第14変 地獄のスポーツテスト

「裕、変装をしよう!」


 体操服に着替えていると、いきなり晴翔が訳がわからないことを言い出した。


「は? どういうことだ?」


 全く意味が分からない。

 言葉の意味を考えていると、晴翔はロッカーからあるものを取り出した。


「これは……カツラ?」


 そこには黒髪のカツラと金髪のカツラがあった。髪の長さ的に男物のカツラだろう。


「裕は金髪のカツラを被ってくれ。僕はこのカツラを被るよ」


 そう言いながら、晴翔は金髪のカツラを渡してくる。


「いやいや、ちょっと待て」


 そう言うと、晴翔は不思議そうな顔をする。

 そんな顔をしたいのは俺の方だ。晴翔が何を考えているのか全く分からない。


「そもそも何で変装なんかするんだ?」

「それは一つしかないだろう? これからスポーツテストがあるからさ」

「……言いたいことは分かった」


 スポーツテスト、カツラ、そして変装。考えられるのは一つしかない。


 今日はスポーツテストがある。スポーツテストは体力を測る反面、どのくらい運動ができるか示すものだ。全く運動ができないことを隠している晴翔にとっては、このスポーツテストで運動ができないことがバレてしまう。なので、俺は晴翔に晴翔は俺に、お互い変装して誤魔化すつもりなんだろう。


「いつもいつも、お前ってやつは……。絶対にばれるし、変装をして俺に何の得があるんだ? 得どころか、絶対損するだろ」


 晴翔が俺になってスポーツテストをしてしまうと、評価が壊滅的になるだろう。後々、恥をかくのも俺だ。それに比べて、晴翔は得しかしないだろう。


「それに、俺だってそんなに運動が得意っていうわけでもないんだ。だから、諦めてく……」

「アップルパイ」


 そう言い放った晴翔を見る。


「アップルパイ!?」

「そうさ。協力してくれたら、アップルパイをごちそうするよ」


 唾を飲み込む。


「そ、そんなのにつられる程、俺は単純じゃないぞ」

「そうか……。それなら、五個でどうかい?」

「ご、ご、ご、五個!?」

「協力してくれたら、だけどね」


 そう言うと、晴翔は微笑んだ。

 何でだろう。こいつの手のひらで転がされてるような気がする。


「……本当におごってくれるんだよな」

「もちろんさ」

「……くそ」


 晴翔から受け取った、カツラを被る。


「おい、これ本当に大丈夫なのか?」


 鏡で見ると、ただただ金髪なだけで、全く晴翔ではなかった。当たり前だが。


「大丈夫だよ。似合ってるさ。じゃあ授業も始まるし、そろそろ行こうか」

「え、あっ、ちょっと待て!」


 結局、入れ替わったまま授業が始まった。

 物凄く不安だ。


「えー、それじゃあ出席とるぞ。伊藤、上田、加内……洲本」

「はい」


 晴翔は低い声で俺っぽく返事をする。しかし、晴翔特有のオーラが溢れており、晴翔を隠しきれていない。


「す、洲本か? なんか違うような」

「……気のせいだ」


 そのせいで先生に疑われたが、何とか事なきを得た。


「そ、そうか。えぇと、津久井」

「ふふ、僕が晴翔さ」


 できる限り晴翔に似た高い声で言う。

 くっっそ恥ずかしい。誰か助けてくれ。


「つ、津久井? 津久井じゃないよな?」


 流石に疑われるか。


「……ふっ、子猫ちゃん。どうして、僕を疑うんだい? 僕は正真正銘、津久井晴翔さ」

「いや、でもな、いつものオーラって感じのものが……」


 その瞬間、俺は一か八かで先生に顎クイをする。


「子猫ちゃん? 僕を疑うなんて、酷いじゃないか。僕は常にみんなを思っているのに、みんなは僕のことが分からないんだね?」

「あ、あ、ち、違う! そんな事ないぞ!」

「それなら良かった」


 俺は満面な笑みで微笑む。晴翔にはアップルパイを六個奢ってもらおう。

 そして、体力測定は前の人から出席番号順に二人組になり、俺らは50メートル走、ソフトボール投げ、立ち幅跳び、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、握力の順番ですることになった。シャトルランは別の日にやるらしい。


