06:Suspect×Observer

 メモに書かれた道順通りに男は歩く。

 思った通り、監視カメラを掻い潜るための複雑な順路だった。

 普通に歩けば10分と掛からない距離を、1時間近く歩かされた。

 辿り着いたのは廃れたコインロッカー。

 扉が壊れたロッカーもいくつかある。

 その中で、鍵に書かれた番号を探す。

「あった……」

 その扉は誰かに殴られたかのように凹んでいた。

 不安になりながら鍵を差し込み、回す。

 カチャリという軽い音が聞こえたと同時に、スムーズに扉が開いた。

「ん?」

 そこにあったのは3つの大きなファイル。

 全てが紙媒体の資料だ。

 こんなに大量の紙を見るのは初めてだった。

 男は背負っていたリュックを下し、その中から大きな空箱を取り出した。

 代わりに全ての資料をリュックに詰め、空箱をロッカーに仕舞う。

 何かしらのが入れられているとは予想していた。

 だからこそ、リュックに空箱を詰めたのだ。

 それらを入れ替える事で、カメラから消える前と後の差異を少なくするのが目的だ。

 ロッカーの扉を閉めて、施錠する。

 ここまで来てやっと一安心だ。

 武装警備員の尾行が付いている可能性を考えていたのだ。

 恐らく、尾行はされていない。

 尾行が付いていた場合、ロッカーを開けた時点で取り押さえられていただろう。

 それがないという事は、とりあえず安心できる。

 男がリュックを再び背負う。

 先程と違い、両肩にはずっしりとした重みがのしかかってきた。

「紙媒体使ってた時代は大変だな……」

 しみじみと思う。

 今は全てが電子デジタル化され、端末さえあればどこでも、いつでも膨大な資料を閲覧できる。

 紙媒体は火や水に弱く、バックアップも取りにくい。

 内容の共有にはその分印刷するか、1枚を複数人に手渡しで回すしかない。

 そして、何よりも重すぎる。

 こんなもので情報の共有などを行っていたのかと考えると、今がどれだけ便利なのかを痛感させられる。

「さ、帰るか……」

 道順を逆に辿る。

 たまに休憩を挟みながら、やっと家まで辿り着いた。

 外出規制時刻ギリギリだ。

 危ない所だった。

 周りを気にしながら歩き回ったお陰でもうヘトヘトだ。

 とにかく、今日は早く寝たい。

 資料を検めるのは明日からでもいいだろう。

 リュックから出したソレの量にうんざりとするのも確かだが、男が昔から知りたいと思っていたが詰まっているに違いない。

 それを知った後、男は今まで通りの生活が出来るのだろうか。

 そんな不安さえ湧いてくる。

「とりあえず、シャワー浴びるか……」

 考えていても仕方がない。

 もう資料は男の手にあるのだ。

 しかも、リーダーの男からは『託す』とさえ言われた。

 そこで、ふと気が付く。

 『託す』?

 つまり、あの人たちには、この資料は既に不要だという事か。

 この資料があれば、あるいは新たなメンバーを引き入れる事も出来るだろう。

 人員不足はあの組織にとっては早急に解決すべき問題なのではないだろうか。

 それを放棄している。

 だとすると、彼らは既に終着点に到達しようとしている事にならないだろうか?

 彼らの終着点とは?

 解散の二文字が過ったが、それはないだろう。

 煙管の女の言葉が思い出された。

 あの憎み方はそう簡単にあきらめられる様なものではない。

 では、ルナシティへの攻撃?

 しかし、それはリーダーの男がキッパリと否定していた。

 いや、そもそもリーダーの男の言う事をそのまま信じてしまっていいのだろうか。

 思考が堂々巡りを始めた。

 辞めよう。

 男は浴室へ向かった。

 今日は何も考えずに寝るのが一番だろう。



「少し、よろしいですか?やはり怪しいです」

 武装警備員の部下がそう言った。

 今日会った時点で怪しいと睨んでいたが、尾行イタチを付けれるだけの人員がいなかった。

 仕方なく、カメラによる追跡を命じていたが、その日の内に尻尾を出すとは予想外だ。

「テロリストと接触したか?」

「いえ、そうではないのですが……」

 部下は言葉を濁す。

「何だ、ハッキリ言え」

「約2時間程、カメラに全く映らない時間がありました」

「カメラに映らない?」

 有り得ないと思った。

 普通に生活していれば、必ずどこかのカメラに映る筈だ。

 映らないとすれば建物内にいるかだ。

 しかも、通常の店舗などにもカメラはある。

 タブレットなどの端末にもカメラが付いている。

 表沙汰になれば問題だが、携帯端末も含めて、全てのカメラで追跡するように命じていたのだ。

 それなのに、カメラに映らないとは、甚だ有り得ない。

「自宅の端末にもか?」

「はい、どうやら自宅にはいなかったようで。しかし、外出していたにしても、何処にも映らないとは……」

「うぅむ」

 武装警備員は悩んだ。

 任意同行で尋問するか。

 しかし、カメラに映らなかっただけでしょっ引く訳にいかない。

「尾行さえつけられたら……」

 武装警備員は慢性的な人員不足を呪った。

「如何しますか……?」

 部下も困惑している様だ。

 恐らく、テロリストと繋がっている。

 それは勘だが、長年テロリストを追い続けた経験が確信している。

「明日には増員が到着するんだな?」

「えぇ、明日の朝には」

「到着次第、尾行を付けろ。絶対に尻尾を掴め!」

「はっ!」

 考えてみれば、ルナシティでテロリストとあの男が話している時点で、事情聴取すればよかった。

 考えれば後悔は尽きない。

 とにかく、明日だ。

 そうすれば何か掴める筈。

 武装警備員は深く息を吸った。

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