第5話 王女様、夢を見ました


 船酔いで倒れたアルムは夢を見る。


 それは誰もいない空間で、ただ1人彼女がいるだけの真っ白な世界。

 いつもならあるはずの空も、初めて見た海も、何もない。本当に虚無とも言える世界がそこに広がっていた。



「……あれ??」



 何故自分はここにいるのだろう。

 なんで周りになにもないのだろう。

 それを考えたところで仕方がないのはわかっているのだが、どうしても、知りたがりな彼女は考えてしまう。


 後にこれは夢だとわかったのは、次に見えた風景が見たこともない場所で誰かと会話している自分が映し出されたから。

 自分はここにいるけれど、映像のように映し出されたそれに目を背けることが出来なかった。


 イズミに似ているけれど、全く異なる人物。彼や顔に傷がついた人物と会話しているアルムの姿がいくつも映り込む。

 そこはガルムレイではないとわかったのは、彼らが見慣れない物体を手にしていたからだ。薄い板のようなものを操作したり、箱のようなものと一緒に置いてある薄い大きな板を前に何かをしていたりするのを見て、アルムはすぐに気づいていた。

 ……しかし、何故か彼らに対する感情が『懐かしい』だったことだけには違和感を持ってしまった。彼らのことは知らないはずなのに、何故か、その感情が残る。


 かと思えば、次に映し出されていたのは代赭色の髪を持った男とアルム、そしてイズミの3人が金髪白眼の青年と対峙している場面。金髪の青年の姿は人とは全く違う、半身が異形と化したものになっているのがはっきりと分かる。

 その場所もガルムレイではないとわかったのは、周囲に見慣れないものが陳列してあったから。金属のような箱がたくさん並んでいるその場所は、ガルムレイでは一切見かけることはない。

 そして何より、代赭色の髪の男と金髪の青年がガルムレイの人間ではないことがはっきりとわかってしまっていた。何故そう思ったのかまでは理由は見当たらないのだが、何故か、彼らは『違う』とだけ。


 あらゆる場面がアルムの前に映し出される。夢は夢だからなんてことはないと自負している彼女でも、その光景を忘れ去ることは出来なかったようだ。



「……今のって……夢にしては、ちょっと……」



 小さく呟いたアルムは結論を急ごうとしたのだが、それを食い止める人物が目の前に現れた。

 ジェンロ・デケム=ベル。突然現れては父からの手紙を持ってきたという魔族であり……まだまだ、謎が多く残されている男。


 ああ、これも夢だと理解したその瞬間。

 アルムの目の前が、血で赤く染まってしまう。


 彼は、ジェンロはアルムの存在を否定するかのように、アルムの腕を、身体を魔術で練り上げた刃で切り裂いた。

 この世界に『アルム・アルファード』が存在すること。それを赦さない、あるいは否定するかのように。




「――ッ!?」


 目を覚ましたその時に映っていたのは、愛する者――イズミの心配そうな表情。

 既に船は目的地である第二連合国・ディロスに到着していたようだが、彼女がうなされていたために起こすかどうか迷っていたところで目を覚ました、というのが真相のようだ。



「だ、大丈夫か……?」


「え……あ、うん……。大丈夫……」



 夢だった。

 それで終わりにするにはなんともいい難いものだが、今は、今だけはその言葉で済ませたいのが本音だ。本当にそんなことが起きてなるものかと大声で言いたくなるぐらいに。


 そんな陰鬱な雰囲気をふっ飛ばすかのように、突如扉が開かれる。まだ降りてこないアルムとイズミを心配したジェンロが迎えに来てくれたのだが、タイミングが非常に悪かったとしか言いようがない。

 イズミは大声を出すなと叱り、アルムは夢の内容を思い出してしまってジェンロを怖がってしまうしで、現場は大惨事。しかも止められる人間が誰もいないところにアルムが怖がってしまったものだから、余計にジェンロという人物が誤解されまくってしまった。


 それから数分後にリイがようやく見に来てくれたのでその場は収まったが、アルム、イズミ、ジェンロの気まずさと言ったら一言では言い表しづらい。ただでさえ見知らぬ魔族がいるというだけで気まずいのに、夢で腕を切られたりした、なんて言ってしまったらそれこそイズミの誤解はとんでもないところに突き刺さるだろう。



「あー、もう。これからいい感じの旅が始まる~ってときに、辛気臭い感じになっちゃって。アルムが可哀想でしょ」


「姉貴……そうは言うが、ジェンロのことを何も知らないのに連れていくって時点で不安しかねえのに、アルムが怖がってるってだけでも十分不信感やべぇんだぞ?」


「そこはアルとガルヴァスに文句言いなさいよね。許可を出してるの、私じゃなくてあの2人だし」


「うぐぐ……。次にロウンに行ったら、文句言ってやらぁ……!!!」



 リイとイズミのプチ姉弟喧嘩もそこそこに、5人は船を降りる。

 第二連合国・ディロスは別称砂漠の国。そう呼ばれるのもうなずけるほどの陽射しが5人に降り注ぎ、肌にチクチクと痛みを与えてくる。

 大地と空に根付いた魔力が影響してこれだけの熱を持ってしまっている、という説があるが、その話は未だ憶測の域を出ていない。ただわかるのは、この熱のせいでディロスという国は砂漠化してしまい、旅路も生半可な気持ちで行うようなものではなくなったということだけ。



