第51話 聖女と勇者

 裁きが終わり、レンリは機関の人間によって連れていかれた。救世機関に尽くすことが罰だと判断された者はその者たち専用の部屋があてがわれる。


 レンリはそこに案内されたのだ。本来凶暴で一々命令しなければならないやつは牢へと戻るがレンリには関係ないだろう。部屋を出るときの彼の表情を見るにもう囚われていた鎖から解き放たれたはずだ。凶行に及ぶこともないと思う。


「終わったわね。満足いく結果だったかしら?」


「ああ、十分だよ。悪かったな、彼の父親の件を教主様に頼んでもらって」


 アリエスは笑顔でかぶりをふる。


「気にしないで。私もあの子の境遇には同情していたし、アルカン王国の行いについても憤っていたから」


 アリエスは徐に立ち上がり、手を上に思い切り上げて体を伸ばす。


「さて、それじゃあこれからどうする? 今日はお互いに何もないでしょ?」


 当然のように俺の予定を知っていることは置いておく。仮に口に出したとしてもそれが何かと言われるのが落ちだからだ。


「何もなければ何かしなければならないわけじゃないだろ。俺は体を休めつつ瞑想でもして精神統一でもしているよ」


 俺が適当な逃げ口上を口にするがアリエスはにっこりと笑い顔を近づけてくる。俺の視線は自然とあらぬ方向へと移動していく。


「却下よ。そんなつまらないことするくらいなら私に付き合いなさい」


 有無を言わせずアリエスは自分の要求を突き付けてくる。彼女らしいと言えば彼女らしい。調査の間は鳴りを潜めていたが押し込めていた分終わった今、爆発したのかもしれない。


「分かったよ。だが、何か目的はあるのか? 流石に今から街に行ったりはできないぞ」


「そんなことは十分承知しているわ。ここからそう遠くない場所みたいだし大丈夫だと思う」


 そう言ってアリエスは本部の外へと向かっていく。彼女の意図は分からないがとりあえず俺はその背についていく。




 本部から走ること一時間、俺はアリエスを背負ってある森の中に来ていた。ここが目的地のようで彼女は俺の肩を叩いた。


「まさか人一人背負って一時間の走らされるとは思わなかった……」


「別にこのくらいどうってことないでしょ? 全然疲れてないことくらい知ってるわよ」


 アリエスはにやりと笑って意地の悪い視線をこちらに向けてくる。俺はその視線から逃れるように身をよじる。


「さあ、くだらないこと言ってないでついてきて。おそらくここら辺にあるはずだから」


 アリエスは木々の間を抜けて森の中を歩いていく。俺は疑問を持ちつつその後を追っていく。


「ここに何があるんだ?」


「分からない?」


 アリエスの言葉を受け思考を巡らせるが、記憶の中から答えを見つけ出すことができない。俺が黙っていると沈黙を破るように口を開いた。


「レンリ君のお父様のお墓があるのよ。ここにね」


 澄まし顔で答えるアリエスと対照的に俺は苦々しい表情を浮かべた。


「……分かるわけないだろ」


「あら、シンの方がレンリ君と仲が良かったから知っているのかと思っていたのだけど」


 アリエスはこともなさげにそう答えた。しかし、そんな勘違いをすることはあり得ない。俺の記憶は高頻度で読まれている。つまり、俺の知っていることは彼女も知っているはずなのだ。


 だから、これは彼女なりの抵抗なのかもしれない。人の懐に入りこんだり、交渉をしたりといった対人の対応は自分の方が優れているんだという主張なのだろう。


 先ほどの言葉をそう解釈すると途端に皮肉のようだった言葉も可愛らしく感じてしまう。思わず笑い声が漏れ、アリエスにじっとりとした目を向けられる。


「……何よ」


「何でもない。それよりも早く墓の場所を探すぞ。もたもたしていると日が暮れてしまう」


 アリエスは納得はしていない様子だったがそれでも俺に近づいて来ることはなかった。


 数分ほど歩くと以外にもあっさりと目的のものは見つかった。開けた場所に盛り上がった不自然な土の山があったからだ。


「これがレンリ君が作ったお墓ね」


「かなり適当な作りだな。事件から十年近く経っているというのに作り直したりしなかったんだな」


「……彼は復讐を果たしたらここに戻ってくるつもりだったみたいよ。敵を討つまではお父様のもとへは戻ってこない覚悟を持っていたみたい」


 くだらないと一笑することは簡単だ。だが、俺にはそうはできなかった。俺自身彼の思いは痛いほど理解できたからだ。


「なるほどな。それでこれをどうするんだ?」


「これを供えるのよ」


 アリエスはそう言うと一本の剣を神具から取り出した。それは救世機関のシンボルである天秤の意匠が刻まれたものだった。これは機関の人間やその協力者が死亡した場合にその功績を称えるために与えられるものだ。


「いいのか勝手に持ち出して」


「勝手じゃないわ。お父様には確認を取ったもの。それにこれはレンリ君への対価の前払い。全くもって問題などありはしないわ」


 アリエスは屁理屈をこね、純白の剣を固くなった土の山に突き刺した。その後、無言で手を合わせて目を閉じた。俺もそれに倣う。一分ほど静寂の中に俺たちは身を落とした。木漏れ日や小鳥たちのさえずりが心地良い。だが、その時間をずっと謳歌するわけにもいかない。俺はゆっくりと目を開けた。


「これで良しっと。それじゃ本部に帰りましょうか」


「ああ、そうだな」


 俺は一歩踏み出す前にほんの少しだけ首を傾け振り返ると、剣に日の光が反射して絵画に描かれる一幕のような美しさを醸し出していた。


 すべてが丸く収まったとは思わない。だが、これでよかったのだろうと俺は思った。


「シン、何してるの? 早く帰りましょう」


「今行く」


 俺はアリエスの方へと歩き出した。

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