チートスキル? なにそれおいしいの?

モルモル

プロローグ

01

 真っ暗だ。

 何も見えない。

 前も後ろも上も下も分からない。

 意識が溶けていく。

 このまま闇に溶けて、自分さえなくなってしまうんじゃ……


「――、――ナ!」


 誰かを呼ぶ声がする。

 誰を――、私を?


 小さな光が近づいてくる。

 点だったものが徐々に大きくなっていって、意識が海面に浮上していく。

 釣られて段々と五感が戻ってきた。


 でも……あれ?

 なんというか、ケモノ臭い。

 そして重い。

 ていうか暑いし、なにより息苦し――


「ルナ‼」


 がばっ、と顔から何かが剥がされた感触がある。

 瞬間、眼球に突き刺さる鋭い光。


「――ぅぎゃああああああ! 目がぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

「――うわぁ! なになに、びっくりしたぁ」


 痛みとも言える刺激に飛び起きた。

 徐々に慣れ、滲む視界には猫を抱えた赤毛の女の子が1人、目を丸くして立っていた。



――



 思い出した。

 そういえば私は昼休みに眠くなって、木陰で昼寝をしていたんだった。

 午前の授業が終わり、昼食を食べてうたた寝していたところに、野良ネコが顔に乗ってきて目、鼻、口を塞いでくれたらしい。


「顔ににゃん太乗っけて寝てるルナ、面白かったよ」

「息苦しくて死ぬかと思った……」


 赤毛の少女、ミリィはコロコロと笑っているが、私の方はいつか猫に殺されそうで震えている。

 今は彼女に抱えられている野良ネコ『にゃん太』は、は?何か? みたいな顔をしている。

 彼……彼女? たしかオスだった気がする。

 とにかく、にゃん太はウチの孤児院の近くをうろついている野良ネコだ。

 白をベースに黒い頭巾を被ったような模様。

 名前は、気付いたら皆からそう呼ばれていた。


「それで、ミリィは何をしに来たの?」

「ああそうだ、午後の授業始まっちゃう!」


 もうそんな時間か、と言い終わるより先にミリィに腕を引っ張られて歩いていく。


「にゃん太、また後でね」


 院の中にまで連れて行くわけにはいかないので、そこら辺に放すミリィ。

 なーお、と鳴くにゃん太に、後で覚えとけよ、と念を送る私。

 授業に遅れるとシスターがうるさいので、寝ている間に鼻を抑えるのはまた今度にしてやる。



――



 午後の授業はなんてことない。つまらない歴史の話だった。

 ルナたちの住んでいる街『シルミウム』は、王都と港の間にある宿場町が発展したもので、我らが王国は大層な歴史を積み上げ、小国から列強の1つにまで上り詰めた。

 この孤児院も現国王が即位したおかげで建てられたそうで、今の王様は孤児などに対する福祉政策に熱心なんだとか。

 それまで読み書き算数ですら上等教育だったものを、庶民どころか孤児にまで浸透させた立役者でもある。

 私たちがいま授業を受けられるのも、現国王のご尽力あってのこと、だそう。


 他には、200年くらい前に起こった人間とエルフの戦争について、だったか。

 そんな大昔の話、正直興味がなかったので聞き流していた。

 他の皆も同じようなものだろう。

 それよりも明日の魔法の授業が楽しみだとか、どの店の手伝いに行くか、などを考えていた。

 酒場は私の年齢ではまだ受け付けていないし、いつも通り道具屋か八百屋か……。


 ふと隣を見るとミリィが何やらノートに書き込みをしていた。

 何気にこういった紙が安価になったのも王様のおかげだったりする。


 真面目だな、と思いつつ内容を見てみると、書いているのは文字ではなく絵だった。

 授業の風景を窓の外から見た絵。

 教鞭をとるシスターに、数十人の背丈も年齢もバラバラな生徒たち。

 顔をぼかし、机や壁といった風景を鉛筆一本で繊細に、忠実に描いていく。

 相変わらず同い年とは思えないほど上手い。

 すごいなー、と感嘆しながら見た彼女の顔は、とても楽しそうだった。


 

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