「え、じゃあどうやってアンダストまで向かうの??」


「そこに馬車があるだろ? アレで向かうんだよ」



 アルムの興味がイサムの指差した先にある馬車に向けられる。軟禁生活の多かった彼女にとっては全てが新しいモノに見えているが、馬車は特に興味が強い。なにせ御伽噺にも出てくる最多の乗り物が馬車なのだから。

 そんな馬車の前で1人、領主セルド・リルドが5人を待ってくれていた。正確にはアンダストへと戻るリイを待っていたようだが、まさかの大人数で来たものだから彼も驚くしかなかった。



「イズミはわかる。が、なんでイサムとアルムもいるんだ?」


「ん? 俺はアルムの付き添い」


「あたしはお父さん探しに出向いてまーす」


「マジか。親父も対策を取るとは言ってたが、まさかアルムを外に出すまでになるとは……」


「んにゃ、こればっかりはリアルドさんが指示したことらしい。正式に外出許可を与えて親父んとこ向かえってことで」


「なんでまた。フォッグさんってなんかあったっけ?」


「オルドレイの日誌を取りに行けってことでな。……なんでアレが必要なのかまではよくわからねぇけど、まあリアルドさんだからな」


「リアルドさん……だからなぁ……」



 アルムの父リアルド・アルファード。

 その自由奔放な気質は甥っ子であるイサムにも、そして父同士が仲良しなセルドにもしっかりと聞き及んでいる。

 というか、彼らも幼い頃からだいぶ被害に遭っているものだ。詳細は省くが、今回の件も『リアルドさんだから』で済ませてしまうほどには被害を受けているとだけは言っておこう。


 そんな2人のやり取りをよそに、リイは馬車がどうなるのかの確認を取っていた。行きも馬車で来ていたため帰りも同じだろうと思っていたが、セルド曰く現在大型馬車が無いのだそうだ。彼はそれを伝えるためにここに来たという。

 というのも、アンダスト国へ招集がかかったギルド『白金騎士団』や『ダブルクロス』と言った特級クラスの面々が馬車を使ったため、小型の馬車しかない。セルドが個人で持っている馬車を使わせるのも考えたが、それでも2人までしか乗せられないとのこと。



「あー……ってことは、私とイサムがそっちに乗って、アルムとイズミとジェンロが借りた方に乗る感じでいいかしら?」


「俺は構わねぇけど、アルムとジェンロは……」


「う。……い、イズミ兄ちゃんを間に挟んで乗ってくれるなら?」


「まあ……俺様は別に構わんけど……?」



 未だに船から降りる直前の出来事を引きずっているアルムは、少々イズミの後ろに隠れながらも答える。興味と恐怖のどちらを天秤にかけるか悩んだが、少しだけ興味のほうが勝ってくれた様子。

 ジェンロもまた、自分が怖がられている理由が全くわからないままではあるが、イズミという間者がいてくれるなら大丈夫とわかってホッとしている。これから少しずつでもいいから、彼女とわかり合えるようにしたいとは彼の言葉。



「よかったら、夢の内容を馬車の中で教えてくれない? 俺、夢だけで怖がられるのなんか嫌だしね」


「う。……い、いいのかなぁ……?」


「いいっていいって。夢は所詮夢、脳の仕組みがあれやこれやして出来て眠りの中で見てしまうものだから、現実にはなり得ないんだって」


「現実には……」


「そうそう。夢のことで囚われてたら、前に進めなくなっちゃうからね」



 ジェンロは簡単に言い放ったが、アルムにはどうしてもアレが夢だけで終わるようなものではない気がしてならなかった。

 仮にジェンロが自分を傷つけることはないとしても、じゃあ、その前に起こっていた2つの出来事はどうなのか。あの夢の中で持っていた感情の全てが嘘だったとは言えず、けれど本当に起こるのかと言われたら怪しいものだから、彼女もなんとも言いづらくなってしまっていた。


 しかし、ジェンロの言い分も最もだった。

 こうして夢のことでうだうだ言っているよりも、前に進んでしまうほうがよっぽど良いと。

 立ち止まって周りを見渡すのも確かに良いが、それは自分が行き詰まったときだけの話。なにもないのに立ち止まることは、ただただ不必要な選択肢を増やしてしまうだけなのだ。


 だから、アルムは決めた。今だけはこの夢のことを忘れ、前へ進むことだけに集中しようと。

 もし夢の出来事が本当に起こってしまったら、そのときだけは立ち止まって考えることにしようと決めた。



「まあ、夢の出来事が本当になるなんてこと、あんまりないけどね」


「そうそう。くじとかで一攫千金を当てた夢を見ても現実では当たらないのと一緒」


「あまり生々しいことをアルムに教えるな馬鹿野郎。ほら、あっちの馬車に乗るぞ」



 リイとイサムと一旦別れ、国境行きの馬車へと乗るアルム、イズミ、ジェンロ。

 ……途中、ジェンロがくだらないことを言ってイズミに蹴落とされたのは、また別の話……。

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