第9話

 それからの私たちは、あいつらに対する憎しみや生存の確立に対する強固な希求というよりもただ、見知らぬ世界を見たいという思いの中で身体を伸ばしていった。この自然な気持ちの移り変わりは、かつてあの危機感の前で抱いた目標が達成されたことを示しているのかもしれない。驚くべき範囲に広がっていたあいつらの身体も軒並み枯れさせることができた。土や岩を纏いながら、私たちは想像もできなかったほど様々な環境に規模を拡大していた。根や茎を伸ばしていても出会う環境はいつかどこかで出会ったものばかりだ。もうこれ以上このまま進んでいっても新たな環境に出くわすことはないのではないかと思えた。

 そんな私たちが新しい環境を求めて身体を向かわせる先は、あいつらの身体を伝って伸ばしていく地上の世界だった。そびえ立つあいつらの身体の先端にはすぐに到達してしまう。まだまだその先があるように思えて、さらに上へと身体を伸ばしてみたくなる。

 枯れた他の生き物が組み合わさって、地上のさらに高みへと伸びている物体にも出会うことがあった。相手は枯れた生き物だ。難なくその頂上へとたどり着いてしまうが、その上の空間はやはりまだ上へ上へと続いている気がする。

 そこから地上部を伸ばしたところで、せいぜい風が少しだけ強く当たる程度の変化しかない。このまま続けていてもそれが高さの限界なのかもしれない。

 枯れた身体はほとんど登り尽くした。その先は経験したことのある世界にしかたどり着けない。ならば、全く違う対象を活用しなければ私たちの認識は広がらない。

 様子を伺いながら生きた生き物たちへ茎を触れさせる。何もないことがわかると慎重にその表面を伝い、限界まで茎を伸ばしていく。

 地下から地上から、高みへと伸びた存在にはもれなく根や茎を這わせ、取り込むのではなくその表面のがたどり着く世界へと思いを馳せる。

 読みは当たった。あいつらの身体は私たちの地上部と比べればうんと高みへとたどり着いていたように思えたが、その先の広がりはそんなものではなかった。他の生き物や物体を伝う内に、あいつらの身体が私たちの地上部と同じくらいの高さに思えてしまうほどの地点へと身体を伸ばしていくことができた。

 そこで感じた変化は、これまでのどの環境よりも異なっていた。呼吸が苦しいなんて経験はそこが初めてだった。身体の穴をどれだけ開いても全く苦しさが取れない。光の強さや温度の低さも目新しかったが、それよりも息苦しさが強く印象に残った。

 様々な場所で様々な生き物や物体を使いながら高みを目指していく中で、高みへとたどり着くものたちの共通点に気づいた。

 硬さ。それが生き物であっても物体であっても、高さを持つものには強固な硬い構造が備わっていた。私たちが壁と認識するような、攻撃手段を手に入れてなければそれ以上進むことを諦めてしまうような硬さを、そのどれもが持っていた。

 生き物であっても、素の私たちとは比べ物にならないほどの硬さを持っていることには驚かされた。その表面を伝っていて、寒さに耐えられなかったり気まぐれにその中に潜り込もうとしても全く付け入る隙がない。あいつらの表皮が同じ硬さを持っていれば、今頃私たちはあの危機感を越えて全滅していただろうと想像してしまう。

 ただ幸いにも、硬さは私たちも二次的に獲得している。攻撃手法を応用して取り込んだ土や岩が、私たちに高みを目指す硬さをもたらしてくれる。

 あの隙間のない硬さを目指して、これまで以上に岩を取り込んでいく。生き物や物体を伝う時にも、その硬さを生かしてさらに材料を削り取っていった。

 硬さの効用は、高さを獲得するに止まらない副産物を生み出しもした。

 環境の変化をほとんど感じなくなったのだ。高みを目指すに当たって鬼門だった寒さや光の強さは、岩を纏うことで微かにそれとわかる程度のものとなっていた。あれほど感じた息苦しささえ無縁。高みを目指す障壁は、かつて壁となっていた硬さを自分たちのものとすることで障壁ではなくなっていた。

 脅威となったあいつらの化学変化を武器として取り込むことで、私たちはあいつらに打ち勝つことができた。

 それ以上進めないことを示す硬い岩であっても、それを取り込むことで私たちは岩と同じかそれ以上に高みへと登ることができた。

 自分たちの認識は、自分たちで乗り越えることで新しい世界へと踏み出す武器となる。高みには環境の変化以外何の障壁も存在しなかった。だがその環境変化でさえも強固に固めた防御を纏いながら無効化していく。私たちは、他の生き物たちにも全く出くわさない境地を突き進んでいった。



 化学変化や他の物質を使いながら登っていってどれくらいが経ったであろう。

 僅かながら感じられる環境変化は、岩の隙間を塗ってでもはっきりと感じられるほどに強まっていた。それでもその変化が新しい世界への道標なような気がして、岩をさらに敷き詰め、私たちの武器とする化学変化を用いながら邁進していく。光や熱が私たちの作り出した物質をさらに変化させてしまうこともあった。だがそれも怪我の功名というやつで、引き締まったその物質は物質同士の繋がりをさらに強固にし、私たちの守りをより強固なものにしていく。

 道中で出会った物質も取り込みながら、より目新しい世界を求めてさらに突き進む。大きな環境変化の中で出会った物質たちは、その変化に耐えられるような強さを獲得しているようで、私たちの歩みをさらに推し進めてくれた。

 こうしていくつもの私たちがそれぞれの方向で突き進んでいく内に、そのうち一つが、新たな岩へとぶつかった。

 途方もない時間をかけてたどり着いたその岩は、私たちがずっと触れてきた岩とほとんど肌触りに変わりはなく、かけた時間とのアンバランスさに拍子抜けするような思いがした。だがその馴染みの岩をひたすら取り込んでいく内に、ここがまた未知の領域であるという確信を抱くことができた。

 伸ばせども伸ばせども、他の生き物に出会わない。様々な方向へと伸び進め、そしてついに反対方向から伸ばしてきた茎と出会う段になっても生き物と一つたりとも出会わなかった。

 これまで経験してきた環境には必ず他の生き物がいた。高くそびえ立つような大きな生き物がいなかったとしても、小さな命はどの場所にも必ず存在した。

 だがそこには、ごく小さな生き物すら存在しない。どれだけその内部に身体を伸ばしていっても、僅かな振動すら感じることはなかった。

 私たちがたどり着いたその岩の塊は、私たちにとって未知だっただけではなく、他の生き物たちにとってもたどり着いたことのないフロンティアなのかもしれない。かつては他の生き物たちとの関わりも薄く、地味に穏やかに暮らしてきた私たちが、ついに誰も到達しなかった領域に自分たちの力でたどり着くことができた。

 その領域を隙間なく埋め尽くしても、全く生き物たちの存在を感じることはなかった。その確信が揺るぎないものになる頃には、その領域のほとんどすべてを資源や防御のために取り込んでさえいた。

 私たちは、他の誰にとっても未知の領域を自分たちの行動によって手に入れることができた。その結果が嬉しくて、この領域だけでは飽き足らず、さらに先へ先へと身体を伸ばしていく。もちろん、その道中で取り込んだ様々な物質を纏いながら、自分たちの身体を守ることも忘れずに。

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