第7話

 その後しばらくして、外が騒がしくなる。あの強い振動が再び、それも何重にも重なってこちらへと向かってきた。

 私たちと同じように、変わり果てた姿にされた仲間のことを思いながら攻撃を仕掛けてきたのだろうか。あの変化はあいつら発祥のもの。もしかしたら、あいつらも私たちを同じような姿に変えさせようとしているのかもしれない。

 焦りはなかった。私たちにはこの場所から途方もなく離れた場所にも仲間がいる。もしここで一撃を食らわされても、遠くの仲間たちの力を借りればまた踏み出すことができる。ただ、ほとんどこちらの準備もできず襲いかかってきた私たちにはなすすべもなかった。次々と刈り取られていく仲間たち。やはり復讐の気持ちがあるのか、茎を掴む力や切る勢いは前にも増して激しかった。ここにいるすべての仲間たちを伐採しようかという勢い。この場所に広がる彼らも同じように勢いよく刈られていたようだった。

 だが、その勢いもあっけなく終わった。彼らの周囲は根こそぎ刈り取られてしまったが、その領域から少し離れた場所にはほとんど何のダメージもなかった。ましてや身体を変え果てさせるあの方法も一切使用されなかった。刈り取られた仲間たちはそのまま地面へと投げ捨てられただけ。その中に蓄えていた特殊な水も化学物質もそのままだった。

 まだあの方法を使うほどの危機感を持っていないのかもしれない。あいつらにはあの方法を使えるという特権があるのに、これまでと同じような刈り取りだけ。そこには何の工夫も強い意思も感じられなかった。

 その後も刈り取りの頻度は増えたが、それも彼らの周囲の領域から広がることはなかった。同じことが繰り返されるだけで、圧倒的に広い領域を確保している私たちからすればほとんど何の脅威にもならない。刈り取りの頻度でさえ少しずつ小さくなっているような気さえする。このままこの状況が続いて、何事もなかったかのような平穏な生活へと戻っていくのかもしれない。

 だが、油断は禁物だ。私たちの分子の端の端にまで刻まれたあの危機感の記憶が、この状況に関する認識を改めさせる。あの時もこうやって油断をしたことが、ほとんど自分たちの領域がなくなってしまうほどの状態にまで追い込ませた。今度だって同じことだ。平穏な日々はすぐに脅かされる。それは私たちの気の緩みがもたらすものでもある。

 そして私たちの認識を改めさせたのは、この危機感だけではなかった。

 あの成功の後、これまでずっと情報伝達を拒んできた彼らの方から私たちに接触してくれたのだ。

 まず初めに謝罪の意思が伝えられた。これまでの振る舞いを詫び、その理由がすべて自己保身であったこと。生存のすべてを握ったあいつらに何をされるかわからないために、仲間だとはわかっていても協力することができなかったこと。今更こんなことを伝えても許されないかもしれないけど、とにかくこの気持ちだけは伝えようと思った、という気持ち。

 情報は途切れなく伝えられた。ずっと溜めていた思いだろうとわかる、何の淀みもないまさに堰を切ったような情報の流れだった。

 彼らの助けが初めからあれば、もっと早くあいつらに一撃を食らわせることができたかもしれない。その方法をさらに発展させて、あいつらの仲間たちにまで同じ目に会わせて、今頃はもうこの閉鎖領域から開放させることもできたかもしれない。

 可能性にしか過ぎないが、その確からしさは大きいはずだ。だから私たちの歩みを止めた彼らの振る舞いにここで真正面から抗議することもできた。

 だが、その振る舞いの理由に生存への真摯な思いがあるのなら、それを否定することはできなかった。私たちや彼らの姿を変え果てさせる圧倒的な力。それを前にしていれば、もし立場が真逆であったなら、私たちもどう行動していたのかわからない。あいつらに一撃を食らわすことができたその結果だけが彼らへの糾弾の根拠だった。もし失敗していたなら、そんなことは言えるはずもない。

 彼らの伝達をじっと受け止め、そして、今度こそ協同しようと伝えた。

 彼らの喜びや安堵感は触れた身体の部位を通して溢れんばかりに伝わってきた。ストレートに伝えることはなくても、中の身体の動きは反射的にその気持ちを伝えてくれた。

 そもそもがあの時の同じ危機感を共有した仲間なのだ。生存を握られなすすべもなかった彼らの振る舞いを断じることで、新たな繋がりの可能性を失ってしまうのは馬鹿らしい。

 私たちの根や茎と彼らのそれが、強固に結びつけられた。これからはこの領域にいる彼らも含めて、私たちだ。


 彼らはあいつらとの関わりの中でその行動を把握していた。頻度は減っているが、そろそろあいつらがまた刈り取りに訪れるはず。

 時間はそれほど残されていない。無抵抗に刈り取られるだけだったこの前の反省を活かし、最初の一撃の時のように周到に準備をしなければ。

 彼らにも私たちの方法を伝えた。彼らはあいつらとの関わりの中で、あまり多くの化学物質を蓄えないようにさせられていた。また反応に必要な水もここには存在しないらしい。刈り取りの後に運よく生存できた彼らの仲間から伝えられた情報によれば、あいつらはここから離れた別の場所に大量の特殊な水を保管しているらしかった。

