっちゅうを思わせた。

 そして、かぶとを被ったような頭部に並ぶ双眸そうぼうは、光を失っていた。


「これが、兵器……じゃあ、なにと戦ってここへ?」

「……それは、少し説明が難しいですね。私たちにも禁則事項きんそくじこう、つまり破ってはならぬ法があります。今回の墜落はイレギュラーな事態なので、前例もありませんし」

「星々の世界から、来たんだよね?」

「うーん、困りましたね。未開の惑星への干渉は禁じられているんですが」


 ビルラは困っているようだが、表情が全く変わらない。その整い過ぎた顔は、ともすれば人形のようだ。王都の芸術家たちが生み出す彫刻よりも、どこか冷たい神々しさがあった。


「私たちは長らく、宇宙で……星の海で敵と戦っています。これ以上はプロテクトがかかっていて、私の権限では話せません。まあ、神と悪魔がガチンコバトルだと思ってください」

「……君は、ビルラとミルフィは……神様の側? それとも、悪魔の側」

「それは勿論、善なる神の使徒……だと、いいのですけど。正義の元に戦っているつもりです。まあ、戦いとは常に正義と正義がぶつかり合うものですが」


 ビルラも懸命に言葉を選んでいるようだが、見えない成約があるらしい。

 それでも、彼女はどうにか簡潔に要求をまとめてくる。


「これはお願いで、君たちの善意に頼りたいのです。ミルフィは、極度の疲労で消耗しています。メガリスが持つ休眠装置も、今は上手く動かないでしょう。そこで」

「この子を休ませてあげればいいんだね?」

「……お願いできますか? それも、できれば存在を他者には知られたくありません」

「僕たちの手にはあまるとは思うけど……なにか事情があるんだね」

「ええ、それはもう面倒臭い大人の事情があります」


 なんとなく、ビルラの言動は人を喰ったような雰囲気がある。それがまた、ミステリアスな美貌を一掃妖精らしく飾っていた。

 そして、ロレッタはそれに一発でやられてしまったらしい。


「いいわ、アセット! この子、助けてあげましょうよ。ねっ、妖精さん! わたしに、わたしたちに任せて! 少し暖かいベッドで寝て、栄養のある食事を食べれば大丈夫!」

「ありがとう、異星の少女。確か、名は先程」

「わたしはロレッタ! こっちは幼馴染おさななじみのアセットよ」

「では、お願いできますか? 私は機体を……魔神を復活させる方に力を使いますので」

「魔神さん、治るかしら。元気になるといいのだけど」

「ええ、直りますよ。ただ……少し時間がかかりそうですが」


 それだけ言うと、ビルラは静かに薄れていった。最後に彼女は、もう一度だけ「頼みます」とつぶやき、そのまま跡形もなく消えてしまうのだった。

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