第26話 仁義なき戦い


これだけ長い間、持って帰ってきてなかったことに気が付いていなかった私も大概だが、ヤツはそれ以上である。その酷さに怒ってるんである。


次男と、次男が何ヶ月かぶりに持ち帰ってきた、彼の体操着に。





我が息子のことを悪く言いたくはない。怒りたくはない。

ないので、なるたけ黙っているようにしてはいる。

怒るのも10回に2、3回くらいのつもりでいる。いるのだが。



私の気持ちとしてはそうなのだが、次男にかかると

「物心ついた頃から毎日毎日怒られてばかりで可愛がられた記憶などない」

と、こうなるわけである。


いや、そんなつもりは毛頭ない。

少なくともはそりゃあ可愛かったのだから。





私のスマホの写真アルバムの中には、次男のチビ時代の写真がすぐに見られるようになっている。その写真はスマホで撮ったものではなく、デジカメ時代のものだ。PCに保存してあるデータをわざわざスマホに移して入れている。


なぜか。


怒った時に、頭を冷やすためである。

悲しくなった時に、心を慰めるためである。





何かで読んだことがあるのだが、子供というのは小さい可愛い時分にその愛らしさでもって一生分の親孝行をしている、というのだ。育ってしまってその可愛らしさが失われ、さらに憎たらしくなってしまったとしても、その分以上のものを小さいうちにこちらは十分、受け取っているのだと。


なるほど、と思った。

じゃあ、仕方がない。腹が立った時には、あの小さく愛くるしかった時のことを思い出して、諦めよう。

そう思って、わざわざ次男のチビ時代のお気に入りの写真を集めて、スマホにはデータを、手元にはプリントしたものを置いてある。


お気に入りの写真の中に、前髪を頭の上で結いておでこ全開にしている一枚がある。多分、次男が2、3歳くらいの時だと思うのだが、ぷくぷくしていて子供らしく幸せそうに笑っている。親バカと言われようと、とても可愛い。


で、今の次男が、よく同じ髪型をする。勉強の邪魔になるからと言って、ゴムで前髪を結いて家の中をうろうろしているのだ。

次男は太りやすい。動かなくなるとてきめんに太る。本人によると、この1年ちょっとで12kg太ったそうだ。



ぷくぷく(≒ブクブク)していて、おでこ全開の前髪ちょんまげ結き



これだけ見れば、可愛い時と同じ、なのだが。

外も内も、まるで違う。悲しいまでに。



何が違うか。

上げればキリがないのだが、次男は片付けられない男に育ってしまったのだ。


我が家のリビングのソフアの下には、ダンボールにシール状の紙を貼ったものが2つ隠されている。次男がそこら辺に置きっぱなしにするプリント類やテキストなどを突っ込むための箱だ。私が作った。あまりの彼の片付けなさに業を煮やしてのことだ。

同じくらいの紙の山が、彼の部屋に2つはある。


つい先日、大きな荷物を抱えて次男は学校から帰宅した。

中身は、山ひとつ分の紙類と、そして冒頭部分の体操着類である。


紙類は持ち帰った時のまま、ソファの脇に置かれている。

通る度に邪魔で、長男がち、と舌打ちしている。


そして、体操着。

持ち帰った次男が言った。

「これ、臭っせえんだよ。も、マジで」

「何で?」

私の問いに、涼しい顔をしてヤツは答えた。

「だってカビ生えてるから」


「「は?」」

その場にいた長男と私は目が点。

「いや、だってさ、持って帰るのメンドイし荷物になるしで放っておいたらさ、気付いたら生えてた」

って、あなた、じゃあ体育の時は何、着てたのよ?

と尋ねる気にもならない、なれない。

「まあ、もうどうせ着ないし」

そういう問題じゃない、と言いたいところだが、

「体操着って結構、高かったんだけど」

と言うに留めた。

「へえ、そうなんだ」

次男は馬耳東風、そのまま風呂場にポイッと投げ出していた。





さて、体操着、もう着ないと言われても、そのままでいいはずはない。洗わねば。

仕方なく「パワフルコース」というヘビーな汚れに対応するモードを選択して洗いましたよ、はい(あくまでも洗濯機が、ですが)。

で、洗い上がったそれらを干すのだけれど。

こんな時に限って、珍しく、雨。

しかも明日も雨、もしくは雪の予報。


いえね、普段なら別に構いません。室内干し。

なんならエアコンで室内が乾燥してるから、かえってちょうどいいくらい。

なんだけど。

ても、カビてる服、な訳ですよ。ええ。


なんかねえ、イメージとしては、コロナと同じくらい体に悪そう。洗ったけど。

そして本当にカビが生えてるんですよ、コレが。

もう、びっくり、としか言いようがない。

だって、体操着ですよ?

イマドキの体操着ってよくできていて速乾だから、ふつうにしていればカビなんて生えないと思うんだけど。それが、ねえ。


顔を背けながら、室内に干しました。体操着。

エアコンからの風でほぼ乾いています。体操着。

長男と「ホントに黒くなってるね」と呆れながら見上げました。体操着。

アア、シンジラレナイ。



次男とは、ここ数年、仁義なき戦いを繰り広げています。

多分、いわゆる「反抗期」なんでしょう。

我々はしょっちゅう家の中のあちこちでゲリラ戦を繰り広げています。

その度に手傷を負い、血を流す私たち。

つい先日も、あちらが投げ入れた手榴弾を倍返ししてやりましたが、まさかこんな毒薬がお返しに投下されるとは思ってもいませんでした。

いや、もう、何と言っていいやら。


明日の朝、部屋の空気が重たく臭く感じられたなら。

息がなんとなく苦しく感じられたら。



許さん。



と思う前に、写真、写真。




あんまり使いすぎて、近頃は効き目がさっぱり。

あーあ。

新しいドーピング剤の導入を検討せねば。




※カビた体操着を洗った後、洗濯機クリーナーを投入して、洗濯機自体も洗いましたよ。ええ、もちろん。じゃなきゃ他の服が洗えなくなる。涙










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る