 復讐だけではなく、あいつらが大量に蓄えているという水を得るためという目的も加わった。反応に必要な物質はいくらあっても困るものではない。来るべき危機に備え、さらに生存を強固なものにするために、今度の一撃にはこれまで以上に重要になる。

 この前と同じように根や茎を伸ばして攻撃に備える。彼らは物質こそ蓄えていなかったが、その準備については大いに助けとなってくれた。彼らの領域はあいつらによって潤沢な資源が眠っている。それを惜しげもなく使いながら、私たちの倍の量はあろうかという根や茎を蓄えてくれた。

 その根や茎にもありったけの水と化学物質を送り込み準備万端。さあ後はその時を待つだけ。

 あいつらはすぐにやってきた。何重にも重なる振動。その方向を見定めて、根や茎をいつでも地上部へ伸ばせるように上へと向ける。

 直上に振動。今だ。あの時と同じように何本もの根や茎が一斉にあいつらの身体へ襲いかかる。存分に蓄えた根や茎があいつらの身体の上を這い回る。すぐに何箇所も穴を見つけ、水を送り、化学物質も送り。

 何体もあいつらがいたが、蓄えた根や茎の量はこれまでとは比べ物にならない。一つの身体にかまけることなく、どの場所でも同じ勢いで張り巡らせていく。どのあいつらも私たちの攻撃にはなすすべもなく、身体のあちこちがあの姿へと変え果てされられていった。

 しばらく水や物質を送り込んでいると、あちこちからあいつらの身体を突き抜け、外の世界へとたどり着いたという報告が上がってきた。気づけば何体も同時に相手にするという私たちからすればとんでもない行動であったが、それでも難なくそのすべてをあの姿に変えることができた。

 初めての協同。そして彼らがもたらした大量の根や茎の貢献。

 彼らは非常に興奮気味に、そして満足そうに私たちに触れてきた。そこから伝えられる感情には、あいつらに対する怯えなど一切残っていなかった。私たちと共に、またあの危機感を胸に生存へと邁進していく。そんな気概に満ちていた。

 私たちからも素直に感謝の意を伝える。あなたたちの蓄えてくれた根や茎がなければ、これほど大規模に攻撃を行うことなどできなかっただろう。それを受け、彼らの興奮はさらに増強された。


 次の攻撃に備え、また準備を進める。あの危機感はまだまだ私たちの中に残っている。少しの油断もしないように、いかなる時に襲来されようがその度ごとに乗り越えてやるという気概に満ち溢れていた。

 根や茎を伸ばし、水や化学物質を蓄えるのと同時に、彼らが伝えてくれたあいつらが貯蓄している水のありかを求め、また別の根や茎を伸ばしていく。何度かの来襲で、彼らの振動を感じ始める方向は定まっていた。その方向へ向かい、一心不乱に身体を伸ばす。彼らの領域に広がる心地の良い環境はその助けとなってくれた。これほど潤沢な資源があれば、どこまででも伸ばしていけそうな気がする。今までにないくらいの速さでぐんぐんと身体を伸ばし、あっけなくその貯蔵場所へとたどり着いた。

 伸ばした根の先が水を吸い上げる。その場所の水をすべて平らげると、これまでの攻撃で消費された水分がその直前の量にまで回復した。

 水はその他にも蓄えられていて、それから何度かの来襲も何の苦もなく撃破することができた。あいつらは相変わらず同じ振動で来訪を知らせてくれ、刈り取ろうと土を掘り起こすことくらいしかしなかった。潤沢な資源を背景に、何度も襲ってくるあいつらの姿を根こそぎ変え果てさせる。その行動はまるでただ身体を伸ばすのと同じような、私たちの自然な行動の一部と感じられるほどにスムーズに進行した。

 何度も何度も同じ繰り返しをして、少し油断が生まれる頃合いになると、やはり次の危機が訪れる。

 次に来たあいつらは、ついに別の手段で私たちに攻撃を加えてきた。

 振動が感じられた後すぐにあり得ないほどの熱さが襲ってきた。その熱気を浴びると、熱を感じる間も無く私たちの身体が削り取られていく。土を掘るでも茎に圧力を感じるでもなく、ただ熱気だけが私たちの地上部を蝕んでいく。その広がりはこれまで受けた攻撃のどれよりも早かった。瞬く間に彼らとその周りに広がる私たちが新しい攻撃の餌食となった。

