03:Smoker×Terranoid

 複雑な道順で歩く女。

 真っ直ぐ歩けばいい場所も、クネクネと何度も曲がって進む。

 進んでいくうちに、男は何となく理解した。

 監視カメラを避けて歩いているのだろう。

 とは言っても、ここまで右左折を繰り返すと自分の現在地が全く分からなくなる。

「安心して、帰りも案内するわ」

「助かります……」

 まるで男の心を読んでいる様だ。

 何とも不思議な雰囲気の女である。

 女性にしては筋肉質だが、身体の線は細い。

 胸と尻も程よく膨らみ、何とも抱き着心地がよさそうだと思う。

「私のとこに泊ってもいいのよ?」

 突然、耳元で囁かれた。

 気配もなく近付かれていた。

 潤滑油か燃料だろうか、油特有の匂いと一緒に、先程の煙管の煙の匂いと、女の汗の匂いがする。

「いえ、俺はあの人と話をする為に来たんで……」

「ふ~ん、そう」

 ニヤリと笑う女。

 本当に男の心を読んでいるのではないだろうか。

 再び歩き出した女の後に付いて行きながら、男は別の事を考える事にした。

 『賢い君』というのが俺の通称になっているようだ。

 それを知っているという事は、この女も勿論テロリストだ。

「普段は何をやってるんですか?」

 テロリストの日常が気になった。

「普段?働いてるわよ?私はメカニックエンジニアとして、造船所で働いてる」

「へぇ、造船……」

 この区画は機械系の製造業が集められている。

 日用の家電から、コロニー間を航行する宙域用バス。

 特別区では軍用の宙域船舶も作られているのだ。

 そんなところに、テロリストが潜んでいるのは少々不安を感じてしまう。

「元々、機械弄るのが好きだったの。手先は器用だったし」

 女は淡々と自分語りを続ける。

「最初からメカニックエンジニア志望だったんですね」

 ちょっと感心した。

 話しているだけだと、普通の人だからだ。

 潜入する為に普通の人を演じている訳ではない。

 本当に普通の人なのだ。

 とてもテロリストには思えなかった。

「ううん、最初は違う。私は地球に行きたかった」

「え?」

「もう気付いてるだろうけど、私はテラノイド、旧アメリカ軍人の子孫なの。だから、祖先の故郷を見たいなって……。それで自分で宇宙船を作ろうと思ったんだけど、個人で作れる代物じゃないしね」

 あっさりとテラノイドの子孫である事を明かした。

「そうですね……」

 正直、どう返事をすればいいか分からない。

 ついさっき感じた、『普通の人』という親近感が突如として消え去り、女がとても遠くの存在に思えた。

「一度は諦めたけど、やっぱり地球が見てみたい」

「それで、テロを……?」

「着いたわ」

 恐る恐る聞いた男の言葉を無視して女が言う。

 そこは見るからに場末の酒場だった。

 女は躊躇なく扉を開け、中に入る。

 男もそれに続く。

 中は薄暗く、誰もいない。

 カウンターを通過して、厨房へ入る。

 そこには2人の男がいた。

 どう見ても調理担当ではない。

 着崩した作業着はかなり汚れており、その手には旧式の拳銃。

 ベレッタ社製のM9、旧アメリカ軍が正式採用していた拳銃だが、男にそんな事は分からない。

「『賢い君』をお連れしたわ」

 女がそう言うと、2人の男は何も言わずに大型の業務用冷蔵庫を軽々と退かす。

 冷蔵庫の後ろには小さなドアがあった。

「隠れ家……」

「どうぞ、入って」

 ドアをくぐると、中は比較的広かった。

 少し歩いた所で、ドアが閉められる。

 恐らく、冷蔵庫を元に戻しているであろう音も聞こえた。

「こっちよ」

 50メートルほど先で女が呼ぶ。

 女がドアを開けると、6畳ほどの部屋に男が1人座っていた。

「やぁ、久しぶりだね『賢い君』。どうぞ、座ってくれ」

 声からして、この間ルナシティにいた浮浪者のような男だ。

 しかし、今日は比較的綺麗な作業着に身を包んでいる。

「どうも……」

 男は軽く挨拶をして椅子に座った。

 男の真後ろに女が立つ。

 カチャリという音に気付き、振り返ると、女の手にはベレッタM9が握られていた。

 先程の音は安全装置セーフティを解除した音だ。

「いきなり呼び出してすまなかった」

「いえ、驚きはしましたが、貴方と話したいと思ったので……」

「私も、君とは話してみたかった」

 そう言って男の前にドリンクを出す。

「何、普通のお茶だよ。市販のものだ、封も切ってない」

 テロリストからドリンクを貰うのも何だか不思議な感じだ。

 言われた通り、封も切られていない市販のドリンクだった。

「貴方達は、本当にテロリストなんですか?」

 思わず聞いてしまった。

 後ろにいる女も、この優しく笑う男も、普通の人にしか見えないのだ。

「う~ん、それは少し難しい質問だ」

 笑顔のまま首をかしげるテロリスト。

「私達は皆、テラノイドの子孫である事に間違いはない。出身国もバラバラだけどね。私は旧日本、彼女は旧アメリカ、入り口にいた2人は旧ロシアと旧ウクライナだ」

 その言葉に男は驚いた。

「旧アメリカ軍と旧ロシア軍が一緒に!?」

 元々別のテロ組織だった筈だ。

 その2つが今、1つの組織になっている。

 その脅威は計り知れない。

「ハハハ、やはり君は賢い。数年前、テロリスト一掃作戦が行われたのは知っているかい?」

 男の緊張感とは裏腹に、テロリストの男は変わらず優しく笑っていた。

「ニュースで流れてた程度には知っています」

「あれでかなりの数の同志が死んだ。現在残っているテラノイドの子孫は、私を含めたこの組織にいる14人だけだ」

「え……?」

「それに、私達はルナシティに危害を加える意思はない。私達の目的は全く別のものだ」

「目的……?」

「私達の目的は……」

 笑っていた顔が真剣なものになった。

「月と地球を再び結び付ける事だ」

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