第31話

 アイリスがアルサメナ達の説得を真面目にやっている裏で、能天気な敵役達は何も考えずに次なる手を打っていた。


「ベルミダ!いるか!」


 ナローシュは勢いよく扉を開け放った。


「……おります」


 ベルミダは、その無作法を咎めようとも思わなかった。


「……わざわざ陛下が直々にいらっしゃるなんて、何か急ぎのご用件でしょうか?」


「婚約者の顔を見に来るのに、理由がいるのか?」

 

 笑みを浮かべるナローシュは、当たり前のように言う。


「陛下、貴方が例えどのような絶対の権力を持とうと、私の心を変える事はできないでしょう」


「ああ!変えるつもりなど全くない!」


「え……?」


 ベルミダは明確に拒絶の意思を示したつもりだったが、きっぱりと言うその言葉に耳を疑った。


「……私の気持ちを理解しているのですか?」


「俺に分からないことなどないのだ!何の問題もない!」


 自分が好かれていると思い込んでいるナローシュの頭の中では、彼にわからない事など一つもなかった。


「……それは……どうでしょうか」


 ほんの一瞬、希望が見えかけたような気がしたベルミダは、相変わらず人の気持ちが分からない相手の言動に、心底呆れ果てていた。


「全く、素直じゃないのは仕方ないが、そこまで頑なだとな、あいや、そういうのも可愛げというものか」


 一方で、ヘラヘラと笑うナローシュは何が起きているのか、さっぱり分かっていなかった。


「お褒めに預かり光栄ですわ、ですけど何度も言うように、私は妃となるつもりはありませんわ」


「…………え、なんだって?」


 ナローシュは凍りついたように固まった後に、漸く自分が何を言われたのか理解した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「分からないなら、分からないで結構ですわ。絶対にお断りです、未来永劫に」


 直截的に言う他ないと思ったベルミダは、身の危険も省みず、本心を話した。


「ベルミダ!」


「……やめてください」


 焦った顔をして摑みかかるナローシュ。


「今まで無理矢理な事は極力避けていた、それも君を思うが故の行動だった……だが、そう言う態度を取るならば、俺にも考えがある」


「……どうするつもりですか?」


「俺が暗殺されていない理由を知っているか?」


「……」


「自分でも己の愚かさ具合は知っている、だが、それをもっても俺が殺されていない。この意味が分かるな」


 だれが聞いても、脅し文句にしか聞こえない言葉だった。


「……非力な私には、逆らう術はありません。ですが……もし、陛下にも、私を思う心があるのなら……諦めがつく理由は必要です」


「まだ何か必要か?王であるこの俺が、一体誰に憚るという?」


「……花嫁の父親が了承もしていないのに、娘を奪い取るのですか?」


 ベルミダは常識に則って、至極真っ当に反論した。


 父親が望まないなら、流石に王であろうと引き下がるだろうと。


 そして父親なら自分の本心を知っているはずで、仮に何を言われたとしても上手くやってくれるだろうと。


 他に正当性のありそうな理由が思いつかなかったベルミダは、父親に最後の望みを託した。


「……なるほど、言われてみればその通りだな」


 策にハマったナローシュは、あっさりと納得した。


「……本当に私の父が同意するなら、ですが」


「だが、そうすれば、君の迷いは無くなるんだな?」


「……わが王に従いましょう……」


「よし、頼みに行ってこよう。……ふふ、笑いが止まらないな、俺の勝利か……!」


 意気揚々と部屋を出て行くナローシュ。


「……そして私は……嘆き悲しむ事でしょう……」


 その背に向け、ベルミダは小さく呪詛を吐いた。

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