第8話 魔王っていた方がいいんじゃないかな? って思っちゃうね。

 魔王の娘と名乗る少女マーズがハンターギルドを襲来してから、数日が経過していた。

 騒がしい存在も慣れれば日常に溶け込んでしまう。

 マーズは大人しく、ギルマス室で食堂で作られた不味いカレーライスを満足げに頬張っていた。

 こうしているのを見ているとただの子供だ。


 魔王……か……

 今、思えば奴は魔族のために戦っていたのだろうな。

 俺は傭兵として金のために奴を討伐した。

 あの時は何も考えずに討伐することが目的になっていてその結果を考えることなどしなかった。


 魔王が居なくなった後はどうだ?

 俺は金持ちになれた訳でもなく、世界は平和になった訳でもない。勇者なんてたいそうな称号は貰ったが、もはや錆びた勲章だ……

 魔族に襲われることは無くなったとはいえ、人同士の小競り合いはよく聞く話だ。

 魔族は魔王城があった場所に隔離されている。

 つまり俺がやったことはただただ魔族の生活を奪っただけだ。

 そして、魔族が居なくなったことは俺達ハンターギルドは苦境を強いられることにもなった。

 それがまさか水龍が出たことで、国は一大事だとに気付いてハンターギルドに多額の報酬を支払うとはな。

 つまり魔族と俺達ハンターギルドは共存関係にあるわけだ……

 因果な商売だな。


「フェ~ル様! そんなにマーズちゃんを見てどうしたんですかー?」

「リリアン! いつの間に背後に?」

「さっきからいましたー。ぼーっとするなんてフェル様らしくないですね。」


 後ろから話かけてきたのは秘書をやってくれているリリアンだ。

 リリアンの言葉を聞こえたのかマーズはスプーンを口に入れたままこっちを睨んでいる。


「見てない。見てないぞ。変な事言うなよ。俺は考え事をしてただけだ。」

「ふぅーん。」


 俺が言い訳がましい反論を聞いて、マーズはカレーに視線を戻す。


「ねぇ。フェル様〜。マーズちゃんの事を報告しなくて良いんですかね〜?」

「うーん。今んとこ害はねーしなぁ。あいつはカレー食ってるだけだしな。あと、俺は役人の奴らが嫌いだ。」

「子供じゃないんですから、好き嫌いで判断しちゃダメじゃないですかね? 国の危機を報告する義務があると思いますよ?」

「なら、リリアンが言って来てくれれば良いよ。俺は引き留めないぞ。」

「えー。私、前の一件で警戒されちゃってるからなぁ。」

「何かあったのか?」

「ギランド様とお食事をしてる時に、あの水龍討伐を依頼して来た大臣さんにあったんですよね。

 なんとですね。私を見て逃げだしたんですよ!

