第3話 面接

 辿り着いた病院は思っていたよりも少し薄汚かった。


 中小サイズのビルが立ち並ぶ通りに、同じくビルの形をして「とまと睡眠治療クリニック」はあった。自宅から自転車で10分、隣接した駐輪場に自転車を止めた凛太は建物の正面に立つ。


 初見のとまとクリニックの印象は近寄りづらいというもので、ネットの写真で見たよりも外装が汚れていた。いつからある病院なのかは知らないが建てられてから10年くらい経過しているように見えて、相応に白かったであろう壁は灰色がかっている。


 正面に木の柵が立っていて外から入り口が見えない作りは、きっとこうしてバイトに来なければ生涯入ることは無かっただろうと思わせる。太陽が白く輝いている時間に訪れればまた印象は違うのかもしれないけど……。


 凛太は昨日の電話で馬場に言われた通り、建物の裏に回って裏口を探した。


 向かいにあるコンビニよりは外周が少し広いくらいのサイズの建物……その裏側を見ると積み上げられたダンボールの横に扉はあった。


 開く前に鞄を開いて忘れ物が無いかざっと確認して、髪と服装を整えるとドアノブへ手を伸ばす――。


 見えたのは飾り気がなくいかにも関係者以外立ち入り禁止の従業員用といった廊下だった。外と同じように端には大小様々なサイズのダンボールが胸の高さまで積み上げられていて、凛太はそこを馬場に言われたルールの通りに進んだ。


 廊下の蛍光灯も光があまり強くなく、横にある部屋の窓も半透明なので覗こうとしても中は見えないだろうが、凛太は前だけ見て歩く。すぐに三つ目の扉までたどり着くと迷うことなく扉を小さくノックした。


 他の扉と違って唯一、部屋看板が吊り下げられていたのだ。「院長室・馬場」と書かれた部屋看板は子供部屋に飾られるようなデザインの星形で目立っていた。


「……はい。どうぞー」


「失礼します」


「おお。待ってたよ。草部君だね」


「初めまして。草部です。よろしくお願いします」


「座って座って」


「……失礼します」


 初めて顔を合わせた馬場は電話で話した声からのイメージとも医者のイメージとも違う容姿だった。体格はがっしりしていて顔立ちは良く、目鼻がくっきりしている。髪は整髪料でしっとりしていてパーマもかかっていた。


 一言で言うとダンディなゴリラという言葉がぴったり当てはまる。


「とまと睡眠治療クリニック院長の馬場です。早速だけど履歴書を出してくれるかな」


「はい」


 馬場は事務机の前に座り、隣に用意されていた丸椅子に凛太を座らせた。室内は特に変わった様子はなく、どこにでもある事務室という感じだった。


「うーん。一宮大学の3回生で……スーパーやガソリンスタンドでバイト経験があるんだ」


「はい」


「えっと……記入漏れはないね。志望動機は……お金がほしいからか。間違いないね。大学生のバイトの動機なんてだいたいそうだよね」


「ええ。まあ、そうですよね」


「睡眠治療に興味があるとも書いてるけどぶっちゃけバイトの職種は何でも良かったでしょ。君工学部だし」


「正直なところそうですよね。他に書くことが無かったので……」


「ははっ。いいよいいよ」


 馬場は気さくで話しやすかった。白衣を着ているだけで医者という印象は受けず、その辺の街を歩いている気さくなお兄さんだった。


「でも、スーパーのレジ打ちなんかよりはやりがいがありそうですよね」


「本当に?」


「はい。良い経験になりそうです」


「もしかして、君も睡眠に関する悩みがあったりする?」


「いえ。そういう訳ではないです」


「夜はぐっすり眠れてるか?」


「はい」


「それは良いことだね。最近多いんだよ。睡眠に関する悩みを抱えてる人って。ストレス社会だからかね。うちも結構患者さん訪ねてくるんだから」


「ああ。そうなんですか」


 たしかに、夜寝れないなんて悩みは一般的だと思う。寝ても疲れが取れないだとか、夜中に何度も目が覚めるとか……いびきや冷え性なんかもよく聞く話だ。


「うん。他県からもはるばる診察に来る人もいるからね」


「へー。そんなにですか」


「まあうちもちょっと治療法が特殊だからね……。ああこれは言い忘れてたというか来てから話そうと思ってたんだけど……」


「はい」


「うちは睡眠治療の中でも悪夢障害・・・・の治療を専門でやってんだよね」

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