第十九話 白浜の誕生日会

 翌日。教室の席に座ると、前田が近づいてきた。あの『妖怪なんでも百科』ともう一冊、ぶあつい古びた本を持っている。

「あの、これおじいちゃんが持っていた本なんだけど、ネコマタについて詳しく書いてあるの。もし興味があるなら貸してあげてもいいわよ」

「へー、ありがとう」

 ぼくは笑顔で本を受け取った。前田はホッとしたのか、肩の力を抜いている。

「こっちはまだ読んでいてもよかったのに」

 妖怪百科を向けると、前田は「いいの。全部読めたから。ちょっと寝不足」と小さく笑った。

「面白かった?」

「まあまあね。目新しい情報はなかったけど、イラストが良かったわ」

「ふーん」

 ぼくは妖怪百科のページをパラパラとめくった。女子が好みそうな丸みのある絵柄が多い。前田もこういうのが好きなのか。おどろおどろしい絵が好きなのかと誤解していたが、陰陽師の生まれかわりだのって話も冗談だと言っていたし、不器用なだけで特別変わり者でもないんだろう。

「そうだ。マタヲのやつさ。昨日彼女ができたって言ってさ」

 ぼくは前田以外にもマタヲのことを見える人がいることを話そうとした。

 でもそこへ、カズヤの声がかぶさってきた。

「おー、トモキ。なにセイメイと話してんだよ。呪われるぞー?」

 がさっと乱雑にランドセルを机に置くと、カズヤは前田をどかすようにして、ぼくの席の前に立った。

「トモキを呪ったらゆるさねーかんな。こいつ、怖がりなんだから近づくなよな」

「カズヤ」

「だってそうだろ? 一年生のとき、お化け屋敷で泣いてたじゃん」

「あれは、音にびっくりして」

 ぼくは嫌な気分になった。カズヤは無神経なところがある。昔から仲が良いけど、そのぶんぼくの思い出したくないこともよく覚えていて、こうやって人に話すところがある。

 ぼくは『妖怪なんでも百科』を手さげ袋に入れると、前田のおじいさんのものだったという本のページをめくった。ちょっとだけどんなことが書いてあるか読んでみようと思ったのだ。

「なんだ、その本。ページが茶色じゃんか。きたねー」

「やめろよ、貴重な本なんだぞ」

 ぼくはバンと本を閉じてランドセルにしまった。前田は自分の席に戻ろうとしていたけど、カズヤが引きとめた。

「なあ、セイメイはさ、トモキが好きなんだろ?」

「え、なになに、その話。恋バナ?」

 白浜ユメが話に混ざる。ぼくの隣の席にピンク色のランドセルを置く。

「いやさ、セイメイがトモキのこと、ていうか。白浜さんも聞いてたんじゃないの? 昨日図書室で」

「あー」

 と白浜は憂鬱そうな顔をして首を振る。

「昨日のことはあまり思い出したくないの。すごく、その……悲しかったから」

「わ、わりい。泣かされたんだったな、前田に」

 カズヤがあわてて片手をごめんと上げている。前田はその姿に鋭い視線を送って何か言いかけたが、ぼくを見てから、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「いいの、わたしも悪かったし」

 しゅんと悲しげな顔をする白浜。たしかにチワワみたいだと思った。耳をたらして目をうるませるチワワ。笑いそうになり、ぼくは手で口をかくした。

 前田に目をやると、彼女も笑いをかみ殺すような顔をしている。

 カズヤは「そんなー、白浜さんは悪くないよ」と言ったあと、前田の方を向く。

「おい、なに笑ってんだよ。みんなの前で白浜さんのこといじめたんだろ? 最低だぞ、お前。ちゃんとあやまったのかよ」

「な、なんでわたしが」

「あやまれよな」

 カズヤが前田に詰めよる。

「いいの」と白浜がカズヤの腕にさわった。

「でも」

「いいんだって。それより、あのね」

 白浜は急に笑顔になると声をはずませた。

「土曜日にわたしのお誕生日会をするの。もしよかったら、二人も来ない?」

 ぼくとカズヤに大きな目を向けてくる。

「え、いいの!」 

 カズヤは大喜びだ。ガッツポーズをして、大げさに「ヤッホー」と声をあげている。

「今井くんは?」

「女子も来る?」

「え、ああ、もちろんよ。クラスの子はみんな来るよ」

「前田さんも?」

 ぼくが名前をあげると、自分の席に去りかけていた前田が振り向き、白浜は「あ」と言っていっしゅん固まった。

「も、もちろんよ。いまから誘うとこ。ね、前田さん、土曜日なんだけど」

「行かない」

「あ、そう」

 白浜はカズヤと目を合わせて肩をすくめる。

「あいつが来たら誕生日会がぱあになるぜ」

 カズヤの言葉に、

「もう、ひどいこと言わないで」

 白浜は怒ったふうに顔をしかめる。

「前田さん、もし気が変わったら来てね。プレゼントはいらないから」

 教室中に響く声でそう言った。

 前田は目を細くして白浜をにらんだが、何も言わずに自分の席についた。机の中から小説を取り出すと黙々と読み始める。

「かんじ悪い奴だよな、あいつ」

 カズヤが臭いものでもかぐように鼻にしわを刻む。

「トモキ、あいつとかかわるのよそうぜ。なんか、お前のこと好きらしいけどさ、無視しときゃそのうちあきらめるって」

 身をかがめてそう言ったカズヤ。白浜はくすっと笑う。

「冷たくすると呪われちゃうよ。陰陽師だもん、式神を使うんだよ」

「え、式神って?」

 カズヤが大声で聞き返す。

「映画で見たことあるの。陰陽師の召使みたいな妖怪がいてね」

 ぼくは白浜とカズヤの間にはさまれていたけど、その会話には参加しなかった。そのうちチャイムが鳴り、担任の青山先生が教室に入って来た。

「きりーつ」

 日直が号令をかける。

「れいっ」

 頭を下げたとき、白浜がささやいた。

「今井くん、お誕生日会、ぜったい来てね。わたしケーキを焼くの。プレゼントはいいから、ケーキ、食べに来てよ」

「ちゃくせーき」

「おはようございます」

 ぼくは、あいまいにうなずくだけで、はっきりと返事はしなかった。

 それでも白浜は満足したように満面の笑みを浮かべていた。

 そのあと授業中も、彼女はずっと機嫌がよかった。

 何度も挙手をして、正解を連発。青山先生も「白浜さんはよく復習ができていますね」とほめていた。

 いっぽう前田は、ずっとカメみたいに背中を丸めていた。

 ぼくはその姿に気づきながら、それでも休み時間も昼休みも、ずっと前田に声をかけられずにいた。

 結局、下校時もカズヤといっしょにすぐに教室を出てしまった。

 

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