 失礼しちゃいますよね!」

「お前、なんかやったのか?」

「まだ、何もやってないですよ!」


 まだ……ね。


「何かやる気かよ……」

「何といっても水龍討伐報酬がまだ払われてないですからね。」

「いやいや、払われただろう? おかげでハンターギルドが潰れずに済んだじゃないか?」

「ミスリル金がまだ1枚足りないのですよね。」

「どういうことだ?」

「水龍討伐後に大臣さんが持ってきたのが、ミスリル金貨72枚だったんですよね。契約ではミスリル金貨73枚だから持ってきてくださいって言ってやったんですよ。」

「事前にお前が1枚貰ってたじゃないか?」

「あれは私のお駄賃です。報酬とは別です。」


 こわっ……! 詐欺師の常套句じゃねーか。


「はぁ、もう十分払って貰ったんだから許してやれよ……」

「えー……契約は契約ですよ。マーガレットさんもいってましたよ。契約を蔑ろにする人は信用しちゃ駄目だって。」

「契約を捏ね繰り回していちゃもんレベルのクレームつける奴が言っていいことじゃないないがな。」

「……フェル様がそういうなら……諦めますが……」

「良いか? リリアン。目の前の餌にがめつくと後で痛い目を見るのは自分だ。

 相手が怖がるような交渉は後から大きなマイナスで返ってくるもんなんだぞ。

 こういう時は損をしてもだな相手に譲歩してやるのも一つの交渉テクニックだ。

 そもそも、今回の報酬はミスリル金73枚だったんだ。リリアンの支払った1枚を加えれば大臣は全部払ってくれた。だから、どうのこうの言うのは止めようぜ。」


「フェルナンドよ。殊勝な心がけだ。心を広く持つのは王たるものの資質があるぞ。」


 俺とリリアンが話しているのを聞いて、マーズが俺の前に腕を組んで立っており偉そうな口調で話しかけてくる。


「口の周りにカレーついてんぞ。」


 俺の指摘で顔を赤くしたマーズに、リリアンが近づいてハンカチでその口周りを拭いてあげている。


「リリアン。ありがとう。」

「いえいえ~。妹が居たらこんな感じなのかなって。」


 この二人、なんやかんやと仲良くやっているっぽい。

 正直、リリアンには助けられている。

 魔王の娘と二人っきりとか何を話していいのかさっぱりわからんしな……


「で、フェルナンドよ。水龍がどうのこうのと聞こえたが何かあったのか?」

「なんでもないぞ。リリアンが大臣を詐欺ってる話だ。」

「あー! ひっどーい! フェル様まで、そんな事言っちゃうんですかー!」

「リリアンよ。詐欺は良くないぞ。大明道もそう言ってたぞ!」

「ほらぁ、マーズちゃんが信じちゃうじゃないですかー!」


 リリアンがぷりぷりと怒り出してしまう。


「すまん。すまん。そう怒るなよ。」

「どれ私もフェルナンドに一つアドバイスしてやろう! 部下が迷惑をかけたら王が謝罪に行くのが礼儀だぞ!」


 こいつ……

 きっと教えたがり屋だ。


「……そうだな。マーズの言う通りだ。大臣には話に行こうか。」


 魔王の娘マーズの存在。

 魔王四天王が生きていたこと。

 再び世界征服を企んでること。


 この前、マーズがドヤ顔で話してくれた事は、一応は国を揺るがす一大事だ。

 なら、国民の義務を果たすために報告をしに行くのは当然と言えよう。


「よし。今から行くぞ。」

「えっ? 今からですか?」

「あぁ、こういうのは早い方が良いんだよ。」

「でも……」

「でも?」


 どうやらリリアンの表情は暗い。


「どうしたんだよ?」

「今日はギランド様とデートなんです!!!」


 ちっ。

 おっとついつい舌打ちがでてしまう。


「この前は大臣さんが現れて雰囲気ぶち壊しだったので……今日もう一回デートしようねって話になったんです。今日は雰囲気の良いレストランに行くんですよ!」


 惚気顔をしやがって……


「どうしたフェルナンド?」


 マーズは首を傾げてこちらを見ている。


「なんでもない。そうか今日、忙しいならしょうがいないな。日を改めようじゃないか。でも早い方が良いな。明日で良いか?」


「了解です~明日は明けときますね!」

「マーズも大丈夫だよな?」

「私も行くのか? 丁度よい、人の生活を偵察してやるとでもするか。」


 マーズは大きく高笑いをしながらご機嫌な様子で答える。


「あれ? マーズちゃんも連れて行くんですか? 危なくないですかね?」

「危ないのか? 今、私は何者かに狙われているんだ……」


 リリアンの言葉を聞いてマーズは笑いをやめて心配そうに震えた声を出す。


「そりゃ~ねぇ、魔王の子供なんていたら城の人たちが剣を構えるんじゃないですかな?」

「そんな……暗殺者だけじゃなくて兵士たちも相手にしないといけないのは流石の私でも難しいからな。」

「えっ! マーズちゃん誰かに狙われてるんですか!?」

「そうなのだ。時たまにビリビリしたり、魔法が打ち消されたりと、何者かが私を狙っているのだ。」

「そうなんですね……フェル様どうしましょう?」


 いや、マーズの言う暗殺者って俺だし……


「放置で良いよ。」

「フェル様! なんでそんなに投げやりなんですか!? 女の子がこんなに悩んでいるんですよ!」

「大丈夫だ。暗殺者の方は問題ない。現にここ最近はきていないんだろう?」

「ふむぅ……まぁそうだな……」

「あとは城の兵士たちは、まぁ、巧くやるさ。ただマーズ、そのでかい角だけは隠して来てくれよな。魔族ってバレると城の中に入れないかもしれないからな。」

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