19 悪女

汚れてしまったわけじゃない


そうやって、経験を積んで、人は成長していくんだろう


ただ



自分を切り売りして、笑顔振りまいて、夢を見せる


そんなことが



最近疲れてきた



そうやって身を削って、最終的にこの仕事は何の役に立つんだろう



経験は財産って言うけど、水商売をしていた経験が今後何に役立つというんだろう


時給だけに飛び付いて



腰掛けで働いて



将来の自分のためには微塵もならないのに…




私は弱いのだろうか


いや、甘えているんだ



だって楽な方に流された方が、気楽だもん



失敗しても言い訳出来るから



けど…


弱いやつは、自分を正当化しないと同情してもらえないんだよね



そうやって、ずっと嫌なことから、見たくないことから目を背けてきた


いつまでも甘えて暮らしてなんかいられないのに、わかっているのに、やめられない



もがいても身動きとれない


八方塞がり



泥沼だ




イライラする



思い通りにならない



上手くいかない



私だけこんな…



ああ…こんな気持ちを紛らわすためにここに来たのに、飲んでも飲んでも酔わない



私はビールをいっきに煽った


ん、トイレ…


立ち上がって、トイレに向かおうとした時、丁度入ってきた客と肩がぶつかった



「って…どこみ…」


ガンをくれた男は、私の顔を見ると目じりを下げた



「ってめっちゃかわいいじゃーん!1人で飲んでんの?」




ダサいちんぴらみたいな柄シャツを着て、ふらふらした男は金ネックをぶらさげ、酒臭い息を吹き掛けた


私は睨んでトイレに行こうとした



男は油の着いた汚い爪をした手で、私の肩を鷲掴みした



「ねぇ待ってよ!一緒に飲もうよ、マジタイプ!」


やめろよっ

汚い手でさわんじゃねーよ!


そう言い掛けて、口を開いた瞬間



「私の連れに、何かご用でも?」



いつの間にか私の背後に立った男が、私をかばうようにチンピラに諭す



「なんだ、男いたんかよ、ちっ」


チンピラの男は腰のポケットに手を突っ込むと、睨み付けながらガニ股で店を出ていった




私はびっくりしながら恐る恐る後ろを振り返り、お礼を言った


「ありがとうございます…」


私を助けてくれたのは、さっきの目が合ったら微笑んだ男だ



男はニヒルな笑みを見せると、英国紳士のように眼尻を下げて片手を振った


「いえいえ、か弱い女性を守るのが男の役目ですから」



さらりと気障なセリフを言ってもサマになる。俳優かのように言い去ると、ママにお勘定のサインをした


手をバツにする失礼なハンドサインじゃなくて、指をペンに見立てて宙を走らせるようなサイン



内ポケットから品のいい革の長財布を取出し、お札を手渡していた



折り皺一つないスーツを翻し、去って行く後ろ姿



ああ、行ってしまう


このままもう二度と会えないかもしれない…


「…待って」



気付いたら、私は声をかけていた

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