「50メートル走か。晴翔、タイムは?」

「計ったことがないから詳しくは分からないけど、多分、13秒くらいかな?」

「13!?」

「何だい? あまりにも早すぎて驚いているのかい? ふふ、いくら運動が出来ないといっても早く走ることくらい出来るよ」

「逆だ。遅すぎるんだ」


 確か男子の高校一年生の平均は7秒31だったような気がする。晴翔は女子より遅いんじゃないか? これが俺の記録になると思うと泣けてくる。


「な、なあ」

「ん?」


 悲しんでいると、誰かが話しかけ来る。後ろを振り返ると、そこには数名の男子がいた。


「あのさ、言いにくいんだけど。本当に二人か?」

「ど、どういうことだ?」


 晴翔が動揺する。その証拠に声が裏返っている。


「なんか津久井にオーラを感じないっていうか、逆に総理くんから凄いオーラを感じる。それに、何か顔が違うような」

「そんなことないさ。君達も僕を疑うのかい?」

「いや、でも、信じきれなくてさ」


 晴翔と顔を合わせる。


「ええと、それは……」


 流石に同級生は騙せないか……。


「あの、実は……」

「おい」


 晴翔は低い声で、短く言い放す。そして、男子たちに近づいていった。

 一体、何をするつもりだ。


「幻覚だ」

「は?」

「だから、幻覚だ」

「えーと、総理くんってそんなキャラだったっけ」


 そういうと、晴翔は一人に顔を近づける。


「総理くん!?」

「お前は、俺が冗談を言うように見えるか? 俺が幻覚と言えば、幻覚だ」

「ひゃ、ひゃい……」


 この調子で他の男子も洗脳……騙されていき、この周りで疑う人は誰一人いなくなった。

 顔だけでここまでできるとは。


「さて、これで大丈夫さ。疑う人は誰もいないよ」


 晴翔はそう呟く。


「お前って、たまに凄いことするよな」

「はは、そんなことないさ。それより、そろそろ順番だよ。準備はできているかい?」

「ああ」


 地面に書かれている白いラインの前に立つ。そして、合図と共に、クラウチングスタートの体勢になる。


「一つだけ言っていいか?」

「何だい?」

「本気で走れよ。俺の成績がかかってるんだ」

「もちろんさ!」


 スタートの笛が鳴る。その瞬間、全力で走る。気づいた時には走り終えていた。


「津久井、凄いな!」

「ナイスラン!!」


 今まで出したことない良い記録がでた。よくよく考えるとこれは晴翔の記録になるので、本気で走らなくても良かった。


 そう言えば、晴翔は?


 後ろを振り返ると、晴翔はやっと走り終わったところだった。息を切らして倒れ込んでいる。ちなみに、記録は16秒で、さっき聞いたタイムより遅くなっている。


「総理くんってこんなに遅かったんだな」

「16秒って……」


 やばい。俺が遅いってことになるっていうことは、幻滅されて、友達が全くできなくなるんじゃ……。それは困る。


「総理くん」


 そうこう考えていると、男子達は倒れている晴翔の所に近づいていく。晴翔は起き上がる。まだ、呼吸が荒い。


「な、なんだ」


 晴翔がそう言うと、一人の男子が目線に合わせてしゃがみこんだ。


「……おつかれ、総理くん」

「良い走りだったぜ」

「人間不得意もあるもんだしな。それに必死に走る姿、めちゃくちゃかっこよかったぜ」

「あ、ありがとう」


 正直、馬鹿にされると思っていた。晴翔もそう思っていたようで目を丸くしている。

 この後もこんな調子だった。晴翔がどんなに悪い記録を出しても、幻滅して離れていくどころか、みんな慰めたり、褒めたりする。



“もしかしてこれ、晴翔が運動できないってバレても問題ないんじゃないのか”



 そして、シャトルラン以外の体力測定が終わった。


「ありがとう、裕。助かったよ」


 更衣室の隅の方で、カツラを取りながら言う。カツラを被っていたので、蒸せてとても痒い。


「……ちゃんとアップルパイ奢れよ。十個」

「もちろんさ。ちゃんと分かってるよ、十個……十個!? なんか増えてないかい?」

「これぐらいが妥当だと思うんだが」

「う、分かったよ」


 落ち込む晴翔を見ながら、着替えていると複数の男子が近づいてくる。


「あ、あの。総理くん、じゃなくて洲本くん」


 みょ、苗字で呼ばれた!?


「な、何でしょうか」


 緊張して声が震える。


「そのさ、もし良かったらなんだけど、明日遊びに行かないかって……ん?」

「え?」


 男子達は俺の顔をじろじろ見る。すると、気まずそうな顔をし、


「あ、わりい。何でもないわ。ごめんな、総理くん」


 そう言うと、晴翔の所に行く。どうやら、遊びに誘っているらしい。所詮世の中、顔か……。


 この後、授業中に少し涙が出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る