おとうさんのきろく

紅林みお

第1話

「ねえ、ゆう子ちゃんは、夏休みの研究何するの?」

 

 ランドセルに粘土や画材、枯れた朝顔を滅茶苦茶に突っ込んでいるゆう子は、友達の舞子ちゃんの質問に笑って答えた。


「ゆう子は、おとうさんを研究するの!」


「え?……」


「だから、おとうさん」


「おとうさんって、人間だよね? あの……何か生物とか植物とかじゃなくて」


 戸惑う舞子ちゃんを尻目にゆう子は、笑顔で返した。


「なんでダメなの? おとうさんだって、生物じゃん」


「そうだけど……ゆう子ちゃんって変わってるね」


「うん! おとうさんのことをたくさん知りたいから!」


 ゆう子は、ニコっと笑って、空を見上げた。綿飴みたいな入道雲がもくもくと青空にのびている。今日は小学校の終業式。これから、楽しい夏休みが始まるのだ。


 ***


 夜、ゆう子がいつものように公園に行くと謙一がベンチでワンカップを飲んでいた。謙一は夜の静かな公園で酒を飲むのが好きだった。

 ヒックヒック言っていて、かなり出来上がっているようだ。手には50パーセント割引で買った惣菜の野菜かきあげが握られているが、猫に食べられている。それにすら気がつかないで眠る謙一。


「ねー! 起きてよー!」


 ゆう子は泥酔した謙一の肩をゆさゆさと揺らす。すると謙一が「うおおお!」と言って飛び起きた。謙一の惣菜に集まっていた猫たちもつられて跳び跳ねて、散った。


「なんだ、ゆう子かよ! びっくりさせんじゃねえよ!」


「ごめんごめん。実は相談があって」


「相談? 俺に相談しても何にもならねえぞ」


 ゆう子は、ランドセルから一冊のノートを取り出した。ノートには「夏休みの自由研究」と書いてある。


「あのね、わたし夏休みの自由研究で、おとうさんのことを研究したいの」


「はあ? おまえ、気でも狂ったのか?」


「……だって、おとうさんが知りたいんだもん」


「そんな事知ってどうするっていうんだ」


「おとうさんと仲良くなりたいの」


 ゆう子は、アニメキャラがプリントされた筆箱から鉛筆を取り出して、ノートの「研究のもくてき」の欄に「おとうさんのことを知って、おとうさんと仲良くなるため」と拙い文字で書いた。そして、謙一の顔をじっと見つめた。


「俺は嫌だぞ。子供のくだらねえ研究に付き合ってる暇なんかあるか」


 謙一は、ワンカップを唇につけてグッとのみこんだ。


「なんで?  だっておとうさんでしょ? なら協力してよ 」


「そうだけどよ。だいたい研究って何すんだよ。俺の何を知りたいっていうんだよ」


 謙一は、つぶらなゆう子の瞳をずっと見つめていることが出来ず、思わず目を反らした。


「夏休みの間、おとうさんのことを記録させてほしいの」


「記録……だと?」


 その時ワオオオンと、犬の声が聞こえた。


「チッ……うるせえ犬だな」


「うちのポポちゃんの鳴き声だ。お腹がすいてるんだと思う。そろそろ帰ろ!」


 空には三日月が輝いていた。そらを見た謙一は、ふっと笑った。


「そうだな。そろそろ帰るか」


 ゆう子はスキップをしながら謙一と公園を後にした。これから始まる夏休みに胸を踊らせて。


(つづく)

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