第1話 昏き森に眠る呪い 六

 スライは、口をへの字に歪めて不快そうに、「あの女がやりそうなことだ」と吐き捨てる。


「私はその翌朝にネーベルの町を出た。デライラを、この手で殺すために。止めてくれるなよ。もし邪魔立てするというのなら、今ここでお前も殺す」


 抜き放たれた刃が陽光を反射し、シルベスターの顔に細長い光を寝かせた。


「だぁから、そう殺気立つなって言ってんだろ。むしろだぜ、あいつを殺すの」


 レオノーラは彼の発言の真意を測りかね、唇を軽く噛んだ。


「言ったろ? って」

「お前はデライラに何の恨みがある」


 彼は、余裕綽々な笑みを一瞬で拭い去ると、過去を見つめるような目つきになって、ややハスキー気味な声に恨みを混ぜた。


「俺から上、こんな辺鄙へんぴな森の奥深くに呪いを施してまで幽閉してくださったのが、あんたの敵だ。今の俺には、魔族のガキなら誰だってできる《物を浮かせる魔法》すら使えない。ただの人間と同等の――いや、多少腕に自信はあるかな。それくらいのちからしかない。なあ、あんた、あの女を殺したいんだろ?」


 レオノーラは力強く頷く。「ああ」

 魔族の激しい気性を象徴するかのような赤い瞳と、闇夜の海を閉じ込めた昏い瞳が、視線で剣戟けんげきを交わす。


「フフフ、似合うぜ。その面に漲る殺意。それを忘れてくれるなよ。あんたの鬼人のような激情でクソ女をぶっ殺してくれ。俺の目の前で」


 レオノーラは乾いた唇を舐めた。この奇異な会話を、どこか他人事のような感覚で訊いていた。

 返事をしない間にも、彼は身を乗り出して、強引な口調でまくし立てる。


「な、殺してみてくれ。ただの人間の女にぶっ殺されるあいつの姿を、俺は特等席で見てえんだ。そうだ! あんたの旅に、この俺様も同行しよう。いいだろ?」


 母が人間の女に殺されるところを見たいと宣う狂気。

 レオノーラは頷くのも忘れて、《化け物女》と罵った息子の顔を見つめるばかりであった……。

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