Hole of the GLORY

Soh.Su-K(ソースケ)

01:Smoker×Terrorist

 男は喫煙スペースで煙草をふかしていた。

 小さなカプセルの様なその場所は、既に1世紀以上使われている。

 外が見える窓は黄ばみ、塗装のはげた場所はことごとくサビつき、何とも言えない虚しさを漂わせる。

 紙巻煙草を吸う人間はもう絶滅危惧種だ。

 この喫煙所を利用する人はほぼいないだろう。

 手入れがされている様子もなく、半年前に落ちていた煙草の吸殻が変わらずそこに落ちたままだ。

「まぁ、利用者少ないなら、掃除しなくていいって事だろうな。コストも下がるし」

 男は勝手に納得した。

 『貴重な酸素の無駄遣い』などと言われるが、その分、べらぼうに高い煙草税を払っているのだ。

 税を払っているの上に、まともに掃除もされない喫煙スペースをちゃんと利用しているのだ、吸う権利もある。

「さて、行くか」

 フィルターギリギリまで吸い尽くした煙草を専用のごみ箱に捨て、男は喫煙スペースの外に出た。

 ここは月面第一都市『ルナシティ』。

 人類が初めて降り立った月面近くに築かれたコロニー都市だ。

 現在は官庁を中心に商業地域が形成されている。

 この街に住めるのは官庁職員のみで、商業地域の人々は隣接する増築居住エリアに住んでいる。

 まぁ、そこに住めるのもエリートばかりだ。

 この男の様な一般人は、月から離れたコロニーに住んでいる。

 その為、ルナシティは一大観光地という訳だ。

「さて、そろそろ待ち合わせの時間だな」

 男は待ち合わせ場所を目指した。

 今は寂れたランドマーク。

 立入禁止を示すパーテーションポールに小さく囲まれた中央部分は、透明な床で月面が見えるようになっている。

 そこにあるのは、人類初の月面着陸に成功したニール・アームストロング船長の足跡だ。

 旧西暦1969年7月20日に、人類は初めて月に到達した。

 それから長らく月面に人類が立つ事はなかった。

 再び人類が月を目指したのは、地球環境の変化と人口問題が主な理由だったという。

「いたいたー」

 男がアームストロングの足跡を眺めながら物思いにふけっていると、背後から元気そうな声が聞こえた。

「よ、時間通りだな」

「仕事が押しちゃって、ギリギリだった」

 そう言って女は男に抱き付く。

「お疲れさん。しかし、よく連休が取れたな」

「日頃の行いが良いからよ?」

 女はニッコリと笑って男を見上げたが、すぐにその笑顔をしかめた。

「煙草臭い……」

「さ、行くかー」

 女の言葉を全く意に介さない男は、スタスタを歩き始めた。

「ちょっと、シカト?」

「煙草くらい良いだろー?俺の金なんだし」

「貴重な酸素の無駄遣いよー」

「あー、はいはい。聞き飽きた聞き飽きた」

「だいたいなんで今時、紙巻煙草なのよ?同じような効果があるサプリだってあるのに」

「俺は紙巻が好きなの」

「時代錯誤!」

「趣があるって言えよ」

「旧人類!」

「それ差別用語だぞ!」

 そんな他愛もない言い合いをしながらも、男女は仲良く手をつないで繁華街へ向かった。



「肉眼でも見れるのに、近付きも出来ないって皮肉よねー」

 2人は展望室にいた。

 その窓から月面と地球が見える。

 相変わらず青い地球とは、既に2世紀近く交易のみならず、交信すら出来ないでいる。

 原因は204年前に起きた月対地球の戦争だ。

 宙域での大規模な戦闘によって、地球の周りはスペースデブリで溢れた。

 その数は文字通り天文学的数字で、ルナシティですら把握しきれていない。

 その大量のデブリは地球をすっぽりと覆い、船で近付く事も出来ず、またそれらが電波欺瞞紙チャフの役割を果たし、まともに通信も出来ない。

 地球からは勿論、ルナシティからの通信電波も乱反射するのだ。

 お陰で、地球はどの天体よりも遠い存在になった。

「戦争なんてするからだろ」

「でも、地球から奴隷みたいな扱いを受けてたんでしょ?」

「……、お前、教科書の話を本気にしてるのか?」

「え?違うの?」

 男は深々と溜息を吐いた。

「独立戦争で圧勝したんだぞ?ルナノイドの科学技術はテラノイドのそれを大きく凌駕してた。そんな力関係なのに、どうやって地球は月を隷属させてたんだよ。普通に考えて有り得ない」

「それもそうか……」

「歴史なんて、戦争に勝った方が作るもんだ。『これはこうだった』って言ってしまえば、疑う人間なんていないだろ」

「確かに。それが真実だと教えられたら、そのまま信じちゃうよね」

「……、まぁ、この話はここまでにしよう。あんまり公の場所で話すもんじゃない」

「反逆罪になりそうだもんね」

 男女がまた別の話題を話し始めた時だった。

「君達は……、なんて賢いんだ……」

 何処からともなく現れた男は、襤褸切ぼろきれの様にズタズタな服で、フラフラと2人に近付いてきた。

 いわゆる、路上生活者だろう、臭いもかなりきつい。

 手には不釣り合いなブリーフケース。

 しかし、ルナシティには路上生活者はいない筈である。

 許可証がない人間はルナシティに立ち入る事すらできない。

 その許可証も申請が必要で、職に就いていない者には下りないのだ。

「下がってろ」

 顔をしかめながら、男は盾になる様に女の前に立つ。

「あんた、誰だ?」

「俺は……」

 ブリーフケースの男が名乗ろうとした時、展望室のドアが開き、3人の武装警備員が駆け込んできた。

「チッ!」

 忌々し気に舌打ちをしながら、ブリーフケースの男は別のドアへ走る。

「待て!」

 2人の警備員がそれを追い掛ける。

「大丈夫かい?」

 1人残った警備員が男女に近付く。

「大丈夫です、何もされていません」

「それはよかった」

「あの人、テロリストですか」

 警備員が少し目を見開く。

「うん、奴はルナシティに攻撃を仕掛けているテロリストの1人だ。君たちに危害を加えていなくてよかった」

「警備員さん達がすぐに来てくれたお陰です、ありがとうございました」

「運が良かっただけだよ。怪しい奴を見付けたらすぐに通報するように。それじゃ」

 そう言って警備員は去っていった。

 ルナシティへ攻撃を仕掛けているテロリスト。

 男はその言葉に、何とも言えない引っ掛かりを覚えた。

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