 この攻撃に対して私たちはなすすべもなかった。何もしないままに、次々と枯れ果てていく私たちの一部。枯れるというのがふさわしいのかもわからない。とにかく経験したことのない変化が私たちの身体に起こり、そして生気を奪われていった。

 あいつらの振動をほとんど感じないのも気味が悪かった。刈り取りの時なら、その合間合間に振動が感じられた。逃げることはできないまでも、その振動を感じながら次の攻撃を予測することはできた。

 だが今は何の振動もなく瞬く間に攻撃範囲が広がっていった。次にどの部分が攻撃を受けるかすらわからないまま、変わり果てていく仲間たちの断末魔を感じることしかできなかった。

 それでも、その攻撃を受け続けているとあることに気づく。攻撃を受けるのは地上部のみで、土を隔てた根や茎にはほとんどダメージがなかった。私たちの攻撃手段には何ら影響はもたらさなかったのだ。

 それならば私たちがやることは変わらない。振動を感じた場所へと根や茎を移動させ、一斉にあいつら目掛けて伸長させる。そこからはこれまでの攻撃と同じだった。難なくそいつらの身体に辿り着き、穴へと入り込む。水と化学物質を注入し、少し待てばもうそいつらの動きは完全に停止していた。あの熱気もなくなり、枯れた地上部を残して爽やかな風が吹き込んできた。


 時を同じくして、他の場所でも刈り取りを受ける仲間たちが出てきた。

 だがそこも私たちと同じように攻撃をしていけば難なく撃退することができた。同時多発で攻撃をするとなると、特殊な水や化学物質の蓄えが不足してしまう。幸いなことに刈り取りをしてくるそいつらの仲間だろう生き物のそばには必ず特殊な水の貯蔵庫があった。その水を得て、また化学物質については資源投下を集中させることで頻繁な攻撃にも耐えうる備蓄を確保することができた。

 さらに資源を確保するため、規模の拡大はより良い環境にたどり着くことが最優先となった。少しでも心地の良い環境をなるべく効率的に探すため、根や茎を伸ばす方向には厳しい制限をかけた。多少なりとも今いる場所より悪い環境に当たれば、その方向は捨てて他の方面へと探りを入れる。その中には彼らの領域と同じような不自然に良い環境が広がる領域もあった。そうした環境にはやはり彼らと同じようなかつての仲間たちが暮らしていた。その仲間たちもまた、同じようなやり方で仲間たちの生存の自由を奪っていた。そいつらの脅威に様々な場所で打ち勝ちながら、彼らと同じ仕打ちを受けている別の場所の仲間たちとも共同戦線を拡げていく。

 どの場所でも流れは同じだった。

 何度目かの刈り取りの後、あの熱気攻撃が加えられる。

 ほとんどの場所では熱気に対してもこれまでと同じ攻撃で対応できたが、一部の場所で、地上に顔を出した根や茎までが熱気攻撃を受けることがあった。地上部と同じように熱気によって枯れさせられ削り取られていくと、もうそれ以上攻撃は不可能だった。少しだけあの時と似た危機感が生まれる。他の場所でも同じように地下部にも攻撃の手が及べば、もはやなすすべはないかと思われた。

 だが大きく広がる私たちの領域は頑強だった。この状況にさえも打ち勝つことのできる手がかりを、私たちの仲間が持っていたのだ。

 偶然がもたらしたものだった。伸ばした勢いで土まで巻き込みながらあいつらへと向かっていった根は、その熱気にも耐えながら攻撃を完遂することができたのだった。

 振り返れば、熱気を受けても、地上部だけがダメージを受け地下部は無傷だった。それを隔てているのは、土。これまで資源としてしか認識していなかった土が、私たちに新たな力をもたらしてくれる。防御手段としての土。危機感は一瞬で消え去り、さらなる発展に向けた興奮にとって代わった。

 土の利用は攻撃方法を応用することで成し遂げられた。土に向かい水と化学物質を送り込むと、例の反応が起きてその内部や表面にびっしりと土が取り込まれた。

 熱気攻撃を受け続けている領域に伝えると、その効果は絶大だった。熱気を恐れることなく、地上部がどれだけ変えさせられようが一心不乱にそいつらの身体目掛けて伸ばしていく。攻撃が熱気で堰き止められることはもうなかった。

 熱には防御手段がある。また派手に刈り取られたとしても、近くの仲間が駆けつけてくれる。

 自発的に行動を起こしながら、自分たちでその領域を切り拓いていくことができる。そんな確信が私たちの気持ちを満たした。

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